第九十八話 ~部下~
<天文九年(1540年)一月 奥州 津軽郡 岩木川河口 十三湊沖>
「親分、見えてきやしたぜ!」
「見えたかッ!!」
柏崎水軍の「鯨の新人」は、細く伸びたやり状の砂嘴に作られた湊を嬉しそうに見つめ、唇をぺろりと舐めた。出羽国の土崎港を出て三日。日本海の荒波を乗り越えながら三津七湊の最北、南部家が治める十三湊へと辿り着いたのだった。
「……親分?」
「んあ?」
銭を象った派手な着物の上に防寒着を重ねた船長に、船頭の隼人が尋ねた。
「親分は、何であの『佐渡守様』に従ってるんで?」
「あ゛? そりゃ、『面白ぇから』に決まってんだろ!」
「どの辺がです?」
「そりゃ、全部よ!」
「へっ?」
海賊相手に初っ端から「軍門に下れ」と抜かした子ども。おいらのインチキにもまるで引っ掛からねえ。あれよあれよという間に佐渡をまとめ、去年には出羽までまとめやがった! 大したもんよ!
「あるときゃ明国の澳門、あるときゃ南蛮船、そしてこの大筒に湊攻めよ! 退屈しなくて済むだろ?!」
「そりゃ、ちげえねぇでさぁ!!」
隼人を含め、近くの者共がげらげらと笑った。
「まあ、結局はおいらの『眼』がいいってことさ!」
「で、いつまで従うんでさ?」
「あ゛あ!? とんちきな事言ってッと、海へ叩き落すぞッ!?」
「ひぃい!!」
厳寒の日本海に落ちたらどんな泳ぎ上手でも助からない。安東水軍から寝返った子分の季兼は頭を抱えた。
「あの方ぁ、半端者や河原者だって差別しねぇ! 『見てくれや生まれなんて屁でもねぇ』って言ってくださってる! しかも『まだまだ多くの仕事をしてくれ』と銭をかけてくださってる! おかげでおいらの爺婆にもいい薬をもらえてる! ……ただ、元気になり過ぎて、いつお陀仏してくれるか心配だがな!」
ハハハッ!
生まれながらに片目が無い、片腕が無い、親が罪人、そんなことを一切無視してできることをさせてくださってる、ありがてぇ御方よ。
率いる水軍は、関船三隻、小早五隻に加え、南蛮船仕立てのキャラック級五隻に「佐渡砲」二十門。だが『まだまだ足りん!』と言ってやがる。一体、何と戦うつもりなんだろうな? まぁ、目の前の相手をぶっ潰すことからやるかっ!
「野郎共! 目標は湖北の福島城だっ! 湊への手出しは厳禁! だが城には『派手にやれ』と言われてる! 久々に暴れるぜっ!」
「へいッ!」
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<天文九年(1540年)二月末 出羽国 山形盆地 長谷堂城>
山形盆地は積雪量はそれほどではない。だが盆地故に寒さが厳しい時は厳しい。
その日も寒さに震えながらの長谷堂城を見回り中のことだった。
「て、敵襲!!」
「何っ!?」
北の寒河江城方面から黒づくめの敵の集団が見える! こんな寒空の中を強襲してくるとは!
「狼煙をあげろ! 山形城へ知らせを飛ばせ! 城門を閉じろ!」
知らせを聞いた城主氏家定直は的確に対応した。最上家の重臣として要害のこの地を任されているという自負がある。時間を稼ぐ自信は十二分にある。
「敵方、登ってきます!」
「ええい、迎い撃て! 射かけよ!」
「それが、手が悴んで」
「擦り付けて温めよ! 無理であれば石を投げよ!」
「はっ!」
攻め手は寒河江……ではなかろう。「抱葉菊」紋と「轟襲滅進」の旗印が見える。羽茂本間だ!
羽茂本間軍は黒づくめの戦鎧に加え、見たこともない獣の皮のような物を被っている。寒さの中の戦に備えて用意していたな?! 手には手袋か。小癪な。
「定直様! 東より敵勢が!」
「兵を東へ!」
「城主様! 西より敵軍が寄せて参ります!」
「西にも兵を!」
「北からも!」
「北は切岸が鋭い! 放っておけ!」
だが、その北側からは羽茂本間の誇る雷筒隊が準備を始めていたのだった。
ドーン! ドドーン!!
城主が司令を出す城主郭に砲撃が命中した!
五本のデミ・カルバリン砲を持ち込んでいた羽茂本間軍、攻め手の指揮を執るのは宇佐美駿河守定満、副将は山本勘助、羽茂本間照詮の右腕と左腕であった。
「第二斉射! 用意!」
「ははっ!!」
高さは六十m程度。この距離からなら大した難しさではない。
「ティッ!」
ドドーン!
第二斉射により城主郭は大破。たまらずに北の切岸を二百ほどの兵が叫びながら雪崩の如く下りてきた!
「敵方、切岸を下降ってきます!」
「ふっ。鵯越とはさせぬぞ…… 宗勝!」
「はっ。」
呼ばれた鉄砲隊隊長の水越宗勝。待ち構えたようにマスケット銃五十、国産第一号の「佐渡銃」五十を構えた恐怖の軍勢に令を下す! 皆、防寒対策の狐毛の手袋をしっかり嵌めている。指先だけは鉄砲を操作しやすいように切ってあるほどの念の入れようだ。
「二連射! 用意! ティッ!! 次、ティッ!」
ダン! ダン!!
転がるように坂道を降り終えて掘を越えた所を狙われた。蜂の巣だ。「うぅ゛っ」と低い呻き声と共に死体の山が築かれ続ける。
「投降せよ! 悪いようにはせぬ!」
……数刻後。長谷堂城にたなびく旗は、羽茂本間の「抱葉菊」紋だった。
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<天文九年(1540年)三月初 佐渡国 羽茂郡 羽茂城>
「剣聖様」から直々の修行を受けている。
反復練習は多く、疲れはする。だが、剣聖様は俺の技量を的確に見抜き、ステップアップできる課題を設定してくれる。お陰で、無理なくメキメキと技量が上がる。
それに辛くない、「柄の握りが良くなった」「構えが一寸上がった」など褒め上手で、やっていて楽しい、弥太郎やレン、その他門弟達も凄まじい上達ぶりだ。
一月の十三湊攻めは柏崎水軍に任せて正解だった。安東水軍の残党とも融合して更に大きくなっている。目指す敵は強大だ。もっとだ! もっと大きな水軍を作り上げねば!
為景から貰った「山鳥毛」が、「関東管領職の証」と聞いた時は驚いた。だが、実際に俺が関東管領になったと言う知らせは年を跨いだ今でも聞いていない、悪い噂も聞いたが、大事な人も失っていない。言い伝えだけなのかな?
そんな中、三通の文が届いた。どれも急ぎらしい。修行を中断して家臣団と共に読むことにした。
「一つ目は定満からだ。何々……『出羽国の長谷堂城の攻略に成功、勘助と共に改築に入る』とあるな」
「よろしゅう御座いましたな! 来るべき大戦を前に拠点ができ申した」
「大砲を備え付け、北上してくる伊達・蘆名勢を食い止めることができますな」
「うむ」
椎名則秋、長野業正の両家老も肯定的だ、攻められるだけなのは好みじゃない、寒河江城と長谷堂城の二拠点で奴らを待ち構える。
「二つ目は環塵叔父からか……え゛え゛ええっ!?」
「!?」
「い、いかが為されました!?」
「もしやよくないことでも!」
う、ウーン。
「……『出羽守』になった」
「はっ?」
「どなたが?」
「『俺が』、だ、出羽国の武官位『出羽守』に任ぜられた、と書いてある」
「おおおっ!」
実力と血縁とを鑑み最上家をあっさりと切って俺に出羽を任せることを宣言したか、相変わらず無茶をしてくれる、環塵叔父。いや、朝廷か。佐渡守には愛着があるが出羽国の方がかなり大きい、変更は已む無しだ。
「では、羽茂本間『出羽守』照詮様ですな!」
「出羽守様、おめでとう御座いまする!」
「「おめでとう御座いまする!」」
「お、おう」
「従四位下」叙位の打診もあったそうだがそれは固辞してくれたようだ。十歳が従四位下じゃ流石に官位の大安売り過ぎる。だが、大戦が勝利に終われば確実に受けねばならないらしい、「出羽国の治安を維持した」とかで、まあ、紙切れ一枚だから? 安んじて受けようか。
「出羽国統治に弾みが付きましたな!」
「早速、各地に文を出しましょうぞ!」
椎名則秋、長谷川海太郎が命じると、早速文官十数名が皆一斉に墨を磨りだした。仕事が早いっ! 「出羽国統治の正統性は我等にある」とお墨付きを貰ったことを広く知らしめる、これで敵が十人でも減れば儲けものか。
有能な部下が揃っているのは本当に喜ばしい、「金より大事なのは人材」とはよく言ったものだ。
「もう一通は小木のヴォルフからか、朝一の使いだな。何々……」
こちらはさらにとんでもない内容だった。
「!!! 馬を引けっ!!」
「佐渡守様っ! いや、『出羽守』様! いかが為されましたか!?」
「来た!」
「何がで御座いますか!?」
「南蛮船だ! 海太郎! 息子がリスボンから帰ってきたぞ!!」
「待って、ショウセン! 私もつれてって!」
珍しくナーシャが声をあげた。
俺は弥太郎や則秋、業正、収蔵、ナーシャ達を引き連れて、南蛮船の待つ小木の港へと急いだ。
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<天文九年(1540年)三月初 佐渡国 羽茂郡 小木港>
(大変なことになった!)
ポルトガル人のヴォルフハルトは久しぶりの母国人達に会えて嬉しく思う反面、羽茂本間佐渡守照詮に外交官として信頼厚く仕事を任された恩義との板挟みにあった。
(レイリッタ達だけならよかった。まさか「ユヅキ総督」だけでなく、「ジャムカ総監」までも見えられているとは!)
「どうしたんだい?ヴォルフ、らしくないじゃないか?」
「まさか、異国人に心を許してはおらぬだろうな?」
ポルトガルのインド商人団の中心人物が二人とも!
そして、重キャラック七隻もの艦隊が小木港に寄せてきているのだ!
「長旅で疲れているんだ、休む場所くらいはあるのだろうね?」
「おい! 聞いているのか?!」
(下手をすると……佐渡ヶ島は火の海となるぞ!)
有能な部下は宝です(*´ω`)
「西方見聞録」の面々が佐渡へ戻ってきました。
今回も力を手に入れることができるのでしょうか。それとも……




