第九十三話 ~西方見聞録「到」~
<1537年 9月15日 マデイラ島 宿にて記す>
九死に一生を得た。
狂嵐に見舞われたが、夜明けには海は何事もなかったように穏やかな表情へと姿を変えていた。嘘のように嵐が収まっていた。
そんな中、船乗りの一人が「船のマストの上がいくつも青白く光ったのを見た!」と熱弁し出した。それを聞くと皆は「セントエルモの火だ!」と大いに騒ぎ出した。
あの嵐の中でマストを見上げる余裕があるとは信じ難い。とかく船乗り達の話は迷信や眉唾物が多い。ある者は海賊王の宝の在処を知っているとか、ある者は島ほどもあるイカに船が沈められたのを見たとか、首が体の倍くらい長い動物がいるとか、某にはまったく理解ができない。だが、実は真実がどこかに散りばめられているかもしれない。
気が付いた時には、もうマディラ島に着いていた。
いくつかの島々からなる場所。「マディラ」は「樹木」という意味らしく、しばらく前までは無人の島だったようだ。ここからリスボンまではそう遠くはないらしい。
ここは、貴重な砂糖の原料となるサトウキビという作物が栽培されていることで有名らしい。元からは製造されていなかったのだが、百年ほど前から栽培、切断、運搬、粉砕、その後、火をたき、湯を沸かし、注いだりして製糖する作業を大人数で行っているそうだ。
さらにサトウキビは、「船乗りの水」とも言えるラム酒の原料にもなるらしい。何という素晴らしい作物なのだろう!
この作物を日本に持ち帰ることができたら、莫大な利益を生むことができるだろう。
しかし、残念ながら高温でなければ育たない植物であるらしい。佐渡は温暖ではあるが、とても無理と言われた。ならばどこで栽培するべきなのだろうか?
葡萄の栽培も盛んで、そこから作られる「わいん」と呼ばれるは赤い酒は「命が伸びる」と言われ、多くの者が愛飲している。某も樽から出たものを直接試してみたが、血のような赤さへの抵抗感と独特の苦みと渋みで思わず咽返ってしまった。顔をしかめた某を、現地民は陽気に笑った。
<1537年 10月2日 リスボン スレイプニール号船内にて記す>
遂に、リスボンに辿り着いた!
佐渡ヶ島を離れておよそ半年。苦難に満ちた道のりだった。
だが、剣士セシリアに言わせてみれば「極めて順調な航海だった」らしい。船乗りの心の強さには舌を巻く。
驚いたのは、まず港の規模だった。
百隻は下らないであろう大きな船が所狭しと目まぐるしく出入りしているのである。レイリッタ殿のキャラック船を遥かに凌ぐ50~60mほどの超大な船も悠然と佇んでいる! 世界の船が一堂に会したような港だ!
町並みは石造りの家や石畳。家々の赤い屋根が白壁に映える。屋根瓦はない。「ベレンの塔」と呼ばれる荘厳な石塔が印象的だ。市場には各地の果物や食材が山のように盛られ溢れている。海外との交易などによる富の流入が想像できる。
人は多種多様だ。
彫りの深い者浅い者、背の高い者低い者、肌が白い者黒い者彫り物がある者。皆、着物ではなく体にぴたりと張り付く機能的な衣服を身に纏っている。髪の毛は己を表すものとして、結ったり尖らせたり剃っていたり鮮やかな赤色であったり様々だ。大概の者は目が青く、肌は白く、髪は茶色がかり、背は日本の者よりは3寸半(10cm)は高い。
大人から子どもまで笑顔が多く、明るく陽気な性。某から見れば無礼であるように見えることも多いが、大概にして寛容。行儀や礼儀作法に行き過ぎることはないようだ。
信仰はキリスト教という宗教のみが流行している。「仏教や神道を知っているか?」と尋ねたが、「まるで聞いたことがない」という反応だった。
レイリッタは、有力者を通じて明日の王への面会を城に願い出ていた。
今日は船で一泊だ。明日、もしかすると・・・
大きな仕事になりそうだ。
<1537年 10月3日 リスボン ブラガンザ公爵邸にて記す>
我が人生の中で、今日ほど誇らしい日は無いだろう!
ポルトガル王宮に入り、国王ジョアン三世様と面会できたのだ!!
我等(長谷川海之進と椎名照秋)は、佐渡を出るときに贈られた絹の直垂に侍烏帽子を付けての正装。太刀と脇差を佩いて謁見した。
会場となった王宮には、物珍しそうに大勢の貴族が集まっていた。それもそのはず。遥か明国よりも東の我等日本の事は、知っている者はおるまい。好奇の視線が集まった。
レイリッタは、我が主羽茂本間対馬守照詮様の書状を国王の侍従に手渡した。当然読めはしないので事前に用意していた訳した書状も添えて。
「私達は、遥か東の果ての国、日本まで辿りつき、大いなる誼を得ました。こちらに居られるお二人が、佐渡国の羽茂本間照詮様から遣わされた、長谷川海之進様と椎名照秋様です。多大なる名品と共に、我がポルトガルと誼を結びたいとされております!!」
「ふむ・・・ハモチ・コンマ・ショウセン、か。」
何事か考え込んでいたジョアン三世。
年の頃は四十。細長い顔に太い眉。濃い口髭は頬から蟀谷にまで繋がっている。大国ポルトガルを統べるとあって非常に聡明と聞いている。(だが、ポルトガル本国は佐渡よりは広いが本州よりはずっと小さいと聞く。意外だ。) 各地から嘘の報告なども多くあるのだろう。我等を見る目の端々に、疑いの眼差しを感じる。
ポルトガル語に精通するようになった某は、それを払拭するべく声をあげた。
「御目通り頂きありがとうございます。某、対馬守様から使者を命じられました『長谷川海之進』、こちらに控えるは同じく『椎名照秋』で御座います! 我が主羽茂本間対馬守照詮様は、ポルトガルに非常に強い友好心を抱いております。『互いの文化を交流することで、ポルトガル国はイスパニアやイングランドなどに差をつけることができる』と、確信を抱いておられます!」
対馬守様からは「互いに利があることを示せ」と言われてきた。
「流暢なポルトガル語だ。怪しむ訳ではないが、証を見せてもらえぬか?」
ジョアン三世が難問をぶつけてきた。だが、対馬守様から言われた通り見せるのみだ。
「なれば、我が国の『剣舞』をお見せいたします!」
照秋の父、則秋様に扱かれ鍛えられてきた剣技を見せる時がやってきた。船上でも鍛錬を欠かさず行ってきた剣技。広めの一角を借りると、互いに一礼して太刀を抜いた。
「イヤアアァッ!!」
「オウリャァァッ!!!」
ガキン!
ザザッ!
ガガガ!!
決められた通りの動作。しかし互いに真剣。一つ間違えば大怪我では済まない。
結び合う刃。紙一重で躱す動作。
王宮の貴族達は「喧嘩か何かか」と勘違いしたようだ。だが「舞い」であることを知らされると次第に歓声が上がってきた。
死と紙一重の舞い。見たことのない様相をした我等の独特の動きに大きなどよめきが巻き起こる!
いよいよ締めだ。照秋、頼むぞ!
ひらりと某が躱す。
そこにセシリアが用意したプレートメイルがある。西洋で最も堅いと言われる鎧だ。
「ドリャアアアアアア!!」
気合一閃!
ギン!!
高い金属音が鳴り響いた。
照秋がプレートメイルを斬った!
静まり返る王宮。次の瞬間!
「impressionante!!」
「incrível!!」
「凄い!」「信じられない!!」という声が轟いた。
西洋の剣は「斬る」のではなく重さにより「叩き潰す」ことが主と聞く。堅い金属鎧を断ち切るということは、考えにないことだったろう。
「東洋の秘技」「板金鎧斬」と後から大いにもてはやされた。主に照秋だけが美しい娘たちに囲まれていたことが口惜しいが。
「なるほど。」
頷く賢王。
「お主らの剣技と剣舞。加えて武具。師範や将軍の誰も知らぬものだ。それに、これほどまでの珍品。素晴らしい物だ。キリスト教の布教の許可も記されている。問題はあるまい。西と東に分かれているが、海を挟んだ友人となりたい。」
見たこともない日本刀、着物、朱鷺、竹細工や漆器など魅力的な品に加え、我等二名の存在が決め手となったようだ。
賢王はレイリッタの方を向き、王宮に詰めかけた全員に聞こえるように声を上げた。
「レイリッタ。遥かな旅路、大義であった。其方をポルトガル国の『日本特務大使」に任ずる! さらに『騎士爵』の称号を授ける! 船団を率いて日本との融和を図り、ポルトガルの為に尽くすのだ!」
「おおおっ!」
周囲から声が上がった!
レイリッタは日本到達と交易の窓口を開いたことを、国王から正式に認められたのだ!
「は、ははっ!!」
深々と礼をするレイリッタ。何故か分からぬが跪き、王から剣を肩に押しやられていた。多分、そういった儀式なのだろう。そして、万来の拍手が響き渡った! 我等日本、佐渡国とポルトガル国の扉が、正式に開いたのだ!!
我等は「テオドジオ」殿という方の家に賓客として招かれ、逗留することになった。「ブラガンザ公爵」というかなり地位の高い方のようだ。(関白ほどか?) 高い鼻に優美な口髭、高い身長に低い声が特徴的だ。有力者に身の安全を保障していただけるのはとても助かる。
しばらくはポルトガルのことを学びつつ、佐渡や日本のことを伝えることが主となるようだ。市井の暮らしや風習、イスパニアやイングランドといった国のことを知り、対馬守様にお伝えしなければなるまい。
レイリッタは、ナーシャ達に伝えられていたモスクワ国のことを調べつつ、再び日本に戻る手だてを計画している。しばらく陸地で暮らせることは何よりの喜びだ。
ひらひらした物が天井と四隅に付いた「ベッド」なる寝床は慣れぬが、快適である。
旅の疲れを癒すため、ひとまずここで筆を置くこととする。
天正10年(1582)頃には有名な原マルチノ、千々石ミゲルが加わった「天正使節団」が。慶長18年(1613年)には伊達政宗がイスパニア・ローマへ「慶長遣欧使節団」を派遣した、など残っていることから、海外との窓口を開こうとするのは、ある程度考え付くことなのかもしれません。成果が上がったかどうかは評価の分かれる所ですが。
マデイラ諸島については「ポルトガル:マデイラ諸島の土地と生活」(池俊介氏)などから引用。
プレートメイルは重さ的に厚さ1mmくらいという資料を読みました。それでも斬るのは難しいですが、日本刀の反りを生かし、板に垂直に刃を当て、最後に握力で両手を絞り込んで引く腕力・技量がある者であれば何とか、と思ってくだされ(*´ω`)
「行き過ぎたプレートメイル信仰に歯止めを! ――現実的な防御力の考察」様からも知見を得ました。
https://book1.adouzi.eu.org/n9616ef/
本当は、羽茂に伝わる「つぶろさし」という舞いを披露することも考えたのですが、木の棒を男性器に見立てて舞うため「流石に」と思いお蔵入りしました(*´Д`*) 始まりが1600年頃であると時代が合っていないのも理由の一つです。佐渡にルーツがある者として一度は見てみたい神楽です。
西方見聞録はとりあえずここまで。次からは・・・




