終油の秘跡を
全ての庇護を失い崩壊しつつある脳塊に、聞きたい事はいくらでもある。
だがもう----時間がない。
私がやるべき事はたった一つ。
『おい、私のミサはもう終わったぞ……お前の方はどうなっている?』
『こっちは、終油の秘跡の時間ってところかしらね』
死にゆく脳の表面にくっきりと刻まれた皺を、折り畳まれた大脳皮質の凹凸を、私は不思議な気持ちで眺める。
この薄ピンクの物体と同じ物体が、私の頭蓋にも入っているのだ。
私達の『力』の源は、この1200グラムかそこらの質量の細胞の集合体に過ぎないのだ。
そして魔女の灰とは、正確にはこの脳をメインとした灰の事である。
『ボディの方は、やっぱりただの培養細胞だったみたい』
炎はもう消えている。
だが、プスプスと煙を立てている少女の残骸とは対照的に、彼女の脳は生命そのものの熱と柔らかさをまだ保っているのが分かる。
生きている。
『……本当に、灰にしていいのね?』
『勿論だ』
地球の裏側から返って来た答えは、簡潔だった。
『魔女の脳は、世界を壊す……我々人間の世界にあってはならないものだからな』
『怖いのね』
沈黙。
そう。
いつもこうなのだ。
中世の時代から何も変わってなどいない。
人間は『魔女』を恐れている。
私達が持つ『世界』を壊す力を、何よりも恐れている----。
『……贖罪の時間だ』
フランチェスコ・パチェリ----法王ピウス十三世の声が、私の頭蓋を重々しく揺さぶる。
『法王の剣よ! 神に仇なす者を討て……!』
主人の声に私もまた従順だ。
「……ッ!?」
大剣は、少女の脳をプディングでもサーブするかのように易々と二つに切り分けた。
右脳と、左脳が、それぞれ鈍い水音と共に草の上に崩れ落ちる。
聖水も聖餐も受けずに、少女の魂は消滅する。
「……メアクルパ(我が過ちなり)」
私の漏らした嘆願の祈りは、吹き始めた風に掻き消えた。
ピンク色の脳細胞が、みるみる色を変えていく。
灰に戻っていく。
『……終わったわよ』
私はどちらに言うともなく呟いた。




