第七十五話 ~不思議な英国人~
<佐渡国 羽茂郡 羽茂城 城主書斎>
サラサラサラ
同じような文言を何度書いたことだろう。おかげで肩も腰もピキピキいってる。正座しての物書きは疲れる。木兵衛に命じて机と椅子を作ってもらおう。体のサイズにぴったりと合うやつを。
冬の入口にかかった頃、俺は文官トップの新発田収蔵と他三名と共に、各所への手紙書きに追われていた。
多くの所には、
「佐渡国の国主と相成りました。今後ともよろしくお取り計らいください」
『蟻』と見込む織田家、武田家、毛利家、北条家、三好家、長曾我部家、島津家には、
「これから特に仲良くさせてください。贈り物をお送りいたします」
揚北衆の者達と出羽国の大宝寺、砂越、小野寺、仁賀保、本堂、戸沢などの国人衆には、
「新年になったら新潟城に挨拶に来て欲しい。領地を見せてほしい」
攻略対象の能登国畠山家と、出羽国湊安東家には、
「いい湊をお持ちですね。ぜひ使わせてください」
我ながら、何とも腹黒い手紙だとは思う。
俺は芋虫だが、世を作り替える為のブルドーザーでもある。岩があろうが木があろうが、地表をガリガリと平に均していくことも想定の内だ。返事が楽しみで仕方がない。
問題は、能登の国主従四位下畠山修理大夫義総がかなりの傑物らしいことだ。
黒蜘蛛に入ってもらおう。中から攻めねば、ここは手間取るぞ……
蒲原郡西部の主城新潟城には、山本勘助を城代に据えて兵200と大砲4門を配備した。ヤルノも付けたし、落とされることはまずあるまい。「城の改修には自信があり申す」とか言って腕を回していたけど、本当かな?
そんなことを考えながら、疲れた右手をプラプラと振っていると、
「佐渡守様!」
新たに小姓に任じた藤丸が部屋へ飛び込んできた。
柏崎赤田城の斎藤定信という国人衆の息子で、かなり筋がいいと聞いて奉公にきてもらった10才の若者だ。
「何だ?」
「それが、小木の港に『南蛮船』が着いたと……!」
「な、何だと!!?」
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<佐渡国 羽茂郡 小木村 おぎ温泉>
「おぎ温泉」は、小木の高台に昔から温泉が湧いていた所にある。
先日リスボンに向けて出発したレイリッタ達のような南蛮人が宿泊・滞在できるようにした、いわば『迎賓館』のような屋敷だ。襖絵には虎、鳳凰、龍、鷹など武家を象徴する動物を描き、自慢の温泉ではとろりとした湯(たぶんアルカリ性)の露天風呂から日本海を一望できるオーシャンビューが楽しめる。非常に贅沢な作りの屋敷だ。
レイリッタ達がリスボンに向けて出立したのは半年ほど前。流石に戻ってくるには早すぎる。ならば、彼らが言っていた「交易仲間」が立ち寄ったに違いない!
旅館に着くと、通訳のポルトガル人ヴォルフハルトが俺を待っていた。
「さどのかみ様。Englandの商人が、きていマス」
「ええ!?」
イングランド!? ポルトガル人じゃないのか!?
意外だ。
イングランドが大航海時代の主役になるのは、当時最強を誇ったイスパニア無敵艦隊を、射程の長いカルバリン砲を備えたイングランド艦隊が破った1580年代のアルマダ海戦後だったはず。俺が思ってたよりも、この時代は後なのか?
いや。信長がまだ三つと聞いた。ならば、明らかに1530~40年頃だ。時間のズレが生じているのか?
「今は、ゆうしょく中です。おあいになられますか?」
「会おう」
イングランドだから英語だよな。通じるか?
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スゥー…… …… タン
豪華な襖を開けた。
そこには……数名の南蛮人がいた。ビールを飲む者、蒲鉾を齧る者など、男性二名に女性二名。
「Hello! Nice to meet you!」
俺は英会話の初歩の初歩で笑顔で挨拶した。多分、合ってるよな?
すると、
「お~! 坊やは英語を話せるんだな! 凄いじゃないか!」
えっ?
ゆるふわ系のぽっちゃり英国人男性? が、俺に近寄ってきた。何とも流暢な日本語だ。
「でも大丈夫だよ、ちゃんと私達は日本語が話せるからね」
ナデナデと俺の頭を触ってきた。なんだ、この違和感は?!
ダン!!
俺と一緒に来ていた則秋は「国主の御頭を撫でるとは! 何たる無礼!!」と、ひどい剣幕だ! ぽっちゃり系男性の手を払い除け、刀の柄に手をかけた!
「控えよ! この御方は、佐渡国国主、従五位下羽茂本間佐渡守照詮様であられるぞ!」
弥太郎も、無言で手刀を構えた。俺に危害を加えた時点で、即座に首を刎ねるだろう。
「止めよ! 則秋!」
俺は必死で止めた。はるばる海を越えて日本まで来てくれた航海者だ。利となる交易品を積んできてくれているはずだ。それに、ここで南蛮人を殺してしまったら、二度と南蛮船はやってこない!
怒る則秋を押しとどめ、止まったのを確認した後、俺は営業用スマイルで英国人に話しかけた。
「これは失敬。俺は本間照詮。この『佐渡』の地を治めておる者だ。遠路はるばる来てくれたこと、感謝致す! 長旅でお疲れのことで御座ろう。今夜は、ごゆるりと過ごされい! 明日、互いの利益となる交易を致しましょうぞ!」
すると、さきほど俺の頭を撫でたぽっちゃり系南蛮人は、急に気配を変えた。左手を胸に当て、右手は後ろに回し、踵をピッとくっ付けた。口調も全然違う。
「これは失礼しました。国主様におかれましてはご機嫌うるわしく。私、イングランド国籍の東インド商会に所属する『オレダーノ』と申します。この度は拝顔を賜り恐悦至極に存じまする」
≪ビキッ≫
何やら頭痛がする。
脳の中を、とても細いヘビが弱電流をまとって通り抜けたような、そんな違和感を覚えた。
よく分からん。
しかし、答えねばならん。俺はスマイルを継続した。
「そう固くなるな。私は国主ではあるが、まだほんの子どもだ。仲良くしてもらえるとありがたい」
右手を差し出し握手を促した。微笑みながらも相手の目をしっかりと見る。
「オレダーノ」と名乗った男も、笑顔で俺の目を見て右手差し出した。
「有り難き幸せ。このような豪華な歓待、痛み入ります」
「まあ、まずはゆっくり休んでくれ。詳しい話はまた明日な!」
握手をしたか覚える間もなく、俺は先ほど入ってきた襖から別館へと移動した。
毒? いや、呪術?!
違和感の正体には、薄々気が付いている。明日、それがはっきりするはずだ。
以前紹介させていただいた、『大航海が夢の跡』の作者:だーのん様との、本作品で登場した南蛮人達のその後を描き、さらに作中の人物が佐渡を目指すというコラボ企画の話となります。
互いの視点に立ち、この南蛮交易のエピソードを書いております。違和感、頭痛の正体も明らかになるでしょう。
作品はこちら↓
https://book1.adouzi.eu.org/n6385gc/52/
もうすぐ大団円を迎える、だーのん様の『大航海が夢の跡』。間に合って良かったです。
このコラボ企画は次話まで続きます。
「乗竹丸」について
お気づきの方は、「斎藤朝信だ!」と思われたことでしょう。武勇に優れ、内政・外交もこなした忠義の士。「越後の鍾馗」と呼ばれた上杉謙信の懐刀的存在です。朝信の子斎藤景信の幼名は「乗松丸」なのですが、肝心の朝信の幼名は分かりませんでした。「松ときたら竹でしょ」と勝手に名前を付けましたが、正しい幼名が分かれば変えたいと思っております。本作では、主人公の小姓役からスタートです。
※追記 ツイッターで斎藤下野守朝信さんに聞くと、「藤丸ですよ」と教えてくださいました\( 'ω')/ 養子だったのは意外でした。やはりご本人に聞くのが一番ですね。ありがとうございました!




