第七十六話 ~南蛮交易とカレー~
<佐渡国 羽茂郡 小木村 おぎ温泉 別館>
「な、何だと!? ゴホッ! ゴハッ!!」
遅めの朝食を食べていた俺は、思わず咽た。信じられん。
オレダーノ氏との交易品の交換に向かった新発田収蔵とヴォルフハルトから聞かされた内容に味噌汁も引っ繰り返した。驚愕の報告だ。二度聞きしたが、
「間違い御座らん」
「マチガイありまセン」
二人とも大真面目だ。
フランキ砲が50門に砲弾500発! マスケット銃が300挺に弾3万発! デミ・カルバリン砲36門を備えたキャラック船一隻に、ダウ一隻!? 元海賊の船乗り十三人のおまけつき!?
アホか!! こんなんあるか! チートやチート!!
「加えまして、胡椒二百樽、硝石百樽、砂糖百樽。それに、わいん百本、じゃがいも十樽、さつまいも十樽、西洋りんご十樽に御座います。ヴォルフ殿に確認しました所、南蛮でも珍しい物もあるようですが飲食する物らしいので、交換致しました」
……頭がクラクラする。
「い、いくらでだ!?」
「船で五千貫文、武具は五千八百貫文で、しめて一万八百貫文(約11億円)。交易品は、備蓄しておりました玄米五百俵、刀三百本、着物百着、蒔絵漆器百五十個、仏像五十体、清酒百樽、和書物八十巻、羽毛布団十組と。これくらいが妥当と判断いたしました」
「う、うむ!」
腕を組み、平静を装う俺。しかし、脳内からはドーパミンやらエンドルフィンやらがドッパドッパと出ている! 想定外すぎる! 考えろ! 計算しろ!
砂糖百樽!? ……恐ろしい。恐ろしすぎる。
信長のシ〇フで読んだぞ。『砂糖は金と同額で取引されていた』と!
話半分としても、とんでもない額だ。こちらが支払った一万八百貫文なぞ、御釣りが来るわ!
胡椒だって珍品だ。だが、肉食の防腐剤として貴重だった西洋とは違い、金=胡椒というほどではないかもしれん。薬などに用いられるか? コショウをまぶしたスパイシー干物とか開発すれば珍味だろうから、上流階級の者達は病みつきになるか?
ジャガイモ、サツマイモ、リンゴ……
食いたい。懐かしい味だろう。忘れてしまっていたが、味覚は記憶の奥底に焼き付いている。
食べるだけではない。食糧改革が起きるぞ!? 寒くても育つジャガイモ、痩せた土地でもするすると育つサツマイモは、農業の可能性を飛躍的に向上させるだろう。現代ほど品種改良はされていないだろうが、可能性は無限大だ。
リンゴも食べるだけでは勿体ない。何とか栽培させて、果樹園を作るぞ。戦国の世も林檎の木はあるが和林檎で、主に花を観賞するものだ。実は小さく酸っぱすぎて食べれたもんじゃない。柿育て名人の千手村のおじおばに頼もう。
……だが、待てよ? ジャガイモは、悪名高い 征服者コルテスが1533年にインカ帝国を滅ぼした際に手に入れたんじゃなかったか? すぐそれを持ってくるとか、おかしくないか? 今が天文六年なのは知っているが、西暦何年だ?
硝石は、羽茂本間で火薬作成するために備蓄だ。調合は硫黄と木炭、だったか。アカマツの炭が適してると聞いたことがある。ヤルノなら知っているか? 調合できる者を育てよう。ワインは……そうだな、『蟻』に贈ろう。赤い酒については、既に知っているやもしれん。「希少な物を!」と感謝してもらうのに非常に有益だ。環塵叔父にはやれんな。全て飲み干してしまうわ。
武具に関しては…… もう「国崩し」なんてもんじゃない。
どんな城でも軍団でも、二、三度は消し炭にできる。
南蛮貿易。余りにも地異土すぎるやろ!
これは礼をせねばならん!
「則秋! 弥太郎! 収蔵! ヴォルフ! いくぞ! オレダーノ氏の所へ!!」
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<佐渡国 羽茂郡 小木村 小木港>
「ようこそおいで下さいました」
俺達は、オレダーノ氏の旗艦であるガレー船の甲板へと案内されていた。
そこは、テーブルと椅子を並べたオープンテラス。レース編みのテーブルクロスが美しい。これはダマスク織かな?
「どうぞこちらへお座りください」
挙動不審な3人を後目に、俺は椅子に座った。いい椅子だ。それに船もいい。これは・・・突撃用オスマンガレーじゃないか? 帆もマストも素晴らしい。
「この船は素晴らしいな! これも売ってはくれぬか!?」
「申し訳ございません。この船はさすがにお譲りできません」
オレダーノ氏は丁寧に断った。そうだよな、乗艦が無くなったら移動もできん。
「交易は今回だけではございません。もし宜しければ次回には『ガレオン級』を用意することも可能ですよ? かなりの金額になりますが」
が、が、『ガレオン級』!? 既に開発されているのか!?
「そ、そ、そうか! で、では、次回までにはもっと交易品を増産しなければな! はっはっは!」
ガレオンなど乗ったら、本で見た志摩水軍の『鉄甲船』なぞ、笹舟も同然だ。平静を装わねば。
「宜しくお願い致します。ああ、御食事の準備が整ったようですね」
オレダーノ氏が言うと、船室の方から美しい女性が料理皿を運んできた。
運ばれてきたのは……
「な、なんじゃこりゃ!?」
「糞汁ではないか!? 奇妙奇天烈な匂いがするぞ!?」
則秋と収蔵は驚愕している。
「スープカレーとライスです。お口に合うと宜しいのですが」
カ、カ、カレーだ! カレーだ!!
「いただきますっ!!!」
俺はカレー皿をむんずと掴んだ。乱暴にスプーンを持ち、茶色い液体を掬うと一気に口に流し込んだ! 毒見!? 知らん! カレーを食って死ねるなら本望だ!
「う、うううううううううううううううまあああああい!!」
カレーだ。カレーライスだ!
涙が零れる。ボトボトと零れ落ちる。
この辛さが染みるだけじゃない。これまでの苦労が頭の中を過ぎる。優しかった前世の母の味が蘇る。楽しい思い出が甦る。カレーだ。カレーだ……
無我夢中で喉へと流し込んだ。俺はこの時だけ、年相応の、ただの子どもに戻っていた……
四半時後……
食べた。食べ尽くした。すべてを食べ尽くし、虚脱状態だ。
供の者も皆、俺が食べるのを見て挑戦していた。香辛料が利いた初めての味だったろうが、美味しさは分かったようだ。皿が全て白くなっている。
そんな俺の様子を見て、確信したようにオレダーノ氏が俺に耳打ちをした。
「照詮様・・・ 照詮様は『転生者』、ですね?」
≪ズキン!≫
再び俺の脳の中を、電流が走り抜けた。そうか。やはりそれが理由か。
「ああ、そうだ。そして、そなたも、な?」
この時期に日本まで来る英国人。アクセントも完璧で、丁寧語尊敬語も使いこなした日本語。日本を知り尽くしたように的を射た交易品。そしてカレーだ。この時期の日本人で、カレーを知っている者などいるはずがない。それを試すように出してきたカレー。転生者でなければ説明が付かない。
「その通りです。照詮様、大変だったのですね……」
「ああ、そうだ。何度も泥水を啜る思いをしてこの地位についた。よく生きていると思う」
また涙が溢れてきた。この苦労を、戦国の世の者達には話せはしなかった。同じ転生者がいたことに気が緩み、涙腺も壊れた。
「俺以外にも転生者が居たとはな…… だからジャガイモや砂糖など、有益な品を知っていたのだな。スープカレーめっちゃ美味しかったぞ! また佐渡に来て欲しい!」
「もちろんですよ。また来ます」
涙で目を赤く腫らした俺の言葉に、ぷるんと腹を揺らした英国人…… ならぬ俺と同じ転生者のオレダーノは温和な笑顔を見せた。
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数刻後。
俺は、オレダーノの船団が小木の港から去っていくのを見守っていた。
ガラムマサラ10樽とスープカレーのレシピ、大口径高火力のキャノン砲五門をタダでプレゼントしてくれた。キャノン砲は飛距離は短いが超火力の大砲だ。海戦で横付けしてきた船を吹っ飛ばすために使おう。
オレダーノ…… 最後までいい人だった。
最後の質問にも答えてくれた。今は、西暦1537年。1537年だ。400年も前に来てしまっていたのか。
彼と同じように、この世界に転生者が他にもいるかもしれない。彼のように友好的な者であることを祈るばかりだ。日本では、どうなのだろう……?
俺は、オレダーノが乗ったガレーを最後まで見送った。白い三角帆が胡麻粒のようになり、水平線の彼方へと消えてしまうまで。
だーのん氏の「大航海が夢の跡」とのコラボ企画、最終回となりました。
https://book1.adouzi.eu.org/n6385gc/53/
南蛮交易の利は、互いに想像を絶する効果があります。「南蛮チート」は、日本を全て飲み込むほどのパワーがあることでしょう。本作品の要となる力です。南蛮人も、日本刀、清酒などを持ち帰り、とんでもない額の利益を獲得できることでしょう。
それを表す、加えて『転生者』という同じ立場を共有するというコラボとなりました。だーのん氏に心からの感謝を申し上げます。
だーのん先生の「大航海が夢の跡」は、大団円を迎えました。
よろしければ、感謝と応援の意味を込めて評価をしていただけると嬉しいです。
【だーのん先生】の作品はこちら↓
https://book1.adouzi.eu.org/n6385gc/




