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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
「佐渡守」

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第八十九話 ~炎上~

<天文七年(1538年)三月 出羽国(でわのくに) 田川(たがわ)郡 尾浦(おうら)城>


義増(よします)様! 羽茂本間氏が寄せてきております!」

「来たか!」


水沢平の戦いにおいて我等大宝寺軍を敗走せしめた羽茂本間め! 間髪入れずに我等が尾浦城を攻め落とそうと来るとは! 田舎者の癖に何たる増長か!!


砂越(さごし)清水(しみず)寒河江(さがえ)の紋も見えます!」

「おのれ! 出羽国の国人衆でありながら大宝寺に歯向かう者めらが! 羽茂本間共々血祭にあげてやるわ!」

痴れ者共め! 


「尾浦城は砂越軍も二の足を踏む堅固な城じゃ! ここで相手方の力をじっくりと削ぐぞ! 東の伊達(だて)家や北の安東(あんどう)家、酒田湊(さかたみなと)には援軍依頼を出しておる! ここが正念場じゃ! 皆の者、奮起せよ!!」

「応ッ!!」

来るなら来てみろ。大宝寺の意地を見せてくれん!!


当主の晴時(はるとき)様は茫然自失(ぼうぜんじしつ)で軍の指揮を執れる状態ではない。ここは血縁の儂が軍を束ねる他にない。羽茂本間は訳の分からぬ筒のようなものを使っておるが、この城を落とすのは容易ではあるまい。粘りに粘っておれば援軍が来る。そうなれば儂がそのまま大宝寺の次期当主じゃ!


・・・伊達家の介入を許せば稙宗(たねむね)殿の手が入る。あの方のやり方は強引じゃ。良くて領地を切り取られ、悪ければ最上家のような属国の憂き目に遭うであろう。だが今は眼前の敵を倒すことが肝要じゃ。致し方ない。


援軍がいつ来るかだ。我らには酒田湊の利がある。城にもあれば湊に預けておる物もある。酒田湊を差配する三十六人衆は我らの味方。羽茂本間ごときに易々と降りは致すまい。


「敵軍の先陣が迫っております!」

「方角は!?」

()(南南西)の方角に御座います!」


南出丸が出張る、一番守りの手厚い場所じゃ。羽茂本間照詮、野戦は得意でも城攻めは苦手と見たッ!


「南出丸に兵を集めよ! 石も矢も十分な数がある! 愚かな敵軍をすり潰せッ!」

「ハッ!」


ガチャガチャと鎧を鳴らしながら南出丸に向かう兵達。兵は三百ほどまで減ってはいるが、この城なら倍、いや、三倍から四倍でも耐えることはできよう。

さぁこい! 佐渡の小僧めっ!



ドン!! ドドン!!



突如、地響きのような破裂音が響き渡った。

次の瞬間!!


ズガアアアアアアアアン!!


南出丸の壁や屋根が音を立てて崩れたっ!? またあの妖の術かっ?

大きな衝撃だ、屋根が崩れた所もいくつかある、直撃すればただでは済むまい。小癪な!


だが、

「崩れている所から退けっ! 太い柱や厚い屋根の所へ避難せよっ!」

壁や屋根を全て吹き飛ばすほどの威力はないようじゃ。せいぜい弓矢の数倍の威力。ならば手だてはある・・・

などと考えていた所を中断させるように、見張りの兵からの伝令が飛んできた!


「義増様ッ!」

「何じゃ!?」

「火矢です!」

「何っ!?」

聞いて見れば、遠くから矢の先端に火をつけた手勢が南出丸へ近づいてきている! その数、数十人!


「火矢をつがえた兵が近づいてきております!」

「火矢? 火攻めなど小賢しいっ! 弓隊! 近づけさせるな!!」

「しかし、出丸の兵は雷を恐れて下がっております!」

「ぐぬっ!」


小癪な真似を!!

しかし季節は秋に非ず、葉にも枝にも水の入った春。風は強いが数十本ほどの矢では新緑の季節の樹木はそう易々は燃えはせぬ。どうということはない、苦し紛れか? ここまでの者か、羽茂本間照詮。


ピュンピュンと放たれる火矢。ポスッ、ポスッっと出丸の土手に当たる。だが、それまでだった。


義増は余裕を見せるために笑った。

「ははっ! あんな火矢で燃える木などないわ! しばらく構えておれ・・・」


だが、義増の想像を遥かに越えた想定外のことが起きたっ!


ゴォッ!!


火矢の刺さった一部の木から、猛烈なドス黒い炎が巻き起こったのだ!

水を含んだ筈の草木からの、自然の事象ならぬ明らかに怪しげな燃え広がり! またしても妖の術かっ!?


「消せっ! 上から水桶の水を流せ!! 火が燃え広がらぬうちに消すのじゃ!」

「しかし! 雷が!!」

「ええい! 多少の被害は構わぬ! 消火第一じゃ!」

「ハッ!!」


瓦礫を押しのけ、崩れかけた出丸から兵がわらわらと出て燃え広がる炎に水をかけた。

バシャッ

しかし! 少量の水では消えるどころか油を注いだように燃え広がった!! 何だ! この火は!? 所々に燃料があるかのようにボン! ボン! と音を立てて爆発し、火は更に勢いを増して燃え広がっていく!! 


「駄目ですっ! 消えませぬ!」

「ええい! もっと水をかけろ!」


しかし水をかけどもかけども燃え広がる。東風に煽られてますます勢い付き、めらめらと南出丸はおろか西の二の丸にまで燃え広がっていく! 新緑の萌黄(もえぎ)色が、劫火(ごうか)の煤黒色に次々と変わっていく!


「だめだああ!!!」

「燃える! 燃えてしまう!!」

「消せ! 火を消すんだ!!!」


だが、火は増々燃え広がっていく! 南出丸は完全に火に包まれて炎上した。さらに二の丸はおろか本郭までにも火の粉が飛び散った! 消せないっ!!


「義増様! このままでは皆焼け死にます! いかがいたしましょう!? 義増様!!」

「・・・討って出る・・・」

「はっ!??」


義増はそれ以上返事をしなかった。代わりに死出の旅への勢い付けの為か一気に酒を(あお)った!


「このままでは焼け死ぬ! 炎に巻かれて死ぬか、武士として刃で死ぬかじゃ! 者共、覚悟せよ!」


悲痛な全軍突撃の下知が尾浦城に響き渡った・・・





____________




油火災に水は厳禁だ。

高温の油に水が入ると水が急激に膨張して油をはじき飛ばす。水蒸気爆発に近い状態となる。さらに油が飛び散り炎が巨大化する。ましてや「臭水(くそうず)」と呼ばれる原油だ、一度燃え広がれば消すことは容易ではない。


昨夜、白狼達が甕に入れた硝石・硫黄・松脂(まつやに)を入れてさらに燃えやすく加工した原油を木にべったりと塗り込み、目印となる白布をかけていた。遠目からでは分かり辛いが、「ある」と知っていれば見つけることはできる。一本でも当たればそこから燃え広がり大惨事だ。


現代であれば油火災にはそれ用の消火器か空気を遮断するために濡らした布団を被せて鎮火させるなどは常識だが、この時代では一般的な知識ではないはずだ。


そして強い風。

庄内平野は太平洋側からの風が山を越えて日本海側へ流れ込む「フェーン現象」が有名だ。峡谷からの温かくて乾いた風が東から西へ強く吹いている。燃え広がるための大量の酸素はこれでクリアされた。「山城+原油+強風」で火攻めの要因が成立。あとは実行に移すだけだった。


「西門から討って出てきましたぞ!」

火矢隊を指揮していた弓隊隊長の捧正義が報告してきた。


「作戦通り、ですな」

「お見事です。佐渡守様」

宇佐美定満、山本勘助が賞賛してくれた。


「炎に巻かれて炙りだされた手負いの獣。・・・いかがかな?」

「・・・感服仕りました」

「あとは我等が」

「お任せあれ」

砂越氏維(さごしうじふさ)清水義高(しみずよしたか)寒河江広種(さがえひろしげ)が声を揃えて言った。


「手負いの獣、お気をつけあれ。ああ、竹俣殿、是非参軍されよ」

俺は()()()にこやかに頼んだ。


「!? ハッ! ハハッ!! 是非に! 是非に!!」

大慌てで返事をした竹俣昌綱(たけのまたまさつな)。大汗を掻いて自分の手勢の所へと走っていった。

借りを少しずつ返してもらわねばな。俺を暗殺しようとした分、否応にも働いてもらうぞ。


死兵となった軍は怖い。大体のお膳立てはこっちでやったのだ、散歩じゃないんだ、ある程度は役に立ってもらわねば困る。大宝寺氏の最期だ、盛大に行こう。


「これより大宝寺軍の掃討にかかる! 敵は少数なれど決死の覚悟で迫りきておる! 油断するなっ! じゃが、武勲の立て放題じゃ! 皆の者、かかれええぇぇいい!!!」

「応っ!!」




________________




炎上する尾浦城を背景に、壮絶な白兵戦となった。

だが、多勢に無勢。押し包まれるように囲まれ、大宝寺軍は一人、また一人と命を落としていった。


早朝から始まった合戦だったが、夕暮れを待たずに決着は付いた。


「敵将! 大宝寺義増! 討ち取ったり!!」

大きな歓声が上がった。


当主、大宝寺晴時は一族諸共炎に巻かれて死亡。当主代行の大宝寺義増は数名の命を奪ったものの砂越氏の手の者に討たれた。


出羽国で数百年の歴史を刻んだ大宝寺氏は、()くしてこの世界の歴史から姿を消したのだった・・・

庄内平野を流れる強い風。

最上川を通って最上峡谷から一気に庄内平野へと抜け出る風は「清川だし」と呼ばれ、愛媛県東部の「やまじ風」、岡山県北東部の津山盆地の「広戸風」と並んで、日本三大局地風の一つになっているそうです。強い風を生かして風力発電もされているとか。


大宝寺氏、炎上。

酒田湊の制圧まで進みます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] え、えげつない··· ぬ、濡らした布団ってw綿ぶとんすら無いんじゃどうしようも··· [気になる点] また、哀れな被害者(伊達家?)が増えていく··· [一言] 湊の連中は、買収されるの…
[良い点] まさかの「臭水」作戦。 目からうろこです。  お見事でした!
[一言] 遂に大宝寺氏を滅ぼしたか・・・。 さて次は・・・。
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