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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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44 家の鍵と朝ごはん

 キッチンを扱うには、まずは鍵の登録をしないといけないと言われ、身支度を整えた美雨はアルフレドに連れられて玄関へ向かった。


 家の鍵の登録というのはとても簡単なものだった。

 この家と、ロゼリオの小屋に術式がかけてあるのだが、それに美雨の情報を加えるというものだ。

 扉に当てた美雨の手の上から、アルフレドの大きな手が被せられ、ドアに触れる。特に光りもせず、音もせずにそれで終わりだった。

 これで家の住人の登録が済んだのだという。


「これで、キッチン周りも水も使えるようになる」

「そうなんだ。なんだか、音も何もしなかったから不思議な気持ち」


 自分の手のひらをひっくり返して見つめる美雨の手を引いて、今度はキッチンへとアルフレドは連れて行く。


 美雨が初めて見た異世界のキッチンは、知っているものとは当然違った。

 出会った当初のアルフレドが、全然違うと言っていた通りだった。

 火を扱う所は勿論、ガスコンロではない。コンロのような台ではあるが、その上には黒い鉄板が載っている。

 しかし、それは鉄板ではなく、触ってみるとつやつやとした石のような大理石のような、不思議なものだった。


「この台の所に黒っぽい石が埋め込まれているだろう。そう、そこだ。それに触れて力を注いでみるんだ」

「え。ち、力を注ぐって……」

「大丈夫、美雨には魔力があるのだから扱えるはずだ。その石を軽く温めるくらいの気持ちでいい」


 自覚は全然ないのだけれど、と思ったが困っていても先には進めない。

 美雨はこわごわと黒い石に手を触れた。

 冷たい石を温める感じで……と思っていると、鉄板と同じように黒色だった石が赤い色に変わり、うっすらと発光している。


「わわ! アルフ、色も変わっちゃって、光ってるよ」

「ああ、出来たな。この光で火力を調節する。この上に乗っている平たい石の上に手をかざしてみるんだ、ミュウ」


 そっと手をかざすと、仄かだが、はっきりと熱を感じる。


「鍋もヤカンも、この上に乗せて調理すればいい。空いている箇所には好きなだけ乗せることができるのだが、乗っている数が増えると火力は少し落ちてしまう」


 全面使えるIHヒーターみたいなものかと、美雨は理解した。

 確かにこれでは、魔力を持っていない人間は火を付けて調理するしかなさそうだ。

 

 そして、美雨が驚いたのは……冷蔵庫もどきがあったことだった。

 前に話した時には、魔法使いでないと管理できないと言っていたのに。


「ダイキからの祝いなのだと。この家を手に入れた時に来て、無理やりに置いて行った。氷室だと氷を毎日買いに行かねばならないだろうと、腐らない程度には冷える魔法をかけておいてくれてな。凍らせるような芸当はオレにはできないが、それを維持する魔力を定期的に注ぐことならオレにもできる。安定した、いい陣だ」


 先にやってきた大輝は、冷蔵庫が無い現代っ子の辛さをよく分かっていたのだろう。

 今度会ったらお礼を言わなきゃと、美雨は頬を緩ませた。

 冷凍はできなくてもいい。冷やしておけるだけで食材の買い出し回数は格段に減るだろう。ありがたかった。


 その後、火加減が慣れない美雨には思いの外難しくて、少し焦げてしまったものの。ほどなくしてベーコンエッグが出来上がった。

 隣では同じような石が二つ埋め込まれた水道を使い、アルフレドが野菜を洗い、切って手早くサラダを仕上げてくれた。


 水道の石は二つあり、コンロと同じで力を込めると赤くなる石と、青くなる石があった。水を出したい時は青い石、その水を温めて出す……お湯を出したい時は赤い石を操作するのだという。


「なんで、ここまで便利なのに冷凍庫はできないのかなあ」

「魔石の問題だな。現在、常用されているのはこの二つになる。赤の魔石……こちらは半永久的に使える便利なもので、魔力を込めれば熱に変換されるものだ」


 アルフレドは水道のほうの青くなる魔石を軽く引っ張る。コロン、と彼の手の中に落ちてきた魔石に美雨は驚く。


「壊れちゃったの?」

「いいや。違う。これは取り外して、水のある場所に浸す必要がある。これを井戸のバケツに入れ、半日程沈めておけば数日は問題なく使用できる」

「あ、闇の魔石みたいに、水を吸い取ってそれを使っているってこと?」

「そうだ。美雨は話が早くて助かるな」


 何個かストックをしておいて、魔石が空になればまた水を補給する。そういう仕組みのようだ。

 

「ただ、魔石を発動させるにはある程度の魔力が必要となってくるわけだから、万人ができるというわけでもない。魔力があれば便利、なければ無意味。というものだな」


 本来の魔石は天然の鉱物の中から稀に発見される物質のことだ。


 闇だったり光だったり、炎を封じ込められるものもあるそうだが、一般人の手の届く代物では無い。

 手に入れたとしても、まず発動させることは難しいだろう。強い魔力や闇の力が必要となるからだ。


 その扱いにくい魔石を真似て、一昔前に急速に広まったのがこの2つの人工魔石だ。


 一般に流通する程に安定している“魔石”はこの熱と水の2種類にを指す。この人工物の魔石は便宜上、そう呼ばれているだけで、作られた魔石なのだそうだ。


 魔力がある人間であれば、火力や水量を操作するのは容易い。そういう風に作られている石だからだ。


 一方、空間を冷やしたり、水を凍らせたりするのは陣や本物の魔石で行う。魔力はあっても、魔法使いレベルのコントロールができなければ扱うことはできない。


アルフレドの魔力コントロールは魔法使いの足元にも及ばないが、大魔法使いたる大輝が加工した魔石は、特別製ということだろう。


「冷やす魔石も開発中だが、ネスレディアでは冬に嫌という程雪が降る。夏でも高所の山の洞窟は寒い。そこに氷を保管しておいて、氷職人が必要な時に切り出して街で売っているからな。開発が成功してしまっては彼らの仕事がなくなってしまうから、難しいところだな」


「そうなんだ。そんなに雪が降るんだね……私みたいに使い方はよく分からなくても、魔力があれば使えるのがこの人工魔石なんだね。自覚はなかったんだけど、私には本当に魔力があったんだね」


 不思議そうに自分の手のひらを見つめる美雨に、アルフレドはふと目元を和らげた。


「そういえば、ミュウ。人目があったりして言いそびれていたのだが……その髪色、とても似合っているな」

「えへへ、気付いてくれてたんだね。うん。伸びちゃうだろうから地毛に合わせて染めなおしてもらったの」


 最初に会った頃は、ふわふわの柔らかそうな茶色の髪の毛だった。

 今の彼女本来の色に近いのであろう黒い髪はとても自然で、似合っている。パーマが少し残っており、毛先はまだクルリと柔らかそうに遊んでいるが、本来はストンと落ちる髪質なのだろうと思った。


 新たに染め直したことにより、やはり魔力が削がれているように思える。

 しかし、新しく生えてきた部分はそのままとのことだから、少しは戻ってもおかしくないはずだ。


 もしかして他に原因があるのだろうか、とアルフレドは考え……早々に諦めた。一介の魔剣士に分かるはずもない。


 何より、魔力があろうが無かろうが、美雨は美雨なのだから。

 それよりも今は、出来上がった朝食を食べることが先決だ。


「わー! かわいいお皿とカップがたくさんある」


 食器棚を開け、美雨が歓声を上げた。

 前住人は食器も置いていったので、そのまま積まれている。


「それも、頂いてしまってな」

「なんだか申し訳ないけれど、嬉しい。でも、どれを使おうか迷っちゃうね。どれも素敵なお皿……」


 少し悩んだが、白くて厚めの四角い平皿を美雨は手に取った。

 アルフレドも、木でできたボウルを取り、サラダを盛り付けている。


 木製の立派なテーブルに配膳する。

 生活に慣れてきたら、真ん中にお花を飾って、ランチョンマットも敷きたいなと、これからの生活を思い描いて美雨は笑顔を浮かべ、そんな彼女を見たアルフレドも幸せそうに微笑んだのだった。

ベーコンエッグのエッグは、「コケッコッコー」という鳴き声の鳥の卵だそうですよ。


次話、ロゼリオの朝ごはんと、街へお出かけ。

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