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約束

 嘘だ。


 嘘だ。

 嘘だ嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ。


 こんなの、嘘に決まってる。


 絶対嘘に決まってる----!


「ち……違う……そんなはず……ない……ッ……!」


 私が魔女なのに。


 私のせいでこの子は焼かれたのに。


「貴方が魔女だなんて、そんな事……あっていいいはずない……!」


 悪いのは、この子じゃない。


 悪いのは----あの森に棲む魔女なのに----。


 馬鹿みたいに首を振りながら、後退る。

 もっと沢山の否定の言葉を思い付かなければ、もっと沢山の否定の言葉を並べて見せなければ。


 そう思っているのに、何も思い浮かばない。

 息すらできない。


「私が……貴方を殺してしまったのよ……?」


 ざわざわと、森が揺れ出す。

 白かったはずの木々の根元が赤く燃え始める。


「私が……魔女の弟として貴方を道連れに……」


 私の声は、パチパチという柴の爆ぜる音に遮られた。


 聞き覚えのある音。

 忌まわしくも懐かしい音----。


 赤々とした炎が、火刑台に並ぶ私とマヌエルを囲んでいる。


「違うんだ……」


 広場に詰めかけた群衆が、燻り始めた煙の向こうに見える。

 町の人々の、たぶん全員に近いのだろう。


 魔女裁判という祭りの最後を見届けようとして、全ての身分の者が集まって来ていた。


 母親の首にしがみ付くようにしてこっちを見ている子供。

 エプロンを握り締めるようにして何かを唱えている老婆。


 鍬を担いだままの農夫。

 商人。

 兵士。

 

 あらゆる人々の目が、私に----魔女に注がれている。


 私は白い服を着せられ、うず高く積まれた柴の上で後ろ手に縛られていた。

 乱暴に切られた髪の間から覗く項が、やけに冷たく感じられた。


「……大丈夫だよ姉上」


 囁くような声に、私は隣に目をやる。


「姉上は、僕が守るから……」


 炎は、既に足元まで迫ってきている。

 なのに、弟の顔に恐怖の表情は見えない。


「マヌエル、もういいの……もう、私達はこれで全部終わりなの……」


 柴の爆ぜる音が、一層大きくなる。

 煙の色が濃さを増す。


「神様なんて、はぁ……ッ、どこにも……いなかったのよ……」


 咽喉が痛む。


「どうして……ッ、こんな事に……」


 広場に風が吹く。

 靡いた煙が、火刑台から聖職者達のいる方向へ流れて行く。


「これで、終わり……」


 炎が服の裾を舐めるのが分かり、私は息を呑んだ。

 

「ごめんね、私が本当に魔女になってしまったせいで貴方まで……」

「違うんだ姉上……姉上は悪くないんだ」


 服が火に包まれるまでそう時間はかからなかった。


「僕はあの晩……魔女と契約したんだ」


 風のせいで、すぐ横にいるはずのマヌエルの声は途切れ途切れにしか聞こえない。


「僕は知っていたんだ……になるには、その本人が魔女と……契約を……」

「ねぇ、マヌエル! もういいの! もう……どんなに後悔したって……ッ、くはぁ……ッ……全部手遅れなの……ッ、時間は、戻らないのよ……!」


 それでも、マヌエルはまだ微笑んでいた。

 炎に包まれ始めた私を、いつもと変わらぬ青い瞳で見詰め続けていた。


 それが----何故だか無性に恐ろしく感じられたのだ。


 いつもと同じ弟のはずなのに。

 その瞬間は、まるで別人のように落ち着き払っていて----。


「魔女になった僕が、何を願ったと思う……?姉上を絶対に死なせない事……だったんだ……」

「マヌエル、貴方……ッ、何を言い出すの……!?」


 違う。


 だって。


 マヌエルは、もう炎に包まれている。


 もしも本当に魔女なら、マヌエルは死なない。

 死ぬ訳がない----。


「だから、本当にごめんなさ……姉上……は、死なない……」

「マヌエル!」


 私は精一杯身を捩るようにして弟に叫んだ。


「マヌエル! ダメよ! 死んじゃダメ……ッ!」

「……僕は、どんなに時間をかけて……も……姉上を探す……だから、それまで……待って……て……」


 目の前で、弟は巨大な火柱となって燃え上がっていた。

 黒煙の向こうの群衆の悲鳴ともつかぬどよめきに、私は自分もまた炎に包まれている事に気付く。


 熱と痛みが、私を覆い尽くす。

 意識が、遠のいて行く。


 だが、火の粉が舞う中で、私の瞳は確かに弟がこちらに手を差し伸べるのを捉えていた。


「僕は灰になって捨てられて、きっと川を下る……でも、海に出て……いつかまた……一つに戻って、僕として、姉上に会いに行く……」


 もう聞こえるはずのない声が、私の頭に響く。


「絶対に……約束、する……だから……お願い……姉上も……」

「分かった……ッ、分かったから……! 私も、約束する! いつまでも待ってるから……!」


 思い切り伸ばした指先が炎に包まれた瞬間、私は空を仰ぎ、弟の名を呼んだ----。

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