死の天使
「あづい……ぃ……よぉッ……いたいよ……ぉ……ッ!」
「……貴女の一番の不幸は、右脳の構造が一般的な人間とは異なっていた事ではないわ」
燃えさかる炎の中でのたうち回る少女の地獄が、私にも伝わって来る。
火炙りにされた時の熱と痛みと、絶望が、私の右脳を揺さぶる。
「そして、その特殊な脳波を自分では抑えられなかった事でもない」
「……ッ、はぁッ……あぁ……ぁ……」
少女の声帯はとっくに焼き尽くされている。
それでも、私の右脳は魔女ニクスの声を捉え続ける。
その悲鳴も、喘ぎも、怨嗟も----全ての声を、私はきっと自らが灰になるまで忘れない。
「数百年かけてやっと灰にされたというのに、あろう事か狂人の手で再生されてしまった……それも、偽りの妹との生活を餌に、粗末な操り人形として……ね」
「うぁ……ッ、かはぁ……ッ!?」
もう少女のシルエットは、原形を留めていない。
手も足も、頭も、とっくに崩れている。
いくらなんでも、もう意識は消滅しているはずだ。
そう、初めからそこにあったのであれば----。
私はランタンの天辺目がけて大剣を突き立てた。
「ンぎゃぁあああああああああああッ!?」
今までとは比べ物にならないほどの絶叫が、ランタンから放たれる。
「貴女の本体、いや、脳はこの中だったのね」
一見腐りかけた頭のような姿をしていたランタンの外殻は信じられないくらいに固かった。
強化チタン製だと事前に分かっていなかったら、私の腕が反動でダメになっていたはずだ。
「……ぁ……ぁぁ……」
二つに割れたランタンの中から、ドロドロとした透明な液体と何かの柔らかそうな塊がゆっくりと滑り出て来る。
「……どうして……?」
か細い声が、私に問う。
何を知りたいのだろう。
自分の死についてなのか、あるいは妹の死についてなのか----。
「……トゥーレ協会にヨーゼフ・メンゲレという人物はいた?」
「し……らない……」
ヨーゼフ・メンゲレは、ナチス親衛隊将校であり、親衛隊大尉であり、そして医師であった。
第二次世界大戦中にアウシュヴィッツで勤務し、収容所の囚人を用いて人体実験を繰り返し行ったのは有名だ。
ナチス人種理論の信奉者であり体現者であった彼は、大戦中に数え切れない数の捕虜に対して人体実験を行ったが、中でも力を入れていたのは、双子に関する様々な実験であった。
ヨーゼフは各地から集めた双子に対し、身体の各部位の切断ならびに結合などの過酷な外科施術を行っていたと言われている。
「でも、双子を集めるだけじゃなかった……彼は、レーベンスボルンの母体を利用して双子を作り出す実験も行っていたのよね」
ナチス直轄の福祉施設レーベンスボルン。
表向きはドイツ民族の人口増加と「純血性」の確保を目的として設立されたものだ。
ここに未婚の女性が集められ、アーリア人の子供を出産しては全国に養子として送り出されていた。
「人為的に双子を作る実験はやがてクローン技術に発展して、敗戦間際には一定の成果が出ていたとも言われているわ……」
少女は答えない。
地面の上に投げ出された脳は、生まれ出たばかりの嬰児のように、とても頼りなく見える。
そして、刻々と死へと向かっている。
「敗戦後ヨーゼフはアルゼンチンに逃亡して、戦後35年経って心臓発作で死ぬまで南米各地を転々として生き延びた……その逃亡を支えたのはトゥーレ協会であり、死亡も偽装されたものなの」
ヨーゼフが現在も南米のどこかで生きているという説は、オカルトマニアの間では常識になっているらしい。
彼が1960年代に訪れていたとあるブラジルの村では、ナチスの主張する『アーリア人的特徴』を備えた双子が次々に生まれる現象が起きた。
彼から薬を提供されたという証言からこの村が彼の実験場の一つだったのではないかと言われ、その現象は1990年代まで続いた。
「……ジュゼッペ……おじ……さん……」
不意に呟きが聞こえ、私は少しずつ白くなり始めた脳の上に屈み込む。
「おじさんが、わたしに……あのこを……ルクスを……つく……っ……て……」
「ジュゼッペですって……!?」
私の視界が揺れた。
Josefのイタリア語読みは、Giuseppeだ。
そう、あのピノキオの別名でもある。
(やっぱり……そうだったのか……!)
「ふふ……へんなの……あやつりにんぎょうなのは……わたしのほう、だったのにね……?」
外気に晒された脳は、確実にその活動の終わりに近付いている。
「わたしのからだと、あのこのからだ……わたしたちのちからがつよすぎて、すぐにくずれちゃうから……だからあたまのなかだけ、このランタンにいれてもらってたんだ……」
人体の中でも脳細胞のエネルギーの消費は激しい。
血流が止まればすぐに細胞は死んでしまう。
トゥーレ協会が欲しかったのは、魔女の『脳』であり、魔女の身体自体はさほど重要ではなかったのだ。
ニクスとルクスの二人の魔女は、常に自らの脳を腕に抱えて動かなければならないほどにその脳細胞を酷使させられていた。
「いたい……いたいよぉ……」
死の天使とまで呼ばれたナチスの医師は、彼女達を死から蘇らせ、そして死よりも過酷な苦しみを与え続けていたのだ。
ギリギリと音がするくらいに、私は奥歯を噛み締めた。




