第七十七話 ~粒粒辛苦~
内政パートです。
<天文6年(1537年)12月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 城主書斎>
俺は、新発田収蔵から受け取った農作物の報告書に目を通し、溜め息をついていた。
「中々に難しいな」
「はっ」
農業試験場を千手村に作って色々やってもらったが、どれも芳しい成果は得られなかった。
「塩水選。これは継続して試験してくれ。きっと効果はあるはずだ」
「殿がそうおっしゃるのであれば、続けましょう」
「頼む」
「塩水選」については、「効果あったかな?」くらいの評価となった。やはり、まだまだ決定的な効果があるとは言えていない。種籾を塩水に付けるときの塩分の濃さ、漬ける時間、その後の温度管理や洗い流しなど、徹底的な比較ができていない。「塩分10%の塩水に30分間付けて、浮いた軽い種籾を捨て、その後真水で10分間洗い流して使う」など具体的な数値が必要だろう。比較対象がしっかりしていないと、感覚的な評価になってしまう。統計的な検定方法で確認せねば。χ 検定 (かいじじょうけんてい)ってどうやるんだっけ? 忘れてしまったわ。
「椎茸は・・・ダメだな。無理しなくていい」
「承知いたしました」
椎茸の人工栽培も失敗に終わった。
水のやりすぎた原木はドロドロに溶け、日陰においておいた原木からは謎のキノコが生えた。日なたにおいた原木はカラカラに乾き、十分に湿らせていた原木からは苔が生えた。なんじゃこれ? 無理無理!
普通に山に生えているのを見つけてもらおう。もしかしたらいい方法が見つかるかもしれん。
「合鴨農法は前向きに進めてくれ」
「そして、稲が実ったら羽や肉とする。よろしいでしょうか?」
「そうだ。それと、木酢液(木炭をつくる際に出た煙を冷やした液体)の農薬効果の試験も頼む」
「はっ」
合鴨農法は、肝心の合鴨がいなかった。家鴨や鴨で代用できないか? 農薬らしい農薬もないから、合鴨が虫を食べるのは非常に効果的だし、田んぼを泳いで攪拌するから成長にもいいし、出す糞尿は天然肥料になる。これは来年度から本格的に実施をさせよう。農薬と聞いて、ホームセンターなどで売ってた木酢液が効果的だったことを思い出した。お酢もよかったっけ? 試してもらおう。
「『粒粒辛苦』だのう」
「まさにその通りかと」
米一粒一粒に、農民の汗と苦労が詰まっている。彼らの日々の努力を大切にせねばならん。彼らがいるからこそ、俺は前を向けているのだ。少しでも役に立つことを考案し、良いことは伝えていこう。ただ、国政を誤り、スズメを害鳥として全て駆除するようなことだけはあってはならぬ。
農業改革は、道半ばというか、半歩踏み出した程度だ。まだまだ先は長い。
・・・だが、明るい話題もある。
「ジャガイモは、芽が出た所を上に向けて植えてくれ。素晴らしい味と栄養価の農作物だが、『芽は毒だから絶対に食べるな』と伝えてくれ」
「ほほう。楽しみですな。芽の件は承知仕りました」
「サツマイモは、馬糞堆肥に入れて、出てきた蔓を切って畑に植えてくれ」
「・・・それだけですか?」
「それだけだ。水もいらん」
「・・・真ですか。たまげますな」
オレダーノ氏からもたらされたジャガイモ、サツマイモは非常に明るい材料だ。ジャガイモは寒さに強いし、サツマイモはあとはマルチをしてほっとけば育つ。って、マルチはないか。雑草抜きだけはやらせよう。小学二年生の生活科で学んだことが生きているな。
「魚粕の肥料は好評なようだな。継続してくれ」
「漁獲高は順調に増えております。魚油を絞った粕は大量。佐渡中に広めましょう」
「干し魚などもこの調子で作ってくれ」
「はは!」
魚の油を搾ったあとの残り粕を使った肥料は、いい感じという話だった。
一面を海に面した佐渡ヶ島は、沿岸漁業がやりやすい。船も人も増やして漁獲高は手数に比例して増えている。そのうち乱獲には注意せねばならんが、この時代の乱獲など高が知れている。獲れるだけ獲ろう。そして、余ったのは干物にしよう。人口も増えてきているし常備兵も1000を超えた。この調子でいこう。
「清酒、竹細工、塩作り、魚油、塩干魚、干アワビ、干ナマコ、干イカ、石鹸、水あめ、干し柿、朱鷺羽布団・・・産業は順調だな」
「はっ」
「急がせすぎるな。急ぐと雑になるし失敗も多くなる。嗜好品的な物は流通量を少なくすることでも価値は上がる。次の南蛮船が来るのはだいぶ先やもしれぬ。足りない分は他所から買って補ってよい。」
「漆器や刀、仏像などですな?」
「そうだ。全てを賄おうとすると無理が出る。『餅は餅屋』。適材適所で効率的にいこう」
「・・・まったく、殿は武士というよりも商人ですな」
そう。俺は商売が大好きだ。
ジャスミンや貝紫を東アフリカで売りまくった。西洋じゃありふれて価値の低い洋書やワイン、トンボ玉を、東アジアの希少な交易品と換えまくった(ゲームの商売だが)。それはもう年がら年中だ。
「『価値』は、自分の手元に近ければ近いほど、たくさんあればあるほど下がり、手に入りにくく、数が少なければ少ないほど上がる」
経済学か何かで学んだな。需要供給曲線や希少性も考慮していこう。
スノッブ効果と似ているな。「手に入れるのが難しいモノを欲しがる」という人の欲求の原理だ。そして、売れてきたら宣伝しまくろう。「みんな買っているから買おう」「みんながもってるから安心」というバンドワゴン効果が期待できる。商売は楽しいなあ。
孤島という利点を生かして、倉庫業も始めてみた。
他家からの侵略されにくさという点では、今の佐渡ヶ島はかなり点数が高い。陸地から距離があるし、統一されているから安定している。米を相場の安いときに買って、高いときに売りにだす。また、十三湊や土崎湊から本吉湊、三国湊に運ぶ中継地点としても佐渡は都合がいい。今町湊(直江津)でもいいが、「こっちもいいですよ」的な勧誘だ。時化や嵐の際のリスクケアとしても、佐渡の倉庫をどんどん活用してもらう。そして、佐渡の交易品も運んでもらう。そうすれば、他国の物も集まり出す。船は空荷で運用しては効率が悪いからだ。流通のメッカとなれば、あとは自然と銭が入る。人も来る。目指すは、直江津のような五万人都市だ。「小京都」と呼ばれる羽茂の町を、さらに豊かにしていこう。
河原田、雑太の民達も、俺の統治を受け入れてくれた。というか、本家を壊滅させてしまったのだから、従わざるを得ないか。
条件は羽茂本間と同じにしてあるから、今の所は問題はなかろう。戦乱続きの佐渡ヶ島だったから、しばらくは国力回復に精を出してもらおう。
檀風城(雑太城)、獅子ヶ城(河原田城)は取り壊した。前の領主のイメージが付きまとうのは良くない。落ち着いたら、雑太城跡地周辺を使って、新しく「佐渡城」を建てるか? 佐渡のほぼ中央だから行政の指示が通りやすかろう。羽茂城からだとちと遠いからな。主城をどっちにするかは迷うな。
少し気になる所がある。旧河原田本間と縁のある西の沢根城を拠点とする沢根本間氏だ。一早く本家と手を切って俺に従ったためそのまま領地を任せているが、どうもキナ臭い。しばらく泳がせておくか。カナリアのようなものだ。あいつが鳴けばサインだ。
・・・まだまだ、本当の安定は程遠いな。
午後は、評定の間で南蛮交易で手に入れた他の品々の使い方を決めるか。
武器、そして胡椒、砂糖、だな。
沢根本間氏は、河原田本間氏の分家です。
天文11年(1542年)に鶴子銀山が開発され、河原田本間氏に管理を任されますが、徐々に対立。本家にだんだん押された沢根本間氏は、越後の上杉景勝に応援を依頼。天正17年(1589年)に越後軍を上陸させ、河原田本間、雑太本間、羽茂本間を壊滅させる原因を作った、と記されています。
本作では、ある意図をもって泳がせていきたいと思います。最後は〇〇です。




