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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
「佐渡守」

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第九十一話 ~縁~

<天文七年(1538年)六月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 城門前>



 壮麗だ。


 酒田湊を抑えてから三か月。

 越後守護代長尾為景の元から、約束通り海を越えて「綾姫」が側室として俺の元へ嫁ぎにやってくる。まさか千人近い行列が海を隔てた羽茂の地に来るとは思いもしなかった。婚儀に向かう船の列は、さながら越後と佐渡に橋がかけられたように見えたとか。実際の狙いと同じじゃないか。




 大宝寺の治めていた南出羽郡十万石のほとんどは、俺の右腕とも言うべき宇佐美定満(うさみさだみつ)に任せることにした。能力の高さは折り紙付きだ。前の主君上条定憲(じょうじょうさだのり)には尽くしても尽くしても城一つしか任せられなかった苦労人だ。一気に大領を任されて感極まったのだろう。涙を流して喜んでいた。奮起して周囲の国衆との融和を図り、酒田湊の抑えと対最上(もがみ)家、その先の対伊達(だて)家への侵攻プランも進めてくれることだろう。


 本庄(ほんじょう)実乃(さねより)の忘れ形見、本庄秀綱(ひでつな)は副将として定満に付けた。出羽の一部で本庄家を再興してもらうことにしよう。土佐林(とさばやし)家の持っていた領地は、水沢平の戦いで武功を挙げた加地春綱(かじはるつな)に与えることとした。揚北衆の面々にも越後に隣接する出羽国南部の一部を切り与えた。


 功のあった者には、相応の報酬を与える。それにより信頼感が高まり、次の戦に弾みが付く。北日本海制覇に向け、着実に地盤固めは進んでいる。





 婚儀に参列する一行が羽茂の町に到着した。京の大路通を真似た羽茂の町の道を、飾り立てた人、物、それを見る野次馬で埋め尽くされた。(きら)びやかな贅を尽くした大行列だ。為景から「分かってるだろうな?」という声が聞こえてきそうだ。


 城門の前で正装して出迎えた俺の元へ、飛びぬけて豪華絢爛な駕籠(かご)が着いた。供の者がすっと戸を開く。艶やかな着物を着た女性が降り立った。


 ……


 絶句した。


 …… 天女か?


 語彙力の乏しい俺にはそんな言葉しか思い浮かばなかった。

 俺より三つ年上。虎千代の姉。長尾為景の娘。長尾晴景の妹。佐渡と越後を(えにし)で繋ぐ女性。

 そんな言葉ばかり浮かんで、その「人」を見てもいなかった、考えてもいなかった。


「…… 長尾為景が娘、『綾』と申します」

「…… 羽茂本間佐渡守照詮です。お、お待ちしておりました」


 なんたる美少女か。

 精一杯の言葉。カチコチに固まっているのが自分でも分かる。

 そんな俺の様子を見てか、綾姫はフフっと笑った。


「皆から『天か魔か』と聞かされてきました。でも、本当の照詮様はお可愛い方なのですね」

「はは。隠しているだけかもしれませぬぞ」


 中々言うじゃないか。見た目と血筋だけの姫様じゃないようだ。




______________


<天文七年(1538年)六月 佐渡国 加茂(かも)郡 大野亀(おおのがめ)



「うわぁ、綺麗……」


 綾姫が思わず呟いた。


 婚儀の式を終えた数日後、俺は綾姫と少数の供のみを従えて佐渡ヶ島の北端近く、加茂(かも)郡の大野亀(おおのがめ)という所にやってきた。六月初旬に見頃を迎えたという「飛島萱草(トビシマカンゾウ)」の花が亀型の巨岩近くに群生していると聞き、見に来たのだ。


 見渡す限りの黄と橙。何十万本というトビシマカンゾウが咲き乱れている。その背景には新緑の若草色、遥か彼方まで濃い青色をした日本海、そして、どこまでも続く佐渡の澄み切った空の色。


「形だけの式など、肩が()るだけと思いまして」

「それで綾をここへ?」

「です。・・・というより、某が来たかった、というのが本音です」

「まあ」

 コロコロと綾姫が笑った。


「戦続きで佐渡の景勝や名所巡りもできておりませぬ、時間を見つけて…… 一緒に行きませぬか?」

「…… 大事にしてくださる、と思ってよろしいのかしら?」


 俺は頭を掻いた。

「妻、ですから。大事にします」

 レンやサチには大丈夫なのに、何故か綾姫には赤面してしまう。近所の美人のお姉さんが急に嫁になったような感じだ。情けない。


「…… 綾は、驚いています」

 潮風で髪をなびかせ、トビシマカンゾウの鮮やかなオレンジ色を横目に、綾姫はぽつりと言った。

「何にでしょう?」

 俺は尋ねた。


「所詮は武家の縁組。それに側室。相手は恐ろしいと言われる方、でも・・・」

「…… でも?」

「……」


 答えはなかった。しかし、次の瞬間にはこちらを振り向き、ひどく可愛らしい顔を見せた。


「末永く、よろしくお願いします。殿」


 余りの美しさに心を奪われそうになった。というか奪われた。

 …… しかし、俺には言わねばならぬ事があった。


 俺は、足元に美しく咲いていた飛島萱草を一輪へし折った。そして、綾姫にその一輪を差し出した。


「俺は、大きくならねばなりません。日ノ本を、そして世界を変える為に・・・多くの者を死に追いやるでしょう。綾姫の生家である長尾家すら圧し折る可能性があります。あらゆるものを潰す可能性がある男です」

 覇道を貫く覚悟は俺にはある。俺に寄り添う妻にもその覚悟が必要だ。


「…… それでもついてきて頂けますか?」


 このままいけば越後を統べる長尾家とぶつかる算段が高い。為景が主の時はないだろうが、嫡男晴景が継いだ後は、きっとぶつかる。


 綾姫はフフっと笑った。答えを用意していたのだろう。


「答えは、既に伝えてあります」

 大きな目と美しい瞳を凛と俺に向け、綾姫は俺に告げた。


「綾姫……」

「『綾』とお呼びください、殿。末永く、命果てるまで、御傍にいさせてくださいませ」


 綾姫、いや、綾は、俺が圧し折った花を恭しく受け取った。



__________________


<天文七年(1538年)七月 佐渡国 羽茂(はもち)郡 千手(せんじゅ)村>



 神妙な顔つきの環塵(かんじん)叔父。

 俺は弥太郎すら遠ざけて、生まれ育ったであろう家に環塵叔父と二人だけで座っていた。「大事な話があるっちゃ」と言われてきた。


「環塵叔父。改まっての話というのは、何だ?」

「照詮。お主も嫁を取ったということで一人前じゃ、伝えねばならぬと思うことがあってな」


 妙恵おばさんとはうまくいっているようだ。子どもでもできたか? まさかな。それでこの家に呼び出しはしないだろう。


「実は…… 子どもができてな」

「えっ!?」

「妙恵と儂にな。はっはっは!」


 おいおい。本当かよ。


「ま、それは口実じゃ」

「勘弁してくれよ。環塵叔父」


 相変わらずの照れ屋でいて、とらえどころのない人物。環塵叔父そのものだ。

 だが、次の瞬間、人が入れ替わったようになった。


「照詮。儂は()()()()()()()尊忠(たかただ)という名がある」

「ん」


 どうやら、こちらが本当の話のようだ。


「佐渡に流された順徳天皇(じゅんとくてんのう)は知っておろう」

「ああ」

「その天皇が、佐渡の女に手を出した」

「うん」

「有体に言えば、その子孫じゃ」

「……」


 伝説には聞いていた。

 三百年も前に亡くなった天皇に子どもがいたという話は残っている。だが、途中でその血筋は断たれたと言われていたが…… まさか続いていたとは。というか、その子孫が環塵叔父?! 


「我らの祖、順徳院は後鳥羽院の皇子。そして帝も、後鳥羽院の裔であらせられる。故に『儂らと京の帝は同族』と言える」

「お、おう」

「儂が京の都で学んできたのは、その縁もあったのじゃ、知仁(ともひと)様…… 帝とも腐れ縁がある」

「…… 」


 余りの事に思考が追い付かない。「何かある」とは気づいていたが、突拍子が無さ過ぎて。


「『抱葉菊(だきはぎく)』は、その(ゆかり)の紋じゃ。この灰の中に隠してあった金塊、そして『不入(ふにゅう)の谷』にあった金塊の一部にも、この紋が付いておる」


 そう言うと、俺がずっとひた隠しにしていた灰の中の金塊を、事も無さげに環塵叔父は探り出した!! 遥か昔と思える頃、俺がブタを殺した金塊。その一部に…… ()っすらだが、ある! 「抱葉菊」紋が!


「環塵叔父…… 」


「儂らのご先祖の皆皆は、『いつか京に戻って』と思い、支援者の助けを得ながら力を蓄えていたのじゃ。金塊はその証、ある意味、お主が金塊を使っておるのは、正しい使い方だっちゃ」

「金を力に変えて、世を変えること…… が、か」


 唖然(あぜん)とする俺の言葉に、環塵叔父は言葉を続けた。

「儂は、修行のため各地を回りながら、諸行無常の境地に辿りついた。儂の力如きでは、乱れた世を何ともできんと諦めてたっちゃ。『いずれ、(ちり)(かえ)る』、故に環塵と名を付け、先祖やお主の父母の菩提(ぼだい)(とむら)い、金のことなど忘れて儂の代で(えん)を断ち切ろうとしてたっちゃ」


「だが、俺が気づいた、か」

「…… 行けるところまで、行け、照詮。世を変えよ。日ノ本を、世界を変えよ」


 そう言うと、環塵叔父はもうツルツルになっている顎を、まるで無精髭が生えているかのように撫で回した。


 俺が天皇家の血筋を引く……

 上手くやれば、大きなメリットとなる。しかし、俺には信念がある。


「俺は、血筋には頼らん。岩倉宮とかにも興味はない。だが、世は変えてみせる! 己の力のみで!」

「ま、気張るな。まだ先は長い、ゆっくり育て」


 父親のいない俺の父代わり、岩倉宮という皇族、謎の多い真言宗の僧侶。

 だが、俺にとっては環塵叔父は、ずっと環塵叔父だ。

 環塵叔父は俺の頭をグシャグシャと撫でまわし、そして、眩しそうに俺の顔を見た。


「そろそろ行くか」

「ああ」

 もう真夏が近い。(ニイニイゼミ)(ミンミンゼミ)の声が響く。


 俺は再び、この家の戸をくぐり抜けた。

 季節は同じように巡る。だが、世界は大きく変わろうとしていた。




      ~ 第七章 『佐渡守』 完 ~

六月の大野亀では、五十万本ともいわれるトビシマカンゾウの群生が見られます。なかなか行けませんが、画像検索でも心洗われるものがたくさん見られます。ぜひご覧ください。

密を避けながら旅行に行くには佐渡は最高かもしれません。まだまだ佐渡には素敵な場所が沢山あるので、紹介していければと思っております。


第一話からの流れを結びつけました。順徳天皇の子孫については佐渡ヶ島の伝承にありまして、岩倉宮忠成王の話や、佐渡には墓なども残っております。話は飛躍しておりますが、物語の味付けとして楽しんで頂けたら幸いと思っております。


ポルトガルに向かった一行の話や他国の話などの脇道を通り、次の第八章に向かいたいなと思っております。年月は少し飛ぶかも?!


数多くのご支援、ありがとうございます。力不足ではありますが、努力して参る所存です。引き続きご愛読いただけましたら幸いです(*'ω'*)b

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綾がすごく可愛い ほかの嫁たちと末永く爆発してほしい
[良い点] 灰の中に金塊があった謎が、ようやくとけて嬉しいです。ここで繋がっていたんですね。 [気になる点] > 「順徳天皇は、京の都に残った四歳の息子懐成親王に天皇の位を譲り、その後佐渡に流された。…
[一言] 面白い。展開がよい。今後に期待したい。
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