第九十話 ~艦砲射撃~
<天文七年(1538年)三月 出羽国酒田湊 近郊>
「西の堺、東の酒田」
古くから最上川舟運によって内陸地の米や紅花などを集められてきた湊、酒田。平泉藤原秀衡の妹か後妻だかの「徳尼公」という人が36人の配下を連れて港の基礎を築いたとされている。秀衡って言ったら源義経を匿ったことで有名な人よね。ってことは三百年以上前か。
嘘か本当か分からないが、その三十六人が中心となって酒田湊を盛り上げていったのが「三十六人衆」という商人達の始まりらしい。粕谷家、永田家、加賀屋、上林家、本間家、鐙屋家などの廻船問屋や豪商たちがひしめき合って自治をしているらしい。倉庫業も盛んらしく、播磨の塩、蝦夷の昆布、出雲の鉄、美濃の茶、南部・津軽・秋田の木材などが山のように積まれているらしい。
大宝寺家を粉砕して、実質南出羽国の地を抑えた俺達の軍だが、この酒田湊を落とさなければ本当の意味での支配は始まらない。「大宝寺は散った。砂越、清水、寒河江等も我等に従っている、傘下に入れ」と手紙を出したが、果たしてどう出てくるか。
そんなことを考えていた俺に話しかけてくるものがいた。
「佐渡守様。糧秣、弾薬など尽きかけております。この交渉が決裂した場合は・・・」
「何とッ!?」
軍略方見習いの赤塚直宗の言葉に、小姓の藤丸が大声を出した。
糧秣が切れることは軍にとって死活問題。今回の出陣は行軍の辛さを緩和するため、攻め落とすためのギリギリの量しか持ってきていない。
「そこは問題ない」
「ええ?!」
食糧は付近の村々を略奪して糊口をしのぐ、味方した砂越氏や清水氏に無心するなど、現地調達で何とかなるっちゃなる。「我慢しろ」は最後の最後の手段。というか兵を飢えさせるくらいなら戦争になど行くべきではないのだ。
もちろん俺はそんなことはしない、秘策がある。俺の足は長くて速いのだ。
そこへ、酒田湊への交渉に出向いていった宇佐美定満が戻ってきた。
「酒田湊から返答がありました、『会合に応じる』とのことです」
「そうか。『従う』とは言わずに『会合に応じる』、か。雰囲気はどうだ?」
「従う気は、更々無さそうですな」
「ほう」
やる気か。三十六人衆。
俺を怒らせるとはいい度胸だ。
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<天文七年(1538年)三月 出羽国酒田湊 鐙屋 庭園>
「あきまへんな」
『鐙屋』の屋号を持つ池田惣左衛門は大きくかぶりを振った。
年の頃は壮年。体はがっしりとしていて表情は柔和。でかい鷲鼻が特徴的だ。だが細めた目の奥は決して笑っていない。酒田湊を取りまとめる商人集団の要らしく落ち着き払っている。一歩も引かぬ、といった所か。
「商人は長い付き合いを大事にします。大宝寺さんはそれこそ百年のお付き合いがあったお得意様、倒された本間さんの力は流石です。ですが、だからと言って協力も従うことも出来まへんな」
同席している他の大商人達も大きく頷いている。なるほどな。
会合の場になった鐙屋の庭園は野球場がすっぽり入るくらい大きなものだった。池には煌びやかな錦鯉が群れを為して泳ぎ回り、数百年ものらしい松やハナミズキの並木、艶やかな冬牡丹、とても一代や二代じゃ作れない庭、直江津の蔵田のおっさんの屋敷が慎ましやかに感じられるほどだ。
「・・・この湊、灰にしてもよろしいのですぞ?」
さらりと凄む宇佐美定満。
しかし生半可な脅しなど蛙の面に小便と言った様子だ。
「灰にする・・・ よろしいのですか? 羽茂本間の皆様がほしいのは『湊の利』のはず、灰にしたら再建は十年はかかります、困るのはそちらの方では? 地域の者は誰も力を貸しまへん、貸そうものなら村八分に致します。それくらい我等の力はこの地に根付いております」
「・・・歴史を武器とするか、池田惣左衛門」
大商人は、俺の言葉にニヤリと笑った。
攻勢と見るや、同席した商人たちは矢継ぎ早に俺に畳みかけてきた。
「羽茂本間はんは、糧秣が厳しいのとちゃいまっか? 我等なくしてどうにかなりまっか?」
「お譲りしまっせ? 今では少々高くつきますがな! ハハハ!! 五倍の値でよろしいですか!?」
「時によって値段が変わるのが商売ですよってな! ハハッ!」
商人達は色々と情報を集めているようだ。こちらの糧秣が少ないことも掴んで笑い出している。
それに乗じて、ダミ声で怒鳴りつけてきた者がいた。
「羽茂本間なぞ同じ本間家でも我が酒田本間家にとっては下の下の家! 勢いがあろうとも今だけのこと! 従属なぞありえまへんな!」
「ほほう?」
早口の大声で羽茂本間家を貶したのは、酒田本間家の家主本間忠原。ガマガエルのような風体に加え、人を見下す目つき。なるほど、日頃から人を従えることを屁にも思っておらぬ様子。厚い唇を突き出して増長しまくっているって感じだ。
「家祖は同じと聞くが、まったく別の生き物だな。早口も耳障りだ、流れが変われば性質が変わるのは川と同じだな、ああ『五月雨を あつめて早し』と芭蕉が詠んでいたのは最上川だったか」
俺はヤレヤレといった感じで、思ったことを口に出した。
「!? 何を訳の分からぬことを!」
激昂する酒田本間忠原。この場で殺される可能性など微塵にも感じていないのか?
武力では圧倒している。この場で全ての商人の頭をすり潰すのは造作もない、俺が手を掲げるだけでこの場のガマガエル達は肉片と化す、五分もかからん。その後は面倒だが、まぁ、大したことではない。
だが、地を治めるには地域の力を使うのが手っ取り早い、一から作り直すより今あるものを使い潰す方が楽なこともある。溜め込んでいると聞く財を、「無理やり徴収した」というより「自主的に出してもらった」という方が世間的な評判もよろしかろう。
もう一度商人達をよく見てみる。笑顔という仮面と強気という鎧で身を守っているが、若干の焦りや震えを感じる。強気な態度は、恐怖の裏返しでもある。思ったよりも怯えているようじゃないか。
よし。予定通りアレでいこう。
反抗的な態度は、商人にとって命よりも惜しい物を壊して言うことを聞かせるか。
「酒田湊は、自治船団も有しているのでしたな?」
「ほほう、ご存知ですな。左様、強力な船団を有しております、とても我等の許可なくして湊へは入れませぬ」
鐙屋池田惣左衛門は胸を張る。
「そして本間忠原、オマエの店の蔵の色は群青色だったな?」
「何!? それを知って何とする?!」
「ふふ・・・ こうするのさッ!!」
俺は床几から立ち上がり、大声で右の拳を突き上げながら叫んだ。
「群青!!」
それを聞いた山本勘助は「ハッ!!」と答えた。そして、小高い場所に待機していた部下に、用意していた群青色の大旗を八の字に振らせた!
「ははっ! 何をしておる! 神頼みか!? 風でも呼んで我が蔵を壊すつもりか!?」
「生憎俺は無神論者だ、神にも仏にも頼らん! 己の力のみで勝負する!」
俺は大声で叫び、右手を振り下ろした!
「撃てぇぇッッッ!!!」
聞こえたかどうか分からない。
しかし、その結果は直後にやってきた!
ドンッ!! ドン! ドンドン!! ドドドド!!!
腹の奥底に響き渡るような音。陣太鼓のような、雷のような。それでいて凶悪な音が轟いた!!
そして、
ガアアアアアアアアアアン!!
命中した!
「なっ!!?」
「えっ!?!」
「うぇぇええ!!?」
商人達は目を疑った。
さっきまであった物が無くなっていた。
具体的に言うと、酒田本間のこれ見よがしに大きかった群青色の大倉庫四つのうち、二つが消えてなくなっていたのだ。
商人にとって蔵と蔵の中身は命と言ってもいい。扱う品々は各地から集まったもの、各地へ送り出すもの。それらを『無くした』の一言では済まされない。信用や信頼がガタ落ちだ。
「『艦砲射撃』と言いましてな、我が水軍の力を以てすればいとも容易いこと」
「か、かんぽうしゃげきじゃと!!?」
重い大砲の運搬、冷却のための水。その条件を解決するのは「船」だ。
環塵叔父が指揮し、柏崎水軍の新人や大砲の名手ヤルノ達が乗った船。重い糧秣の運搬も担ってくれる俺の長い「足」だ、酒田湊の自治船団を蹴散らし、狙った場所への艦砲射撃を成功させた俺の「力」だ。
デミ・カルバリン砲20門を備えたキャラック船を中心とした十数隻の船団、本来なら艦載した大砲は動く船を的として狙うものだ、地表にある動かない的を狙うなど造作もない。気分は軍事力でインドへの道を拓いたヴァスコ・ダ・ガマだ。
絶版となったゲーム「提督の〇断」じゃ、戦艦の砲撃で各地の港を占拠していったことを覚えている、ましてや艦砲射撃に対抗するべき防衛のための港の大砲や対艦攻撃機、爆雷や航空魚雷などがあるはずもない、一方的な砲撃だ。
「さて、次はどこを狙いますかな・・・ 鐙屋の倉庫は焦げ茶色でしたな。米が満載で、各地へ送る昆布や木材、仕入れた茶などが沢山入っております、な?」
「・・・脅しですかな?」
「ですよ?」
俺は笑顔で答えてやった。冷や汗を掻く池田惣左衛門。
「某にとって、過去や歴史なぞ何の役にも立ちませぬ。必要なのは今と未来! お分かりいただけぬなら分からせるのみ・・・加賀屋や上林家でもよろしいですぞ?」
「何を申すか! この簒奪者が!!」
ガマガエルがまた鳴いた。
どうやら頭の回転が鈍いらしい。
「分かってもらえないようで残念だ。 ・・・『群青』!!」
「ぎ、ぎゃあああああああ!?」
俺はもう一度右の拳を掲げた。途端に振られる群青色の旗!
頭を抱えるガマガエル。結果は先ほどと同じだ。
ドォォォォン!!
・・・・
ズガアアアアアアアアアアアアアン!!
「ひえええええええええええええっぇぇえ!」
半狂乱の酒田本間忠原。自慢の大きな蔵が四つとも瓦礫の下に埋もれてしまった。これまで築いてきた店としての評判、稼ぎ、建物、全てが無と消えていく瞬間だった。
「じ、自治船団はどうしておる!? この為に高い金を払っておるのだぞ!?」
そこへ番頭らしき男が走ってやってきた。
「た、忠原様! 羽茂本間軍の船が湊を占拠! 船は沈められたもの、寝返ったものばかり! 我が店の蔵が二つ潰されてしまいました! いかが致しましょう!?」
「情報が古いな、四つ全てだ」
定満はかつて蔵があったであろう場所を指さし、やってきた番頭に伝えた。
おそるおそる振り返りその場所を見た番頭。僅かに見えるのは一部の壁と立ち上る土煙のみ。あまりの惨事に、哀れな番頭はウーンと唸って気を失ってしまった。
「お、終わりだ・・・ 我が酒田本間家が・・・」
ガマガエルは厚い唇をブルブルと震わせた。
「・・・や、やめてくれ! 我が粕谷家は羽茂本間に協力する!」
「わ、我が店も!」
幾人かの商人達はコロっと態度を変えて俺に懇願してきた、ようやくわかったようだ。だが、だいぶ遅かったな。
「・・・残念ながら、たった今、我が羽茂本間は値上がりしましてな。『協力』ではなく『従属』でなければ受け入れぬことになりました。協力とあれば矢銭二万貫文(二十億円)を頂きとうございます」
「が!?」
「に、二万貫文!?」
「高すぎじゃ!」
口々に言う商人達。だが、
「おやおや、先ほど『時によって値段が変わる』と仰ったのは皆様方ではありませぬか、同じことをしているだけで御座いますよ」
俺が話しかけると黙ってしまった。自ら首を絞めたな。
渋い面をした池田惣左衛門、色々考えたようで目がグルグルと回っている。しかし、結論が出たようだ、吊り上がっていた眉が八の字に下がった。
「・・・『従属』いたします。酒田湊、三十六人衆は全て、羽茂本間佐渡守照詮様に従属いたします」
「ほっ? いいのか?」
「参りました。矢銭もできる限り出させていただきます。どうか蔵や町への狼藉はご勘弁を」
プルプルと震え、頭を下げた池田惣左衛門。まあ、そこまで言うのならば受けなくもない。
「大宝寺家が預けていた資産の全てを頂こう、三十六人衆は解散、湊の管理は自治ではなく我が羽茂本間家が行う・・・よいな?」
「・・・ははっ・・・」
それを聞いた鷲鼻の豪商は、がっくりとうなだれた。
話はまとまった。
解散した三十六人衆はそれぞれ一つの商家として商いをすることとなり、湊の利用料、棟別銭などは俺に払うことになった。羽茂本間は、湊の防衛と管理運営を担う。金と労力はかかるが、それを補って余りある銭が俺の元に集まってくることになる。
商人達にも甘い汁は必要だ。佐渡の港の使用許可を出そう。清酒や石鹸、ビールや砂糖、塩に海産物などを扱わせてやろう、酒田~佐渡~直江津の三角航路を駆使すればかなりの稼ぎになるはずだ、安全に交易できるのも有り難かろう。
こちらとしても、流通が活発化することで地域間の交流が為され、人材や文化の流入により、さらなる産物の開発や技術発展を見込むことができる。相乗効果は大きい。
また一歩、野望へと近づくことができた。
今後の差配をした後に、酒田湊に着いた船に乗って俺は佐渡への帰路についた。
気付けばもう真夜中だ。やけに揺れる日本海。見上げれば、空には満天の星。天の川。
俺は天才俳人の有名な句を思い出したが、あれは越後の地から見た句だし、天の川は夏の季語じゃないかと一人で突っ込みを入れていた。
出羽南部はカタが付いた。しばらくはゆっくり出来るだろう、疲れた身体を休めよう。揺れる船室の中、俺は束の間の微睡みに落ちていった。
6/24追記
「博多湊は度々焼かれていた」との情報をいただき、ざっと調べさせて頂きました。九州の情報には疎いので勉強になりました。
1559年4月12日(永禄2年2月25日)
筑前国衆の筑紫惟門が、兵2,000で博多の街を焼き払って破壊
1569(永禄12)年
毛利、大友両軍が博多で戦い、博多焼失
1578年12月20日(天正6年11月12日)
耳川の戦いで大友氏が島津氏に大敗したことが筑前国に伝わり、博多で筑紫広門と秋月種実の軍勢が掠奪
1580(天正8)年
竜造寺氏、博多焼き討ち
1586(天正14)年
島津氏、博多焼き討ち
などなど。
やばいですね(*´Д`*)
一時期は20戸くらいまで減ったらしいのですが、数か月後には3000戸くらいまで復活するなどしたらしく、当時の住人の強さを感じます。
一方、酒田湊は洪水や火事などに見舞われたことはあったものの、大きな戦火に巻き込まれたことはあまりなかったようです。だからこそ商人達が大きな力を持ったのかもしれません。
物語では潰された酒田本間氏ですが、日本一の大地主と呼ばれたこともありますし、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と俗謡に謡われるほどの豪商として有名な家です。
地域に根を張った事業家として、素晴らしい功績もたくさんある家です。




