第八十七話 ~蹂躙~
<天文七年(1538年)三月 出羽国 田川郡 水沢平>
「行けえぇぇ!」
加地春綱は手練れの精鋭らと共に揚北衆槍隊の最前線に立っていた。相手は大砲と鉄砲の音と威力に戸惑っている。そこを猛烈な勢いで突っ込んだ!
混乱している相手軍。こちらの突撃に全く対応できていない! 敵の一人に狙いを付ける。目と目が合う。今日がお主の命日だっ!
「うおりゃあああぁっ!」
ズボッ!!
棒立ちに近い大宝寺軍の兵の胸を貫いた! 鈍い感触と共に血が飛び散る!
「うらあぁぁ!」
槍を引き抜き、さらに上から叩く! 敵がベシャっと潰れた。
倒したと思った次の瞬間その横の兵が槍を突き出してきた! 咄嗟に身を捩って逃れる。
「そりゃあぁ!」
ドスッ
槍を付いてきた兵の脳天を突き刺す! グシャっと頭蓋を貫通する感触が手に伝わる。
これよ! 俺の求めていた戦場は!
「ヒィィ!」
「だ、駄目じゃあ!」
大宝寺の雑兵が悲鳴をあげる。訳の分からぬ飛び道具を浴びた後の我武者羅な突撃。司令官は「落ち着け」「慌てるな」しか言わぬ。とても勝てぬ!
「逃げろぉ!」
二三合交えて勝てぬと見るや大宝寺軍の前衛は大崩れした。途中までは武器を持って逃げていたが、一人二人と後続が凶刃に倒れるのを感じると槍を投げ弓を投げ出し一目散に逃げだした。武具は惜しいが命には代えられぬ!
「退くなっ! まだ策はあるっ!! 我に背くなっ!」
必死に叫ぶ若木松助。しかし兵達は見ていた。何とかしようと下知を仰いだ副将を斬り捨てた若木を。とてもこの将にはついていけぬ! 一瞥もくれずに本陣方面へと全力で駆けだしていた。
だが、本陣には戻らない。本陣に戻れば矢面に立たされ命を落とす! オラには田畑や家族が待っている! 幸い羽茂本間は歯向かわねば乱取りもせずにそのまま土地を任せてくれると聞く。土地に戻り息を潜めておれば酷い目には遭わぬはずじゃ!
「村へ逃げろおお!」
「ここはもう駄目じゃぁ!」
こだまするような恐怖の声。声は伝播し一種の恐慌を引き起こした。先陣は瓦解。本陣はようやく混乱から落ち着きつつあるも必死の形相で逃げ帰ってくる兵達を見て臆病風に吹かれた。
「雑兵ども! 戦えっ! 儂の前の敵を薙ぎ払え!」
声はすれども応えはしない。そんな様子の若木松助を加地春綱が目ざとく見つけた。月型兜に豪奢な胴鎧。大将首だ!
「加地軍大将加地春綱! そこの月型兜の者を大将首と見た! 尋常に立ち会えぃ!」
げぇ!? 加地春綱!? 豪槍無双と言われる者ではないか?
だが儂ならやれる! この者を斃せば一気に形勢逆転じゃ!
「だ、大宝寺が家臣! 若木松助! お主の首をもらい受けるぞ!」
「いざっ!」
「応っ!!」
立ち会う二名の武将!
駆け寄り一閃する互いの刃!
グサッ!! グサグサッ!!
・・・驚くほどに勝負はあっという間についた。
「う、うそだ・・・」
ドサッ
春綱の槍三連突きを受けた松助は一合も交せずに骸と化した。
「敵将若木松助! 加地春綱が討ち取ったッッ!!」
「おおおおおおおおっっ!!」
勢い付く加地春綱と揚北衆の軍勢! 完全なる勝勢だ! 勝利は既に見えたっ!
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<天文七年(1538年)三月 出羽国 田川郡 水沢平 大宝寺軍本陣>
大宝寺に味方した羽黒山別当職の土佐林禅棟は崩壊寸前の味方軍の様子を見て愕然としていた。
「と、殿!?」
盟主大宝寺晴時はと言うと握り拳大の鉛玉が頬を掠めて呆然自失状態だ。くっ、これでは全滅じゃ!
「逃げるぞ! それぞれ城に逃げこむ! 城にて敵軍を迎え撃つのじゃ! 殿を尾浦城へ運べっ!」
「待て! それは殿の意志ではなかろう!? 勝手に決めるな!」
大宝寺一族の若者大宝寺義増が横から口を出した!
「この状態ですぞ!? 義増様はまだ戦えるとお思いですか!?」
「ぬっう?! だが大将は晴時様じゃぞ! 勝手なことを抜かすな!」
そんなやり取りをしているうちに羽茂本間軍が若木松助率いる先陣を完全に突破した! 本陣の先頭が「退けっ!」の合図を待ちながらも相手を待ち構えるしかなくなった。完全に及び腰だ。
「無駄にござるっ! これ以上の戦いは全滅致しまするっ! 退きますぞ! 殿! よろしいですな?!」
「あ・・・わ・・・」
盟主大宝寺晴時はもう我を忘れていた。出羽国田川郡を束ねていた軍があれよあれよと破られていく! 正常な思考がもうできなくなっていた。
もう決断の時じゃ!
「殿の下知を頂いた! 皆の者! 退け! 退くのじゃ! 陣貝を鳴らせ!」
「ハッ!」
「ま、待て!」
尚も食い下がる義増。だが無視した。
ブオーッ! ブオーッッ!
撤退の法螺貝が鳴った。待っていたように本陣が一気に引き出した。目指すは大宝寺本城の尾浦城だっ!
「殿は引き受けまするっ! 義増様は殿を引き連れてお逃げください!」
「お・・・おうっ」
命が助かると思い指示に従う義増。晴時殿の後に操り人形として扱いやすいと思うたが大宝寺はもう無理じゃろう。この後に及んではせめて名を後世に残すのみ!
「土佐林の勇猛さを佐渡の小僧に見せつける! 皆の者、殿が逃げるまでの時間を稼ぐぞっ!」
「ははっ!」
死を覚悟した土佐林禅棟。眼前には黒で統一された恐ろしく長い槍を持った軍団が迫ってきていた・・・




