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毒食む人

「待て! お前が一体何を知ってるっていうんだ……ッ!?」


 つんのめるようにして、男は私のすぐ前へ踏み込んで来る。

 白い靴が、蛇苺を踏み躙る。


「滅多に地上に出される事もない、単なる備品に過ぎない魔女が……ッ、よりにもよって法王の何を知ってると言うんだ!?」


 もっともな疑念だ。

 普通であれば、法王と魔女の接触など絶対にあり得ない。


 ----そう、普通であれば。


 肩で息をしている初老の男と、私はしばらくの間無言で睨み合っていた。


「……あ」


 微かに籠から立ち上る甘い香りに、私は花が痛み始めた事を知る。

 

 毒の花にも蜜はあり、蝶を呼ぶために香りを放つ。

 今もこうして、叶わないと知っていながら最後の力で蝶を呼んでいるのだ。


 ベラドンナ、シュロソウ、キングサリ。

 エンジェルトランペット。


 どの花も、この世界に生を繋いでいこうと懸命に香りを振り撒いている。


 籠の中からひとつ、私は花を摘み上げた。

 白い小さな花が花茎の先端にいくつも半球状に固まって咲いている花。

 まるでポンポンのように可愛らしい----ドクゼリの花だ。


 私はゆっくりとその花を口に入れ、咀嚼して見せる。


 アンソニーは唖然として私を見詰めている。

 無理もない、毒草を食べるのを人間に見せるのは、これが初めてだ。

 モルガナのために毒草を常食している事は知っていても、それを目の当たりにされると、恐怖や忌避感が込み上げて来るのだろう。


「……よせ」

「これはドクゼリよ……ドクゼリの毒は皮膚からもすぐに吸収されるのが特徴なの」

 水で洗っていない花は、いつもより青くさくて、何度噛んでも私の舌と歯茎を押し返そうとする。


「そしてこの毒はね、筋弛緩をもたらすためにどんなに苦しんでいても口元が緩んで笑っているように見えるんですって……ギリシャの詩人ホーマーは、ドクゼリを食べて苦しんでいる状態を『痙笑』と名付けたそうよ……貴方も食べてみる?」

「バカを言うな……!」


 司祭枢機卿の声は、少し震えていた。


「そんなモノをわざわざ食べるバカがどこにいるんだ!?」

「……いたわよ」


 私はドクゼリを噛み砕き、飲み込んだ。

 

「パチェリは、これを食べたわ……八十年、いや、もっと前……彼がまだ法王になる前にね……」

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