第八十二話 ~一騎討ち~
<天文七年(1538年)1月 越後国 蒲原郡 新潟城 評定の間>
沈黙を貫いていた若武者加地春綱が、ここで初めて声をあげた。
「加地城城主、加地春綱でござる。某は、幼き頃より武を修めて参りました。某が義を曲げて主替えするとすれば、某よりも武が優れている者と決めております!」
「春綱殿・・・ お初ですな。春綱殿は、既に為景殿の御子を娶っておられると聞く。俺にとっては義理の兄となられる御方。どうか俺の言葉を信じてもらえぬか?」
「言葉とは消えゆくもの。某が信じるものは、積み重ねた『武』のみでござる。どうかお手合わせを願います!」
「・・・俺と、か?」
「はっ!」
流石に無茶だ。膂力十人前と言われる春綱に一騎打ちで勝てる者などいない。ましてや、本間照詮は子ども・・・
・・・いや!? もしや、剣の腕も達人級というのか!?
「はは。義兄者は無茶を言う。この場におる者の中で、剣の腕最弱は間違いなく俺じゃ。相手にならぬわ」
なんだ。流石にそれはないか。
春綱はちらりと俺の後ろに控えている人物に目をやった。ぁあ、そういうことか。
「だが、代理の者でよければ出そう。弥太郎!」
「・・・い゛い゛のが?」
「大丈夫だ」
本間照詮の傍らに座っていた、小柄でみてくれの悪い男が呼ばれた。肩の周りの肉が盛り上がり、身のこなしも軽やか。いかにも俊敏そうだ。あれが噂の本間照詮の武の番人、小島弥太郎か。
「互いに武器は自由とする。『参った』と言うか、気を失うか、命を落とした時点で、勝負あったとする。よろしいか?」
「・・・命の是非を問わぬ、と言うか?」
「義兄者は、それを望んでおろう?」
「ふふ・・・いかにも!」
そう言うなり、加地春綱は直垂を脱いだ。その下は・・・白装束!? 死化粧か!?
「ここで命を落とすなら、それまでの命! 我が家と室、揚北衆の領土の保障はお願いいたす!」
「・・・承知した。弥太郎を殺しても構わぬぞ? できるのであればな」
「フッ・・・ 笑止!」
言うが早いか、春綱は評定の間を飛び出し、砂地の広場へ踊り出た!
近習から愛用の槍を受け取る。柄は鋼のように重くて堅い二間の樫、先は十字から三叉に分かれた鎌槍だ。
「弥太郎、頼むぞ」
「まがぜろ」
「・・・負けてもいい。死ぬな」
弥太郎は腰に差した脇差を強く握った。珍しく緊張の色が見える。加地春綱、相当な実力者のようだ。俺は、弥太郎を送り出しながら、ある人物に目くばせをした。了解といった合図が返ってきた。
日本海の砂浜から運ばれた白砂が撒かれた広場。この白砂が赤く染まるのは、どちらの血か・・・
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<天文七年(1538年)1月 越後国 蒲原郡 新潟城 広場>
整った顔立ち、六尺に届きそうな上背、恵まれた体躯の持ち主の加地春綱が剛槍を振り回す。一方、あばた顔にざんばら髪、四尺の短躯の小島弥太郎。手には逆手に構えた脇差。はたから見れば、どちらが勝つかは歴然だ。
春綱は、受け取った紅白の紐をたすき掛けに結わい、頭には白地の鉢巻きを巻いた。一方の弥太郎は着ていた動きやすそうな軽い着物のみ。両者とも裸足になった。
「頼むぞ、弥太郎・・・」
俺は心の中で、祈った。
弥太郎が負ける姿は想像できない。だが、ほんの少しの違いで槍で串刺しにされるやもしれん。賽の目が悪い方に転がらないことを祈るばかりだ。
「始めッ!」
俺は決闘の号令をかけた。
するとすぐに、春綱は間合いを詰めた。
槍と脇差。間合いの差は大きい。相手の刃が届かぬ位置から、安全に確実に攻めることができる。
弥太郎は、のそりと一歩前に出た。距離は三間ほど。完全に槍の間合いだ。
シュッ!
春綱の小さく速い動きで槍がグンと伸びた。穂先のみが弥太郎の胴に届くか届かないか。だが届けば確実に絶命する!
ガキッ!
弥太郎は無言で、その鋭い十字槍の先又を受けた。片手ではなく、両手だ。弥太郎の怪力を以てしても、片手では受け止められぬか。
次の瞬間!
シュッ! シュッ! シュシュッ!!
矢継ぎ早に、春綱の嵐のような槍の突きが弥太郎を襲った! 必殺の突きもあれば、意を外すような動きも入っている。だが、弥太郎は冷静だ。時に受け止め、時にいなし、時に躱して防いだ。
ガキン!
両者の得物が激しくぶつかる。
そして互いにどうっと大きく一歩下がり、間合いを取った。
「やはり、槍と小刀では相手にならぬか」
「いや、懐に飛び込めれば、一気に?」
「だが、春綱がそれを許すか?」
「・・・」
揚北衆の武将達と俺は、固唾を飲んで一騎打ちの様子を見守った。
ここまでは、完全に春綱のペースだ。槍のリーチを生かして突くだけ突きこむ。弥太郎に一合たりとも攻め込ませてはいない。
「弥太郎・・・」
俺は両の拳を強く握った。
広場の二人は、再び互いににじり寄った。
間合いを測る。数cm、いや、数mmの違いが命取りだ。外せば互いに命は無い。
「シッ!」
春綱は右足を大きく振り上げた。白砂が大量に巻き上がる! 目潰しだ!
卑怯? いや、正しい。
極限と言える命のやり取りの中、あるものを最大限に生かす。それが戦いだ。
弥太郎は砂の舞った正面を避け右に跳んだ。そして間髪入れずに回り込み、一気に間合を詰める!
「ハッ!!」
春綱の槍が大きく旋回した! 胴薙ぎの大回転だ!
穂先でなくとも、ぶつかれば金棒で殴られたほどの痛みが襲う!
弥太郎はそれを防・・・がない。また大きく一歩下がった。飛ぶ、しゃがむは危険と判断したのだろう。
見ているこちらも目が離せない。どうする弥太郎? 勝機はあるのか・・・?
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……本間照詮。我を忘れておるな。
皆、二人の一騎打ちに釘付けじゃ。
小僧との距離は、目と鼻の先。ここで小僧の命を取れば、我ら揚北衆は安泰となろう。小僧は死に、後継者のいない羽茂本間は瓦解する。
袂に忍ばせておいた、護身用の隠し刀。これを使えば・・・
後世では卑怯者の誹りを受けるやもしれん。だが、揚北衆の民のためじゃ。
本間照詮・・・悪いが、ここで死んでもらうぞ!
武に自信のある者であれば力試しを挑むと想定して、一騎打ちの場面です。




