咢(あぎと)
私は、思いっ切り顔を顰めた。
(それにしても、なんて匂いなの……)
教会に足を踏み入れた途端に感じた獣臭は、時間が経つにつれて濃く、噎せ返りそうなほどに強烈なものになっていた。
(……こんなのもう、我慢の限界なんだけど)
『カーラ! もう五分は経ってるでしょ?! 支援システムはまだ発動しないの!?』
『アストラル体がシステム発動可能な数値にまで達していないため、引き続き待機中です』
どうやらメリッサは、準備とやらが完了するまでは、この楽しさの欠片もない鬼ごっこを延々と続けなくてはならないようだ。
白いカラスは、頑として教会の中へ入って来ようとはしない。
戦闘に巻き込まれて破損しないためだそうだ。
(まったく……薄情極まりない鳥野郎ね)
こっそり罵ってみたが、反応はない。
(念話と独り言の切り替えは可能みたいね……良かった)
「グルル……ッ、ガァァッ!」
そうこうしている間にも、獣人は目に見えて苛立ちを覚えているようだった。
「グァ……ッ、ウゥゥゥ……!」
ちょこまかと逃げ回る少女への突撃の間隔が、どんどん狭まっていく。
「やだ……助けてよぉ……」
モルガナは人間の庇護欲を掻き立てるために、少女の姿で再生したとアンソニーは主張していたが、
こうして獣人の前で走り回る様子は、ただの食べやすくて美味しそうな獲物だ。
(……別に、あの子が可哀想とか、助けたいとか思っている訳じゃない)
私は少女の姿を目で追い続ける。
はじまりの魔女のクローンだとはいえ、身体能力はどう見ても普通の子供だ。
そもそも、血と肉……つまりは細胞を初期化して培養したからといって、元の身体の能力を再現できている保証はないのではないだろうか?。
圧倒的に不利な状況にしか見えないが、本当にアンソニーの説は正しいのだろうか?
(いや、もしそれだけの理由でメリッサがこんなに小さくか弱い姿なのだとしたら……)
私は、首を振る。
こんな場末の廃墟で食べられてしまうような存在が、私の女主人だった訳がない。
『……今から援護するわ』
祭壇から飛び降りて、私はメリッサに向かって駆け出した。




