刻まれたもの
土着の信仰。
異国の神。
それらは、いや、それらこそは----古来より魔女が親しみ、伝えてきた、いわゆる魔術の柱の一つだ。
魔女は人々の意識の奥に根を張り巡らし、密かに花を咲かせる雑草のように、膨大な量の知恵と知識を神の栄光の及ばぬ場所で脈々と伝えて来たのだ。
「教会が人々を支配できているというのは、幻想だ」
「幻想……?」
私は大聖堂の先端に目をやる。
信仰の中心地であり、教会世界の中心地でもある白亜の神殿は、今日も微動だにせずに聳え立っているではないか----。
「どんなに信仰に篤い顔を見せていても、人々には太古の記憶が刻まれているんだ」
アンソニーもまた、大聖堂を見上げた。
「そうだな……例えばドイツのお前がいた田舎町辺りでは、今でもヴァルプルギスの夜に乱痴気騒ぎをする習慣が残ってたりする」
「……若者が一晩中騒ぐような話なら、別に珍しくはないんじゃないの?」
祭りの夜に羽目を外すのは、古今東西よくある話だ。
「いや、普通に騒ぐんじゃないんだ……他人様の庭をほじくり返したり、鶏を盗んで喰ったり、老人を怖がらせたりという、いわば『悪魔のような』悪ふざけをするんだ……普通の日にやれば警察にしょっぴかれるようなイカれた真似を、その日だけは徒党を組んでやる」
「それは確かにヴァルプルギスの夜っぽいわね……まぁ、本物を見た事ないから何とも言えないけど」
フン、とアンソニーは鼻を鳴らす。
夜風が寒いのかもしれない。
「ちなみにヒトラーが拳銃自殺をした日も、ヴァルプルギスの夜だな……なぜなんだろうな?」
「その理由はトゥーレ協会に聞いた方が早いでしょ」
理由はあったのかもしれないし、偶然だったかもしれない。
ただ、彼は魔女の事をどこまで知っていたのだろうか。
「うん……いくら教会とはいえども、人間の心の中までは縛る事はできないわね」
確かにこの男の言う通りなのだ。
かく言う私だってそうだった。
教会で天使についての説教を聞いて帰って来た後で、弟と二人で森の木陰で妖精を探し回っていたのだ。
「結論から言えば、魔女狩りで異端を根絶やしになどできる訳はないんだ」




