第七十九話 ~甘い毒~
謀略パートです。
<天文六年(1537年)12月 能登国 能登郡 七尾城 評定の間>
(どうしたものか)
能登国守護職従四位下畠山修理大夫義総は、悩んでいた。
国内の一向一揆を平定。商人や「輪島漆器」などの手工業者に手厚い保護を与え発展させ、大永5年(1525年)には標高300mの七尾山の尾根に天下五大山城として名高い七尾城を築城。公家や連歌師などの文化人を積極的に保護し、七尾城下町は年を追うごとに華やかさを増していた。能登の海の恵みと輪島湊の利益を元に将軍家や朝廷にも度々寄進を行い、さらに名門六角氏の盟主定頼の嫡男義賢に娘を正室として送り出し、外交面でも辣腕ぶりを発揮していた。年は四十六。まさに能登国の繁栄を象徴するかのような名君だった。
悩みはある。大きく三点。
一つ目には、早世した長男義繁の後を継いだ次男義続が、今一つぱっとしないこと。
二つ目には、正室の子であった義総に追い出された、庶子長男の畠山九郎と四男の畠山駿河が、義総を目の敵にして加賀から能登国を狙っていること。
三つ目は、家臣達が野心家であること。
だが、悩んでいたのはそれらとは別だった。
「いかがでしょう? 我ら『空海屋』に輪島湊、正院湊(珠洲港)の利用を、お許し願えないでしょうか?」
腰の曲がった、非常に低姿勢な商家の主が七尾城にやってきていた。黒兵衛とか言ったか。
悪くない話だった。今年できたばかりの商家だが評判がよく、越後、越中、出羽、佐渡などで商いを広げている。各地の産物が我が能登国の港に集まれば、それだけ国が潤う。だが、不審な点がある。
「空海屋の黒兵衛、と申したか。その方ら、佐渡の羽茂本間家と近いらしいの?」
瞬く間に佐渡を平定した羽茂本間照詮。先日は朝廷への寄進により、従五位下と佐渡守を叙位されたと聞く。そこと繋がっている者を懐に入れるのは危険かもしれん。
問われた黒兵衛は一切表情を変えず、両手を揉みながら答えた。
「はい、もちろんで御座いまする。佐渡の清酒や干魚、石鹸などを仕入れるため、羽茂本間様とは懇意にさせていただいておりまする。越後の長尾様とも、出羽の安東様とも。仲良くならねば商いは滞りまする。ですから、能登国の畠山様とも懇意にさせていただきたい、と思いますれば」
筋は通っている。商いの幅を広げたい。それ故に挨拶に来る。
だが、何か臭う。この男の笑顔の裏に何か隠されているのではないか? 体よく断ろうか。
「しかし、生憎、湊は・・・」
断ろうとしたその時、
「空海屋と言ったな? まさかとは思うが、手ぶらで来たのではあるまいな?」
運悪く輪島湊のある鳳至郡を有する有力国人衆、温井総貞の声と被ってしまった。輪島湊に来る商家は、一つでも多い方がいいと歓迎気味だ。さらに総貞が言っているのは、明確な賄賂の催促だ。力の大きさは声の大きさに反映する。義総は断る機会を失ってしまった。
「おおう。申し訳ござりませぬ。勿論、ご用意させていただいておりまする。これこれ」
翁が手を叩くと、部屋外で待機していたであろう青衣の手代が、数名の下男を連れてやってきた。下男達は手に見事な朱塗りの壺を抱えている。
「御毒見も済んでおりまする。よろしければ・・・ぜひ」
ゆるりと笑う商家の主。果たして何であろう?
珠洲郡を束ねる遊佐宗円、加賀国との繋がりの深い三宅総広、穴水城城主長英連の前に壺が置かれた。
「開けてよいのか?」
「はは、是非に」
言われて開けてみると・・・中には白い粒がたくさん入っていた。
「塩・・・か?」
しかめ面にがっかりした顔の能登畠山家重臣達。塩であれば能登国でも作られている。壺一つではいくらにもなるまい。
「この程度では、湊を使う許しは出せぬのう」
欲深い温井総貞は落胆顔だ。輪島湊の利益を吸い上げ、国人衆としては余りある富と力を手にしている男だ。塩くらいではどうということはない。
「はは。私としたことが、説明不足で申し訳ありませぬ。塩では御座いませぬ。どうぞ、一舐めをお願いいたしまする」
「はて? 塩ではない。舐めろと申すか?」
「何で御座ろう?」
言われて各々が利き手の人差し指を舐め、その粉を付けた。そして、一舐め・・・
「!!?」
「あ、甘い!!」
「軽やかに溶けて、甘い!!」
顔を見合わせる! 何という甘さだ!
それを聞き、国主畠山義総も一舐めした。
「砂糖、か」
思わず呟いた。
「砂糖!? 砂糖はもっと黒いもののはずでは?」
「誠か?! 上物でなくとも、一斤(600g)で500文(約5万円)はする物と聞くぞ!?」
「うう・・・何という甘さだ! 堪らぬ!!」
子どものように砂糖を舐めだす能登国の有力家臣たち。それを見て嬉しそうに笑顔を見せる黒兵衛。戦国時代は甘味に飢えた時代だった。良くて水あめ(麦芽糖)、それ以外は干し柿など。数値で言えば砂糖1に対して麦芽糖は0.4程度。脳が溶けるほどに、とんでもなく甘く感じるのも無理はなかった。
「南蛮より砂糖が手に入りましてな。此度は皆さまにお近づきの印とさせていただきまする」
「なっ!? このようなものを無償だと!?」
「ま、まだあるのか? 買わせてくれ!」
黒兵衛に蟻のように群がる重臣達。
(待て。これを能登国に広めてはならぬ。)
と言おうとした義総。しかし、余りの家臣達の勢いに押されて、言う機会を逃してしまった。「はい、五斤。おお! 十斤も! ありがとう御座いまする」と、どんどん商談が決まってしまっている。
砂糖。確かに甘い。薬にもなると聞いている。値段は高いがそれくらいの価値はある。
貰った分を朝廷に献上すれば、またお褒めの御言葉をいただけるであろう。
だが、甘すぎる。
一度この甘さを覚えてしまっては、他では満足できぬ。たとえ水あめで誤魔化そうにも、「ああ、砂糖ならもっと甘かったろうに」と、心の奥底で求めてしまうであろう。稼いだ金を全て費やすやもしれぬ。
今はいい。能登は豊かな国だ。多少のことならびくりとも動かぬ。
だが、この砂糖。この値段で済むのか? 他所で売れば二倍、三倍で売れるであろう。輪島湊を使える利点は大きい。船を扱う商家ならば、中継地点としての価値は非常に高い。我が畠山家に取り入るのも無理はない。
「杞憂であればよいのだが、な」
名君畠山義総には、砂糖の痺れるような甘さが、苦々しく感じられた。
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<能登国 沖合>
「うまくいったろー」
「いや、危うかったわ」
船上の黒蜘蛛は、青蜘蛛の言葉を否定した。
砂糖を最初は安く、後からだんだんと値を吊り上げ、最終的には借金まみれにして根こそぎ能登国を落とす。その策略だった。子蜘蛛もばら撒いた。だが、簡単にはゆかぬかもしれぬ。
さすが名君と名高いだけはあるわ。しかし、家臣達には十二分に毒が回りそうじゃ。攻めるならそこじゃろう。
「白狼の兄ぃは出羽、我らは能登。ねちっこくいくろー」
「畠山義総に気づかれぬよう、予定よりもゆっくりゆっくりと毒を撒く必要があるわ」
砂糖に関して
『陰涼軒目録』による、明応元年(1492年)に「泉里より取り寄せ、一斤二五〇目云々、三斤代一貫五〇〇文、ただし上等品ではない」とする砂糖の価値を参考にしました。現代だと砂糖1kg200円~500円くらいですから、100~200倍近く高いという設定です。
サトウキビから取れる砂糖は、薩摩国の島津家が天皇に、また、天正八年(1580)六月に織田信長に鷹16羽と砂糖三千斤(1800kg)を贈った土佐の長宗我部元親(『信長公記』)などが記されています。1623年に琉球で砂糖が作られたというのが日本最初ということなので、南蛮交易で手に入れたものでしょうか。
サトウキビから取れる黒糖が主だった所、マデイラ諸島などで熱い糖液を使って白く精製された白砂糖はかなり高価な品と考えられます。




