32 大魔法使いとポテト
色々と悩んだが、二人はアパートで一旦のお別れを迎えることにした。
帰りの車内は、先ほどとは違って二人とも言葉少なだった。
緊張と、寂しさと……いろいろな思いが去来したが、美雨は運転に集中しようと切り替えてハンドルを握った。
アパートがある町に着くころにはもう日が暮れており、スマホを取り出して確認すると……運転中に大輝から着信が一度あったようだった。
駐車場からアパートへの続く、いつもの道を歩きながら電話を折り返すと、もうこちらに来ており、コンビニで時間を潰してるからいつでも大丈夫とのことだった。大輝にもアパートへ来てもらうよう打ち合わせた。
「あ。やっと帰ってきたー!」
二人でゆっくりと、駐車場からアパートまでのいつもの道を手を繋ぎながら歩いていると、美雨たちの進行方向から夕闇の中を大輝が駆け寄ってきた。手にはコンビニの袋を提げている。
美雨は少し気恥ずかしかったので繋いでいた手をそっと放した。名残惜しいがまた今度だ。
「大輝、それ何買ったの?」
「ポテト」
そういえば、この前は買うの忘れてたんだっけと思いながら苦笑いを浮かべる。
この弟はアルフレドと同じ年のはずなのに、遥かに子どもっぽい。アルフレドが落ち着きすぎているというのもあるが、それを例外としても子どもっぽいと思う。
「へえ。美味しそうな匂いだな」
「食ってみる? これめっちゃ旨いよ」
サラダ味がおすすめでーと、大輝が説明を始めたのを見て美雨は苦笑いする。
「こんな道の真ん中でやめてよー。おうちに上がろう」
***
「みゅーちゃん、ご飯何ー?」
「えっ、食べてくの?」
「お前、仕事が詰まってるって言ってただろう」
やってきて、ささっと帰るのだとばかり思っていた美雨とアルフレドが声を上げた。
大輝は不満そうに口をへの字に曲げる。
「うっわ。なかなか会うことの出来ない弟に、ご飯も食わせずさっさと追い出そうとしてたわけ?」
「や。そうじゃなくて、大輝は忙しそうだったから」
「大丈夫大丈夫。一応、片づけれるのは片づけたしー、アルフレドを連れて帰れば万事解決だしな!」
とってもいい笑顔を浮かべる大輝にアルフレドは頭を抱えた。
「お前、また書類仕事を……大量に溜め込んでいるんだろう」
「おおー。さっすがよくご存じだよね、仕事のできる男は違うねー」
「仕事ができるんじゃなくて、お前のせいでやらざるを得ないの間違いだろう。ええい、そこに座れ、だいたいお前は……」
何やら言い争いが始まったが、夕食は食べて行くようだし、大輝には少しアルフレドからお灸を据えてもらったほうが良い気がしたので、美雨はキッチンへ向かった。
何を作ろうか考えたが特に思いつかず、冷蔵庫にあった小松菜と豚肉を取り出し塩コショウで炒める。それを白ごはんに混ぜて、黒ゴマをぱらぱらと振りかけた。
あとは温めた昨日の残りのおでんと、残っていた大根でツナサラダを作れば十分だろう。
最後のご飯があり合わせになってしまって申し訳ないが、もう少し長く一緒に居られると思うと嬉しかった。
「お待たせ。ごはんできたよー」
美雨の運んできたご飯を見て大輝の目が輝いた。
「やった!おでんじゃん。しかもペラペラじゃない、ちゃんと下茹でからしてある牛筋のおでん!」
「ミュウ、ありがとう。オレも運ぼう」
「ありがとうアルフ! 大輝もこれくらい紳士的なら良かったのにね……」
美雨の苦言に大輝はぺろりと舌を出す。そんな弟は動くつもりは無いらしく、テーブルの前でポテトを食べていた。
ご飯前なのにと思うが、大輝は見た目の割に食べるので、残りのおでんも全部片付くだろう。
全員が箸を取り、食べ始めた所で大輝が口を開く。
「みゅーちゃん、一か月後はどこに迎えにくればいい? もうここは引き払うんでしょ」
「そうだね。いろいろ考えたのだけれど、実家のあった場所にお願いしようかなと思って」
アパートを引き払い、仕事をやめて。しばらくはホテルに仮住まいになるだろう。実家の近くは田舎だからホテルも安いだろう。この世界から居なくなる美雨にはお金はもう不要になるが、それでもつい節約をしてしまう。
「レンタル倉庫はオレが借りたままにしとくから。隣の倉庫も一個借りといたから。持っていかないけど手放せないような、みゅーちゃんの荷物を入れるといいよ」
「ありがとう大輝。助かるけど……大輝はこの世界のお金をどうやって手に入れているの?」
美雨はずっと不思議に思っていた。泊まる場所は必要ないにしろ、東京にアパートを借りており、水道ガスを使用していないにしても月々にそれなりにお金がかかっているはず。
聞けば、向こうで得たお給金で金を買い、こちらの世界でそれをさらに売って現金に換えているのだという。時空の塔に住みこみだし、食事は王宮で勝手に用意されているし……ほとんど使うこともないのに高収入だそうだ。
ただし、使うヒマもないらしいが。
「じゃあ、一か月後に迎えに来るってことで。荷物はなるべく少なく……そうだな、キャリーバッグ一個くらいにしといて」
「住む場所、食べるもの、着るものもオレが用意しておこう。ミュウは何も心配しなくていい」
二人の言葉に美雨は頷く。これから一か月間とても忙しそうだ。果たして無事に引っ越すことができるのか少々不安になってきたが、それでもがんばらねば。
夕食を終えて、食器を洗い、のんびりと三人でテレビを見ていたが、番組が終わり……大輝が立ち上がって伸びをした。
「さて、と。そろそろ行きたいんだけど、実は陛下にお土産頼まれてたの忘れててさー、ちょっくらコンビニまで行ってくるね」
十五分くらいで戻ってくるからと言って大輝はスニーカーを履いて玄関から出て行った。
テレビの音だけがする室内で美雨とアルフレドは顔を見合わせて笑った。
さっきまで時間つぶしにコンビニに居たくせに、よくもまあヘタクソな嘘を吐くものだ。
「なんだ、あいつもなかなか気が利くところがあるではないか」
「本当、でも陛下にお土産って、コンビニでいいのかなあ」
別れの言葉も約束も全て済ませてある。二人はしっかりと抱き合い、お互いの温もりを感じた。
「大丈夫、きっとうまく帰れるよ。私もがんばるから、アルフもがんばってね」
「ああ。美雨のことを待っている。あちらで、また共に暮らそう」
美雨の体が優しく離されると、アルフレドの顔がゆっくりと迫ってくる。目を閉じて受け入れた美雨の眦からは一筋だけ、涙が伝っていた。
大輝もたまには空気を読むのです。
次話、一人になったアパート。




