第七十四話 ~黒小灰蝶~
<越後国 頸城郡 直江津郊外 館>
宇佐美定満から「蟻」と問われた。
「蟻のように戦え」という喩えであれば、地道にコツコツと努力を重ねろということだ。しかし、蟻のように真面目に働いていても、ひっくり返されることがある。なるべくならそれを避けたい。逆を言えば、「蟻のようになるな」「蟻を使って戦え」ということも想像できる。「蟻」を使って、いや、「蟻」と共存共栄して利益を得るモノ・・・? 共利共生・・・
「 黒小灰蝶、か?」
「・・・もしくは油虫、ですな。お見事です」
「おお!」
クロシジミという蝶は、幼虫の時にクロオオアリと似た匂いを出し蟻の巣へと運ばれる。そして、天敵の鳥や虫から守ってもらいながら蟻から食べ物を貰って成長する。代わりに、クロオオアリのために尻から甘い蜜を出す。蛹になっても匂いが残っているため襲われず、最後には成虫となって蟻の巣から飛び立つ。
イソギンチャクとクマノミ、ナイルワニとナイルチドリ。互いのリスクを補い合う共存関係を築くか。国語の教科書か何かで読んだことがあるな。
「俺が出せる甘い蜜と言えば、銭か酒か干物とかか。『蟻』にあたる国には他国をどんどん攻めてもらう。そして最後には俺が羽ばたく、か」
「好みが分かれるところですが。安全に力を蓄えられましょう」
「嫌いではない」
「では、黒小灰蝶の幼虫となられますか?」
「・・・そうだな。それが良さそうだ」
虚ろな瞳だった宇佐美定満だったが、俺の答えを聞くと急に魂が吹き込まれたかのように目の輝きを取り戻した。まるで、蛹が蝶へと羽化するかのように。
「儂にも、まだやれることがありそうです。これまでの御無礼、お許しくだされ! この宇佐美駿河守定満。これより佐渡守様の忠実な僕となり申す!」
「おおっ、そうか!」
どうやら定満のメガネに適ったようだ。これで、右に宇佐美定満、左に山本勘助。「車懸かり」に「風林火山」だ! これは凄いぜ!?
「具体的な話をしよう。俺の『蜀』はどこになる?」
「どこと言えば『海』と答えましょう。『三津七湊』と呼ばれる港の日本海側を抑え、日本海の利を十二分に得ることができれば、力は自ずと貯まりましょう」
「ならば『能登国』の『輪島湊』を落とすか?」
「よろしいですな」
「さらに、『出羽国』の『土崎湊』、『陸奥国』の『十三湊』もか?」
「よろしいでしょう」
「これではまるで、海賊だな?」
「似たようなものでしょう。陸か海かの違いに御座る」
日本海側の、主要港を抑える。十三湊を抑えれば北の昆布や鮭、鰊、鮑といった魚介類に加え、熊皮、熊胆、鷹、ラッコの皮、オットセイの皮、白鳥、鶴、真珠なども手に入るだろう。
この時代の主な交易ルートである日本海を抑えれば京や南の国々は干上がる。向こうが折れて嫌でも力は手に入る。
「佐渡はそれらの湊の中心。管理するにも便利だ。だが、湊は落としても、それを維持するには周辺の陸地が必要だろう?」
「維持するためにも必要ですな。故に、能登国、出羽国、陸奥国の北西部を取りましょう。」
「京は、当面は目指さぬ、でよいな?」
「我らは黒小灰蝶。京は、働き者の蟻に任せましょう。京を取ればあまりに目立ちすぎます。諸国から狙われ、翼を折られましょう」
「『魏』と『呉』となる国に任せるか」
「ですな」
戦国大名は、皆、京を目指した。信長が抑えて脚光を浴びたのは有名だし、今川義元が桶狭間で討たれたのは上洛の途中だったと言われている。武田信玄も、上杉謙信も京の都を目指した。
それは、京こそが文化の中心で、将軍家や朝廷を護ることに繋がる為だ。お墨付きをもらい、他大名を賊軍とすることができる。また近隣の近江の米市場・塩市場、淀港の魚介市場などを吸収でき利益も大きい。建築や造船、鋳造技術なんかも今の日本では突出しているが、これは南蛮人の力を迎え入れている俺の方が数段、いや、十数段上だ。
「外交を通じて、有力な『蟻』と友誼を固く結ぼう。そして『蟻』に俺の力の及ばぬ地域で覇を唱えてもらい。俺は俺の目指す土地を得ることにしよう」
「佐渡守様は『蟻』の目星はついておありですか?」
「ああ。『織田弾正忠家』と『武田家』だ。それと『毛利家』かな?」
「・・・千里眼ですな。これから大きく育ちそうな『蟻』ばかりですな」
大きくなる戦国大名は、大体分かる。
ゲームじゃ1560年の桶狭間からスタートが多かったからそれ以前はあまり自信はない。
だが、織田信長と武田信玄、毛利元就と組めば、俺の天下統一の仕事は1/4くらいまで減るだろう。うんと甘い蜜をやらねばなるまい。だが、与えすぎては喰われることに繋がりかねん。程々という匙加減が必要だな。北条家や三好家、長曾我部家や島津家も視野に入れる必要がある。
「攻めるための大義名分はどうする?」
「『欲しいから取る』でよろしいでしょう。ですが、後から『悪政に苦しむ民を救うため』『誹謗中傷をされた』など、如何様にもでき申そう。まずは文などを出してはいかがですかな?」
「『属国になれ。さもなくば攻め込むぞ』か。沢山やったなあ」
「ほほ? 経験がおありで?」
「ん? んん、独り言じゃ。ごほごほ」
俺はわざとらしく空咳をした。面倒なことになるからな。
能登を治めているのは畠山家か? 出羽の北は安東家だったか?
悪いが乱世の習いだな。早速、白狼や黒蜘蛛を使って情報収集をしよう。攻めるときは柏崎水軍の力も必要だな。新人に声をかけておこう。
すっかり目を見開き、天下の謀を考える楽しみに打ち震えているような様子の宇佐美定満。三顧の礼を尽くした者だ。大切にしていこう。
「揚北衆への対応の策もあろうな?」
「ははっ。幾重にも策を練りましょう」
「うむ! ではこれより、お主の命、俺が貰い受ける。よいな?」
「ははっ! 一度捨てた命、惜しくはありませぬ。存分にお使いくだされ!」
孫と祖父ほどに年の離れた定満と手を繋いだ。
俺の孔明のおかげで、ここ数年の道筋は立った。俺は、芋虫になる覚悟ができた。だが、孰れは蝶となろう。日本中を包み込むような、大きな羽を持った蝶へと。




