45 友の食事と、彼の贈り物
朝食を取った後。アルフレドはロゼリオに朝食をやりに行くそうなので、食器を片づけて、美雨も付いていくことにした。
アルフレドが不在の時には、美雨がこの家のことを全て執り行うのだ。今からきちんと覚えなくては。
「ミュウ、扉に手をかざして。……そうだ」
ロゼリオの小屋に美雨が手をかざすと「カチリ」と音がして扉が開くようになった。
閉じてるときは開き、開いているときは閉じるようになる仕組みだそうだ。
『アルフ、ミュウ、おはよう。お腹すいた』
綺麗に積まれていたクッションはぐちゃぐちゃになっており、その下からロゼリオの鳥頭が覗いていた。
「おはよう、ロゼ。相も変わらず寝相が悪いな」
「ロゼ、おはよう。昨日はありがとうね」
『どういたしまして!』
クッションを飛びのけて、ロゼリオは勢いよく起き上がり、体をブルブルと震わせてから黒い大きな翼を広げ、体をぐっと伸ばした。
鋭い爪が引っかかってしまうのだろう。積まれたクッションは、ところどころ綿がはみ出てしまっている。
窓から差し込む日を浴びた、ロゼリオの雄々しい姿を見ながら……このクッションには当て布をした方が良さそうだと美雨は思った。
『お腹すいた、アルフ!』
「分かっている、ロゼ。今日はどちらにするんだ?」
『今日は、赤いやつ』
赤いやつと聞いた美雨は、血の滴るような生肉を想像して身震いする。体は獅子だし、上は鷲なのだから当然肉食だろう。
アルフレドは隅のほうに大量に重ねてある麻袋を持ち上げ、水の隣のタライに中身をざーっとひっくり返した。カラカラ、と乾いた音が響く。
「あ、れ……? これって、小豆?」
美雨は目を瞬かせた。元の世界でもよく見かけた小豆そのものだったからだ。
タライの中には大量の生小豆が入っている。
「小豆? ああ、赤豆のことか。ロゼは豆しか食べない。この赤豆か、白豆の二択で、気分によって変わるんだ」
「ロゼは、てっきり肉食かと思ってたよ」
「ああ。オレも最初に出会った時には、食われると思ったものだったが……契約を結び、食事の準備をした時に肉を出したらすごく怒ってな……」
『あんな臭いものは、キライだ』
肉食獣である鷲の鋭い嘴から発せられた言葉に、美雨は思わず笑ってしまう。
『ミュウ、なんで笑ってる?』
「だって。お豆しか食べないなんて、かわいくって!」
『かっこいい、のほうが、オレは好き』
美雨の言葉に、ロゼリオは文句を言って、もくもくと豆をついばんだが、長い白獅子の尾の先端は嬉しそうにぴょこぴょこと動いていた。
***
ロゼリオの食事が終わり、アルフレドと美雨は出かけることにした。書類を提出に行くのだ。
城下町を通過していくそうなので、一日がかりになる。乗り合い馬車で行くことになった。
ロゼリオで行けばひとっ飛びで早いのだが、待ち時間の長いお出かけには向いていないので、自宅でお留守番だ。
出かける前に、昨日は風呂に入っていなかったので体を拭き清めることになった。
先にアルフレドが済ませ、新しいお湯を張ったタライと柔らかいタオルを寝室まで運んできてくれた。
できればお風呂に入りたい。シャワーでもいいのだが、シャワーのほうが難しそうだと判断する。
洋服は、アルフレドが用意してくれていたものがベッドの上に置いてあった。
胸部は紺色、ふわりと伸びた長袖は白い布でできており、下はシフォン素材でふわりと広がる、腕と同じ白色のワンピースだった。胸元で編み上げられている紐で着心地を調節できる。
置いてあった姿見の前でくるり、と一周すると肩まで伸びた、まだ少しパーマの残っている毛先がふわりと揺れた。
「ふふ、なんか童話に出てくる洋服みたい。私が着てもおかしくないかなあ?」
年甲斐もなく、こんなひらひらしたのを着てとか思われないかと、美雨は不安に思ったその時……コンコン、と控えめなノックの音が聞こえる。
「美雨、入っても良いだろうか?」
「どうぞ。ね、アルフ……おかしくないかな?」
扉を開き、美雨を見たアルフレドは嬉しそうな表情を浮かべて頷いた。
「全然問題ない。とっても似合っているな。その……かわいい」
自分の選んだ服を着て、この家にいる美雨が嬉しい。思った通り似合っているし、段々と外出せずに一緒にのんびり家で過ごしたい気持ちが湧き出てくるが、アルフレドはそれを抑え込んだ。
「へへ、嬉しいけど、私も二十五歳だし……」
「大丈夫だ。ミュウには言っていなかったが、その……最初に顔を見たときにオレと同じか年下だとばかり思った」
アルフレドの突然の告白に美雨は驚く。確かに、日本に居る時も変わらないねとか、童顔だとかは言われていたが、さすがにそこまでではない。日本人は幼くみられるというのは本当なのかもしれない。
「それに、似合う者が似合う恰好をして何が悪いのだろうかと、オレは思う」
「そっか。アルフがせっかく選んでくれたんだもんね。ありがとう、嬉しい」
美雨の微笑みにアルフレドは頷き、手招いた。
「靴も合わせて買ってあるから、そちらも履いてみてくれ。サイズが合うといいのだが……」
玄関まで降りると、編んだ紐がかわいらしい茶色の真新しい膝丈のブーツが置いてあった。体を清め、着替えている間に用意してくれていたらしい。
持ってきていた靴下を履いてからブーツに足を通すと、少しつま先に余裕はあるが問題なさそうだった。
「うん、アルフ、大丈夫そう。この紐の所にビーズが付いてて、すごくかわいいね」
「ミュウが好きそうだと思ったのでな。これから雪も降ることが多くなる。ミュウはヒールが高い靴のほうが好きそうだったが、転倒でもしたら危ないから底が平たい靴にしたが、気に入ってもらえたようで良かった」
あの短期間で、自分の好みをすっかり把握されていることに気づき、美雨は顔が赤くなる。
なんでこんなに素敵な男性が、フリーだったんだろうかと不思議にも思ったが、思い出す。元の世界にも居たではないか。美人で気も利くのに、仕事ばかりしていて……気が付くと独身街道を突き進んでいる親友が。
「では、出かけようか。少し歩くが大丈夫そうか?」
「うん。この靴と服なら、どこまでだって歩けそう」
美雨の言葉に、アルフレドは笑って手を差し出した。美雨はその手を取り、玄関を出たのだった。
アルフレドは、どんな気持ちでひらひらの女服とかわいすぎるブーツを購入したんでしょうかね。
次話こそ、街へお出かけ。




