第六部 魂の座
「えぇっ、のぼせちゃったのですか!? お風呂で!?」
「だ、大丈夫ッ、ちょっと考え事してただけだから心配しないで……!」
バスタオル一枚を被り、浴室から抱き合うようにして出てきた私とメリッサを見たカーラβが心配したのも無理はない。
二人とも、真っ赤でフラフラだったのだ。
「も……もう、ダメ……」
消え入りそうな声がして、私は慌てて腕の中を覗き込む。
カーラβも慌てた様子で天井の梁から飛んで来た。
「大丈夫!? 今お水あげるからしっかり……!」
「うーん……」
ぐんにゃりとなった身体は、やたらと重たい。
さっきまで全身で感じていた天使のような重みと抱き心地とは随分違っていて----。
「もう……おなかいっぱい……」
それだけ呟いて、少女はそのまま寝息を立て始めた。
「え……」
「あらあら」
私とカーラβは顔を見合わせた。
「あぁ、今日はお風呂で食事をされたという事ですね」
「ん……ん、まぁ、そうなるのかな……?」
梁に戻った白いカラスの得心したという頷きが、却って心苦しい。
別に私は何も後ろ暗い事はしてないのだけれど。
「満足されたようでなによりですね」
「あ、うん……まぁ……」
曖昧な笑みを浮かべて、私はメリッサを椅子に座らせる。
ちょっと迷ってバスタオルをかけてやった。
(そりゃあれだけ吸えば満腹でしょうよ……)
小さな魔女の貪欲さに呆れながらも、私はまだジンジンとする唇をそっと触る。
後ろ暗い事はしていないはずなのに、身体の熱は引かないどころかまだ奥で燻っている。
(多分一時間は、ああしていた訳だから……)
浴槽の中で、私とメリッサはまるで一つになったかのようにぴったりとくっ付いていた。
吐息も、鼓動も、身体の凹凸も、何もかもがぴったりと共鳴し合って、互いの輪郭を失うくらいに溶け合って----。
(……あのままもっと……そう、この子とキスしてたら……私、どうなってたんだろう……?)
私の感情の、更にその先にある無意識の領域。
私という個を超えた、深くて暗い、古の存在。
私だけではない、全ての魔女が還るべき唯一の魂の座に、触れる事ができたような気がするのだ。
でも、そこにいるのがメリッサではなくて----そう、はじまりの魔女だとしたら?
そう思った途端、全身に身震いが走った。
(え、今のは何……!?)
驚いた私の目の前で、白いカラスが狂ったように羽ばたく。
純白の羽が床に舞い落ちる。
「……ッ、アイリス……ッ!」
「な、何ッ!? どうしちゃったの!?」
いつもの滑らかな動きとは明らかに違う、何かに操られているかのようなギシギシとした動きで、カーラβは首を何度も振りながら嘴を広げる。
苦しげな声で、私に呼び掛ける。
「ア……イリス……やっと……また会えた……ッ!」
最新鋭AIを搭載したカーラβの構造は繊細だ。
人間の意識が操作できるような代物ではないはずだが、しかし現実に今目の前でカーラβは何者かにハッキングされている。
もしもそんな途方もない真似ができる存在がいるとしたら、それは、魔女だ。
「アネモネ!? 貴女、アネモネでしょ!?」
私は叫び、白いカラスに両手を伸ばした。
「アネモネ! 一体どうしたの……どうやってここまで来たの!?」
「……ッ!」
何か言いかけたカーラβの瞳から、輝きがスッと消える。
「アネモネ、しっかりして!」
嫌な予感は当たった。
その小さな身体からは一瞬で生気が抜け、白いカラスはまるで布袋か何かのように呆気なく梁から落ちて来たのだった----。




