疑念
私は続ける。
「トゥーレ協会にいる魔女は、私の記憶が正しければ記録上はとっくの昔に灰になってるはずよ」
「というと、どのくらい前だ?」
そう聞かれて私は首を捻った。
「そうねぇ……」
いざ聞かれると、なかなか思い出せないものだ。
「はっきり覚えてないけど、さんぎょうかくめい……? の前には……と思う……」
「ずいぶんと大雑把だなオイ……」
呻きのような呟きが聞こえたが、暦もない地下室で延々数百年も過ごしていれば、年月の感覚はこんなものだ。
「とにかく、さっきの話……ゲルマン騎士団に法王庁からの盗品が持ち込まれた件は、それが何かをもう一度調べる必要があるのよ……恐らくは、灰と、その他にも幾つか秘術に関する物が盗まれてるはず……」
「だが、魔女の灰は厳重に保管されているぞ……現に、私ですら現物は見た事がないんだ」
庭師の棟梁はそう言い張るが、その彼ですら見ていないというならば、そもそもその灰は本当に存在するのかも怪しくなってくる。
「数は合ってるかもしれないけど、でも、その中身は? 例えば、同じ魔女の灰が別の魔女の灰として保管されていても分からないでしょ?」
アンソニーの顔が、今度は青くなった。
「どう考えても、パチェリの件の発端はそのゲルマン騎士団なのよ」
話しながら頭の中を整理する。
ぼんやりとした疑念が、だんだんその輪郭をはっきりさせてくる。
「……お前、魔女にしては賢いじゃないか」
「こんな事も思い付かなかった人に言われたくないわね」
こうやって頭が働いている感じは、悪くない。
言い返そうとして辛うじて抑えている様子の男に、私は先に言っておく事にした。
「私はね、領主の地位を狙う叔父だの病弱な父親だの幼い弟だのしかいない城で育ったのよ……可愛げなんてとっくに捨ててるわ」
そしてもう一つ、大事な事を私は告げる。
「灰の鑑定はラボ以外でやった方がいいかもしれない」
「理由は?」
はっきりとした理由はまだ分からない。
だが、私は自分の勘を信じる事にした。
「ラボに、トゥーレ協会と通じてる人間がいるような気がする」




