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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
番外編
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番外編4 人と人を繋ぐ者

 白銀の竜王、ジオハルトは、暑い南の島を後にして言われたままに北西へと飛び続けた。あの老いた魔法使いの言うことに意味のないことはないはずだ。


 ずっと飛び続け、海が見えなくなった頃。疲れたジオハルトは少し休むことにした。


 隠蔽の術をかけたまま低い山へと降り立ち滝の近くで、人の姿を取る。人がいる気配はないが用心に越したことはない。大魔法使いとして名を馳せた息子がかの教団を根絶やしにしたとはいえども、それとは別に竜を信仰しているものは多いし、それを利用しようとしている輩はいつの時代も、一定数は必ずいるものだから。


 人の姿を取る時は、長い白銀の髪の毛を肩の横で緩く編んだ状態を取る。ジオハルトの長く美しい白銀の髪を彼女は楽しそうに編んでいたからだ。もっとも、恐ろしく不器用だった彼女が編むといつもゆるゆるで解けそうな状態になってしまう。彼女は悪戦苦闘してなんとか編み終わると得意げな顔で「はい、出来上がり!」といつも言っていた。


 そんな所もかわいくて大好きだった。だから、彼は人間に変位する時は肩の上に髪を緩く編んだ姿を取る。長い時を経ても大切なあの人を忘れてしまわないように、想い出が色あせてしまわぬように。


 滝の音が心地よい。ざーざーと流れる音。この音を聞いていると愛する妻と最初に会った時のことが思い出される、次いで彼女と旅をした三年間が次々に思い出されてたまらない気持ちになる。一人で過ごすことが大好きだった竜を連れ出したのは彼女だ。


 一人ぼっちは寂しい。彼女に出会うまではずっと一人だったけど気にしたことなどなかった。でも、一人じゃない喜びを知ってしまった彼にはこの孤独な旅は寂しすぎる。


「ミサキ、私はいつまで待てばいいのだろうか」


 呟いた声は滝の音にかき消される。


 先を急ぐ旅でもない。ジオハルトは草むらに寝転がり、ゆっくりと瞼を閉じた。



***


 こげ茶色の髪の毛にヘーゼル色の瞳。その辺に居そうな村娘の姿をした彼女は広場の隅にあった木製のベンチに腰かけて困り果てていた。

 

 旅に出てハルトを探す。そうは決めたのだけれど、探せど探せど、あの人は見つからない。しかし、この世界は間違いなくジオハルトと自分が居た世界に違いないとの確信はある。


 ジオハルトは竜王なんて呼ばれるほど強いけど、争いごとを本当に好まない人…竜だったから隠蔽の術をかけているのかもしれない。


「それか、竜王の里にある滝に引きこもっているのかも」


 それだとしたら、最悪だ。竜王の里は遥か海の彼方。行く船もないし、もし辿りつけたとしても人の体であの竜の峰を越えるのは無理なのは前世で経験済みだ。


 すでに村を出発してから一か月が経過していたけれど、竜の情報といえば、『北のネスレディアに、竜殺しの大魔法使い有り』という古いものばかり。


「そんな恐ろしそうな人に、白銀の竜王知りませんかー? とか聞けない。ドラゴンスレイヤーとか怖すぎ」


 彼女が生まれた頃の話なんだから16年程前の話なのに、竜と聞けばその噂なのだ。きっと恐ろしい魔法使いに違いない。彼女はブルリと身震いをした。


 ネスレディアはそんなに遠くはないけれど、その前に路銀が尽きるのは間違いない。なけなしのお金を持ってきたけれど、それでも懐具合はあまりよろしくはなかった。


「はあ、探し物はなかなか見つからなさそうだし、どうしようかな」


 彼女が何度目かの溜息と独り言を漏らした時だった。


「ぷっ、ははは、お姉さん面白いね」


 後ろから聞こえた少女の笑い声に彼女は驚いて振り返る。心の声が漏れていたことにようやく思い至り恥ずかしいやら、どこから聞こえていたのかと真っ青になる。


「今度は青くなったり赤くなったり。うちのお母さんみたい」


 そこには長く伸ばした黒い髪を頭上で高く結んだ、自分と同じか、それより少し幼い少女が立っていた。この世界の人間には珍しい闇の色の髪の毛。


 その姿が、前世での娘と重なって胸が締め付けられた。


「ふふふ、私の名前はミオって言うの。お姉さんのお名前は?」

「ミオ? あ、ええっと。私は、リリィ」


 素敵な名前だね、と笑顔で返す女の子を彼女…リリィは不思議そうに見返した。この見た目と名前からして以前の自分と同じように異世界に迷いこんだ人間ではないかと訝しんだのだ。


 しかし、少女の瞳は深い菫色だし、旅慣れた服装をしているから違うだろう。ミオは珍しい名前だが、無いとも言い切れない。そんな悩めるリリィをミオは覗き込んだ。


「ねえ、リリィさんはどこまで旅に行くの?」

「私は…ええと、探し物をしているのだけど」

「…白銀の竜のこと?」

「ああ、聞こえていたんだ。居ないかもしれないけど、探してて。あての無い旅だよね」


 竜探しなんておかしいでしょと笑うリリィを見て、少女は深い菫色の瞳を思案気に瞬かせた。


「…ふぅん。ねえ、リリィさん」

「なあに?」

「私、もしかしたら知ってるかもしれないから、一緒に少しだけ旅しない?」


 リリィは突然の提案に戸惑ったが、どうせ行く当てもないし路銀が尽きれば旅はそこでおしまいなのだ。首を縦に振るのにそう時間はかからなかった。

本当の本当に、あと一話で番外編は終わりです。

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