第六十六話 ~檀風城、燃ゆ~
<佐渡国 雑太郡 雑太城 城内>
可笑しくてたまらない。
「そう、そうだよ。お前に投げ飛ばされて、殺されそうになった、あの時の小僧だ」
「まさか!?」
(信じられない光景だった。昨年の末に、ボロを着て傷だらけになり、城主の前で泣き喚いた怪しげな小僧だ! それが、どうだ?! 磨かれた胴鎧を着て、手には刀。周りには屈強な供が十数名。何だ!? 幻か!!?)
「……名乗っていなかったな。俺の名は……照詮。羽茂本間対馬守照詮だ」
「なっ!!!? 羽茂本間!? あの!?」
(瞬く間に羽茂郡を平定し、先日の西三川の戦で河原田本間を殲滅せしめた、羽茂本間照詮だと!?
既に佐渡国の大半を手にした、実質的な佐渡国の国主がここにいると言うのか!?)
バチバチバチ
火の勢いが増してきた。奥の間から次第に屋敷全体に広がってきている。
「……仲居義徳。昨日から、お前にやられた傷が疼いてな。心と体の痛みで、寝られなかったぞ。古傷は今も俺を苦しめているが…… その痛みも今日で終わる! 嬉しくてたまらくてな!」
「何をほざくか! やはりあの時、殺しておけばよかった! お主はやはり、一揆勢と手を結んでいたな!?」
「……クックック ……ハァーッハッハ!!!」
(小僧は笑った。何だ!? この笑いは!? 薄ら笑いというには言葉が足らな過ぎる! 世の憎しみを全て込めたような笑いだ! この世の者なのか?)
「オマエの非道が、俺を動かしたのだ。俺が一揆勢と手を結ぶ原動力が、オマエだったんだ。オマエのせいで、雑太本間が滅ぶのだ。そしてオマエ自身もな!!」
「何を抜かす! 儂は儂の本分を果たしたのみ! 後ろ指を指されることは一切しておらぬ!」
「……ほっほっほ。果たして、それは真かな? 義徳殿が人を殺めたのは、御自分の悦しみの為ではなかったですかな?」
(ぞわぞわっとした悪寒と共に、ゆらりと出てきた黒い影。
暗闇の中から新たな影が二つ現れてた。)
「……義徳殿。貴殿が一揆勢の者を、夜な夜な一人ずつ嬲り殺しにしておったこと、皆に知られておりましたぞ? 証拠もきちんと残っておりますぞ? 武士の本分のためではなく、貴殿が唯の殺人鬼であったことの」
「なっ!? 空海屋の黒兵衛!? お主、裏切ったのか!?」
(柔和な商人特有の笑顔。腰の曲がった低い姿勢!
殿に数々の貢物を貢ぎ、信用を得ていた直江津の商人が、なぜ!?)
「いやいやいや。裏切った訳じゃない。表返ったってやつやろ。今日の雑太本間の運勢は大凶。忌色は赤って言ったろー?」
(派手な青い衣を纏った呪術師が、黒雲の後ろからスッっと出た。こやつ!)
「照さん、お初だろー。黒蜘蛛の子分の青蜘蛛ですろー。陰陽道の真似事をしてるろー」
「ああ、話は聞いている。よくやってくれた。これからも頼むぞ」
「お、お、おのれら!! 仕組みおったな?! 仕組んで雑太本間を食い物にしたな?!」
「ああ、そうだ。……だが、それの、どこが悪い!!」
ガッ!! グシャッ!
「グ、グ、グアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
(右肘の骨が砕かれた!? 小僧が剣の峰で打ちおった!)
「卑怯者! 無手の者に対して! 恥を知れ!」
「……オマエが『卑怯』と言うか!?」
(来る! 今度は左肘だ!
躱せっ! たかが童子の打ち込みだ!
躱せ…… ないっ!?)
ドゴッ!!! バキッ!!
「グウゥ……」
「人を虫けらのように殺めてきたオマエが、『卑怯』という言葉を口にするな!!」
(両肘が砕かれた。もう剣は使えん! おのれ、鍛え上げてきた我が腕を!!)
「弱者をいたぶって何が悪い! 弱者は強者に喰われる存在だっ! お主とてそうであろう?! 羽茂を喰い、河原田を喰い、そして次は雑太だ! お主こそ卑怯者ではないかっ!」
「違うな。俺は、力のない農民だった。ただ殴られ、死を待つのみの存在だった。だが、そこから這い上がった! ……弱者への恫喝、強者の横暴、世の不公平、世の不条理・・・それらを全てブッ壊すために! 乱れた世を救うためにな!!」
狙うは胸だ! 汚い心の臓が入った胸だ!!
想いを込めて、袈裟懸けに剣を振るう!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ドゴオッッ
「……お、おの……れ……」
ドシャッ
両膝から崩れるように倒れ込んだ仲居義徳。どうやら、気を失ったようだ。
肉は斬れていない。だが、剣の重みと勢いで、あばらを全てぶっ潰したはずだ。
「……照詮様、よろしいのですか? 峰打ちで」
黒蜘蛛が俺に尋ねる。
「ああ。まだ俺の怒りは済んではいないが…… もっとコイツを誅殺したい者達がいる。それを奪っては申し訳ない」
「ああ、一向宗だろー?」
気を失った仲居義徳を担いだ青蜘蛛の言葉に、俺は無言で頷いた。気の昂ぶりを鎮めたい。二度三度、ゆっくりと深呼吸をする。
「主殿。火の周りが早う御座います。皆の元へ戻りましょうぞ」
「そうしだほうが、いい」
付き添ってくれた椎名則秋、小島弥太郎が俺を急かす。そうだな、かなり火の勢いが増してきた。足早に館から出るとしよう。
館から出ると、黒蜘蛛の手の者達が何やら運び出していた。
「雑太本間が溜め込んでたお宝や、黒蜘蛛様が貢いだ物は、救い出しておいたろー」
「おお、それは素晴らしい! 領地再興が捗りますな!」
青蜘蛛の言葉に、則秋は頬を紅潮させた。
かなりの額だ。雑太本間氏が、一揆勢にもう少し配慮できる者達であれば、歴史は変わっていただろうに。俺は、皆と共に「檀風城」と呼ばれた雑太本間の本拠地、雑太城を後にした。
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<佐渡国 雑太郡 雑太城 城外>
……終わった。雑太本間を滅ぼした。
振り返ると、燃える城に向かって一向宗の者達が一心不乱に「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えている。皆、悲願成就の歓涙を流している。それほどまでに憎かったのか、雑太本間を。
「……秋たけし 檀の梢 吹く風に
雑太の里は 紅葉しにけり 」
俺はふと、覚えていた句を詠みあげた。
鎌倉幕府を討幕しようと後醍醐天皇らと「正中の変」を企てて佐渡に流された日野資朝が、この城の美しさを称えて読んだ句だ。「檀風城」と呼ばれる所以だ。
風が舞い、美しかったその城を包み込む炎を、さらに大きく巻き上げた。
音を立て、崩れ逝く館の屋根。
剥がれる城壁。焦げる肉の匂い。
長い歴史と憎しみと共に、雑太本間氏と檀風城は、滅びの刻を迎えた。
雑太本間氏、滅亡。
佐渡国の今後は・・・
作中、青蜘蛛の語尾の「ろー」は、新潟県の一部で使われている方言です。
「不思議だな~」と思っていましたが、慣れると違和感ないです。
宣伝です。
『大航海が夢の跡』の作者:だーのん様が、
本作品で登場した南蛮人達のその後を描き、さらに作中の人物が佐渡を目指すというコラボ企画を立案してくださいました\( 'ω')/
噛めば噛むほど味が出る、だーのん氏の処女作「大航海が夢の跡」とコラボできるのはとても光栄です。ぜひ、そちらも合わせてご覧ください!
『大航海が夢の跡 ~まったりゆったり航海中♪~』
作品はこちら↓
https://book1.adouzi.eu.org/n6385gc/48/




