第八十一話 ~「過去」か「未来」か~
<天文七年(1538年)1月 越後国 蒲原郡 新潟城 評定の間>
(この童が、本間照詮……)
揚北衆の中心、色部勝長は心の中で唸った。
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昨年春の三分一原の戦では、この童が率いた軍により我ら上条・揚北連合軍は大敗退した。見た目は煌びやかな着物を着たごく普通の子どもだ。八つと聞いた。左の額に星形の傷があり、目つきは鋭い。笑ってはいるが、奥底が見えぬ。
「平林城城主、色部勝長で御座る。『軍神』と呼ばれる佐渡守様にお目見えできて光栄に御座る」
「おお、其方が勝長殿か。揚北衆の取りまとめをしておると聞いておる。よろしく頼むぞ」
「ははっ」
儂の事は、知っておったか。調べてあるようだな。
「改築された新潟城はどうだ?」
「……」
見るべきではなかった。
この童、見せつけるつもりで我らをこの城に呼んだのだろう。簡素な作りだったはずの新潟城が、二か月見ないうちにとんでもなく堅固な城と変わっていた。
虎口(出入口)の前には馬出し(城門を掩護するために、その前に設ける土塁や石塁)が作られ、その先には半月型の水堀りが作られている。これでは正面から門には近づけん。回り込んで入ろうとしても、無防備な半身を城に向けねばならん。そこを弓で撃たれれば蜂の巣じゃ。
虎口をくぐっても枡形の部屋がいくつもあり、その都度足止めをされる。狙い撃ちする穴がいくつもあり、ここでも命を落とすであろう。堀切、竪堀もしっかりしておる。侵入する経路は限られるであろう。
極めつけは、噂に聞いた「大砲」や「鉄砲」という武器の数じゃ。三間(約5.4m)ほどの鉄の筒が、見えただけで五本。兵一人が持てる小さい筒は百はあろうか? 数知れずじゃ。『雷』の正体と聞いておるが、これほどまでの数があっては、二千~三千ほどの兵で攻めたとしても無駄じゃろう。侵入経路を限定され、あの妖のような『雷』で撃たれては命がいくつあっても足らぬ。『雷』の怖さは、味わった我らが尤も知っておる。穴だらけになって死に絶えた者、命が助かっても二度と歩けなくなった者など多数……
「儂らに、見せつけるつもりで、お呼びされましたか?」
「そう思うか?」
「……どうでござろう」
明言はしなかった。「示威的なつもりはない」「友好を深めるため」という建前のためか? ……こんなに冷や汗を掻く新年挨拶は初めてじゃ。
「まあ、これまで敵味方だった我らだ。『緊張するな』というのもおかしな話よな。本題に入るか」
そういうと、本間照詮は笑顔を捨て、真顔になった。
「揚北衆の皆に聞きたい。『過去』と『未来』、どちらが大切だと思う?」
「……両方、大切でござる。」
娘婿の黒川清実が答えた。その通りだ。
「佐渡守殿は、我ら揚北衆の三百年の歴史をご存知かと存じます。昨日今日出てきたような長尾家には屈することはでき申さん。我らの先祖を否定することはでき申さん」
竹俣昌綱が答えた。
本間照詮は、「これまでのことは『過去』として、長尾家に仕えて『未来』を取れ」と言いたいのだろう。だが、それだけはできん。儂らとて意地がある。
「俺は、『どちらが』、と聞いた」
ゾっとするような声だった。とても八つの子ではない。
だが、その後は意外なほどに寂し気な声を出した。
「三分一原の戦は、悲しい戦だった。俺は長尾家側につき、五十公野殿、鮎川殿、垂水殿、小川殿の首を獲った。戦は非情。立場が違えば、転がっていた首は俺の方だったかもしれん」
「いや、戦は互いの命のやり取りをするもの。悔やむ必要はござらぬ。むしろ、情けをかけられることこそ恥でござる」
「左様でござる」
「戦場で敵味方となれば、親子どもでも容赦はせぬ。それが世の習いにござる」
本間照詮は、我らを取り込もうとしておる。それは間違いない。だからこそ四氏の首を獲ったことを詫びたのだ。それは仕方のないこと。我らが甘かっただけのことだ。
「お主らが長尾家を嫌う理由は分かる。これまで越後を治めていた上杉家を蔑ろにし、度々お主らを脅かした。急に『下につけ』と言われても、いいように使われて取り潰される可能性もある」
「左様」
「為景は、信用ならぬ。主を二度も弑逆した者の下にはつけぬ」
小僧の目が光った。
「……ならば、『俺の下』ならどうだ?」
「なっ!!?」
「さっ、佐渡守殿は、長尾家と縁を切るおつもりかっ!?」
とんでもないことを言う! 羽茂本間は、長尾家の尖兵ではなかったのか?
この小僧は、長尾家に服従してはいないのか?
「為景殿に言われたことは、『この地をお譲りする』ということのみ。『揚北衆を殲滅せよ』『長尾家に服従させよ』とは言われておらぬ。よって、お主らを我が傘下に入れようとも俺の勝手である」
「そ、そんな詭弁! 為景は承知せぬぞ!?」
「いや、通る。為景殿は、そなた等が上杉・上条と手を組み、攻めてこなければよいとお考えだ。娘婿の俺が蒲原郡と岩船郡を持とうが、お主らが中立を保とうが我が羽茂本間家に付こうが、構わぬはずじゃ」
「……なるほど」
「おお、婚姻の話は誠であったか」
本間照詮の話は、我らにとって都合がいい。我らは、長尾家には臣従できぬ。だが、羽茂本間につけば、長尾家から攻められることはない。そして、羽茂本間は長尾家の家臣ではない。
「だが、我らは歴史ある揚北衆。急に主を変えることなど、上杉様やご先祖様に顔向けができぬ」
「……その上杉殿は、お主らに何をしてくれた?」
また童に痛い所を突かれた。上杉様は越後守護職。我らの主と言える存在じゃ。だが、所領を増やしてもらったり、褒美をもらったりしたことは、我らが領主となってからは一度もない。
「しかし!」
「いい加減『過去』に囚われるのは止めぬか? 俺ならお主らに褒美も出せる。領地の民を富ますこともできる。戦に共に出て、所領を増やし、家の名を高めさせることもできる。『今』を見よ。『未来』を見よ」
「……」
この話を断れば、羽茂本間軍は揚北衆を皆殺しにするじゃろう。我らとてむざむざと殺されはせぬ。だが、未知の武器をいくつも持つ羽茂本間には、逆立ちしても勝つことは難しかろう。民も田も連戦に次ぐ連戦で疲弊しておる。戦う力は弱い。
「……我らの処遇は?」
「何も? 所領はそのままに。必要であれば佐渡で作っている『石鹸』や『清酒』の作り方をお教えしよう。さらに『じゃがいも』という新たな野菜を分け与えよう。非常に作りやすく、腹持ちのいい食べ物じゃ」
「おお、『石鹸』に『清酒』……!?」
「所領は認めてもらえるのか。それは有難い」
黒川、新発田は心が傾いたようだ。疲弊した民は、我らの懐にも直結しておる。魅力的な提案にぐぐっとくるのも無理もない。
「ああ、ただ譲ってもらいたいものがある」
「……何でござろう?」
「新潟三津は羽茂本間が管理させてもらう。揚北衆が使う分には津料(港湾や船着場を利用する人や物資に課した通行税)を半額まで減免しよう。それと、新発田家が所有する『粟島』、そして胎内や新津の『臭水』(原油)が出るという所、新発田や村上の『亜炭』『石炭』が露天掘りできるという所じゃ」
沼垂津が思うように使えなくなるのは痛い。だが、湊の改修や維持管理をしてもらえるのだから、津料を減免してもらえば有難い話だ。粟島は、確かに我が新発田家の所有する島じゃ。だが、小さな漁村一つで事が丸く収まるのであれば安いものじゃ。『臭水』は使い道が分からん。どうとでもなる。『あたん』『せきたん』……? なんじゃろう。だが、問題はあるまい。
「手伝い戦などは、いかが致そう? 長尾家に攻め入ることは?」
これだけは聞かねばならぬ。話がうますぎる。言質を取っておかねば。
「長尾家に攻め入ることは、為景殿がいる限りはない。それだけはハッキリしておる。手伝い戦に関しては、できれば参加してほしい。揚北衆の勇猛さは有名じゃからな。我らは『出羽国』に攻め入るつもりじゃ。攻め勝てば、所領や恩賞もたっぷりと渡すことができる。もちろん、参加しないのも構わぬ」
「……厚遇すぎますが、『今だけの話』、ではありませぬか?」
「書状も用意しておる。あとはお主らが署名するだけじゃ。問題はないぞ?」
そう言うと、本間照詮は奥から人数分の書状を持ってきた。「所領安堵」「津料減免」「手伝い戦は参加の是非を問わず」「『石鹸』『清酒』の作り方伝授」と記されておる。ん? 「期限は天文十二年までとする」?
「一応、期限を区切らせていただいた。五年間じゃ。もちろん、更新してもらうつもりじゃ。だが何が起きるか分からん。そのための期限じゃ」
「念入りなことですな」
何から何まで準備済みか。我らの懐事情や戦力状況も知っておるようじゃな。
どうやら署名するしかなさそうじゃ。
「分かり申した。我ら揚北衆……」
「お待ちください!」
頭を垂れようとしたその時に、遮った者がいた。
これまで沈黙を貫いてきた加地春綱だ!
「佐渡守殿の軍門に下る前に、どうしても力試しをさせていただきとう御座います!」
揚北衆を取り込むまで、もう少しです。
引退して大学に通っている元女流棋士の竹俣紅さんは、揚北衆の竹俣氏の末裔なんだそうです。




