第六十話 ~長尾家の野望~
筆が進んだので、本日2回目の更新しちゃいます(*'▽')
<越後国 魚沼郡 上田庄 越後上田城 評定の間>
「房長…… その方、やってくれたのう?」
「あ、義兄上! こ、こ、此度は誠に申し訳ござらぬ!!」
為景率いる長尾軍は、南越後を拠点とする親戚筋の上田長尾氏の居城、上田長尾城へと大挙襲来していた。三分一原から逃げ帰り一息ついていた城主上田長尾房長は、為景側の電光石火の押し寄せに驚き、無条件に門を開いた。そして、入城してきた為景旗下の武将を迎え入れ、為景を上座に据えて平謝りをしているところだった。
近い血の繋がりこそないが、親族筋で為景は49歳。房長は42歳。一時期は義兄と呼んでいたこともあった。
「親族の長尾家に弓を引いたこと、何か申し開きはあるか?」
「じょ、上条定憲に唆されたのじゃ! 『戦にはならぬ。脅すだけじゃ』と聞き、どうしてもと誘われて已む無く……!」
「……で、盾突いた訳じゃな?」
一言一言に凄みのある為景の言葉。とてももうすぐ五十とは思えない胆力である。
滝汗の長尾房長。南越後随一の男が、まるで子ども扱いだ。
「申し訳ござらん! 某、出家いたす!! 領地も北の一部をお譲りいたす! だからご勘弁を!」
「出家、か。……まだ早いのではないか?」
「いやいや! 某のような不心得者が当主では、上田長尾家は立ち行かん! もう寺には報告してある! お頼み申す!」
「……南越後、魚沼郡の北半分。それが条件じゃ」
「な、な!?」
「嫌ならよいぞ? もう一戦と洒落込むとしよう」
「わ、わ、分かり申した! ただ、息子の政景を、よろしくお頼み申す!」
(ふん。他愛もない。
大局を見ぬからこうなるのじゃ。
息子の政景か。どうしてくれようかのう……)
「うむ。政景の後見は引き受けた。それと、これから上条、揚北へ進軍する。従軍いたせ。出家はその後じゃ」
「え? は? わ、分かり申した!!」
(南越後は片付いた。次は上条、さらに揚北衆じゃ……)
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<越後国 柏崎 上条城 城主私室>
上条定憲は、自慢の長い顎髭を掻きむしっていた。
「糞ッ! どうすればいいのじゃ!」
ブチッ!
力を入れ過ぎて、また顎鬚が数本抜けてしまった。このままでは無くなってしまうことであろう。
「あと一歩! あと一歩という所で!!」
ブチブチッ!
揚北衆、上田長尾家の協力を取り付けた。長尾為景に圧力をかけ、三分一原の戦で一気に隠居に追い込むはずが! とんだ大失態じゃ! 儂の策は万全であった。ただ、運が悪かっただけじゃ! それに宇佐美定満がいらぬことを言ったことが災いを招いたのじゃ!
「定憲様、長尾家からの文の答え、いかがいたしましょう?」
「分かっておる! しばし待てぃ!」
(我が居城の上条城を、長尾軍二千が取り囲んでおる。こちら方は三百にも満たぬ。力押しされればどうにもならぬ!)
定憲はもう一度、長尾家からの文を開いた。何度読んでも変わる訳ではないのだが。
「一. 上杉上条氏は、上条城のみを居城とすること。他の城は長尾家に献上すること
二. 長尾家に歯向かわぬこと。揚北衆などと手を組み、敵対せぬこと
三. 上杉家の家督は、将軍家の決定を仰ぐこと
四. 宇佐美定満の身柄を引き渡すこと 」
「何という傲慢じゃ!」
(一の「上条城のみ」・・・支城も全てか! 何ということじゃ!
だが、支配せずとも、まだ我ら名門の上杉・上条家を慕う者は多い。今だけの話じゃ。息をかけるだけで我らに靡く者もおろう。・・・甘んじて受けるか)
(二の「長尾家に歯向かわぬこと」、これは容易い。
いずれにせよ、数年は歯向かう力など毛頭無い。しかし、いずれは力を取り戻せるじゃろう。その時こそが、為景を這いつくばらせる時じゃ。しばらくは、雌伏の時を過ごすことになろう)
(三の文言は、大問題じゃ!
名門上杉家の上杉定実様には、御子がいらっしゃらなかった。遠縁の奥州陸奥国の大名、伊達稙宗様の御子、時宗丸様を養子にすることが水面下で決まっておったが、一気に頓挫した。かと言って、将軍家にお任せしては「為景に上杉家を継がす」などという恐ろしいことが起こるやもしれぬ! それはいかん!
朝廷に泣きつけば、何とかなるか・・・?)
(四の文言・・・これは何じゃ?
此度の敗戦の責は、宇佐美定満、あ奴に全てある。
儂自らが罪を問うて処断するはずじゃったが。相手が望むのであれば渡すことに何の躊躇いもない。「枇杷島城も付けて寄越せ」とは書いてはおらぬ。昏睡しておる奴を、ボロ布一枚で渡せば済むことか。容易いことじゃ)
「今に見ておれ……長尾為景! 儂の知略と血筋の尊さを持ってすれば、十年! いや五年で力を取り戻して見せる! その時こそ、お主の命日じゃ!」
ブチブチ!!
定憲は顎鬚を十本ほどまとめて引き抜いた!
定憲の顎に鋭い痛みが走る。指に絡みついた抜けた髭に、定憲はふぅっと息を吹きかけた。力無さげに彼方へと飛んでいった。
(……しかし、髭はまた生えてくる。儂の力も同じじゃ! 儂はこのままでは終わらんぞ!)
「誰かある!? 長尾家からの約定! 全て受けると伝えよ!」
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<越後国 蒲原郡 新発田城 評定の間>
直江津から北へ。
柏崎、その先信濃川、阿賀野川を越えた場所にある、蒲原郡。
現代で言う新潟市、五泉市、阿賀野市、新発田市、胎内市付近一帯である。
揚北衆の国人衆の面々は、その蒲原郡の東部に位置する、新発田綱定の居城、新発田城に集まっていた。揚北衆の盟主、蒲原郡より更に北に位置する岩船郡(現代の村上市付近)の平林城城主色部勝長は深い溜め息をついていた。
「鎌倉幕府から任ぜられて三百年。我ら揚北衆が越後の政を担ってきたのじゃ。それをぽっと出の長尾家がのさばり、果てはここ蒲原郡にも攻め込もうとされているとは。世も末じゃ」
「しかし、先日の三分一原の戦。上条定憲についた我らは惨敗じゃ。五十公野、鮎川、垂水、小川の当主が討たれ、民を数多く失い、立ち行かぬ」
新発田綱定も落胆していた。綱定自身は何とか新発田城まで逃げ帰ることができた。だが、子飼いの近習や共に進んできた民を数多く失ってしまった。求心力の低下は否めない。
「為景は阿賀野川を渡った。どうする?」
「どうすると言っても、我らが敵う相手ではないぞ!」
「服従するか、条件を飲むか、皆殺しにされるか、か」
揚北衆の国人衆、黒川清実、竹俣昌綱も浮かぬ顔だ。
「そもそも、あの雷のようなものが全ての原因じゃ! 羽茂本間照詮が妖術を使うなど! 誰も教えてはくれなかったではないか!」
「五十公野様、鮎川様、垂水様、小川様……わずか小半時で四名もの大将首を獲られた。二度とあのような恐ろしい者とは出会いたくはないのう」
「まったくじゃ」
「一部、見ておった者が、『筒のようなものから放たれた』と申しておったぞ。しかし誠かどうかは分からんがな」
「……いずれにせよ、近寄らぬことが賢明じゃ。折角拾った命、大切にせねばな」
前向きな言葉が出てこない。小田原評定ならぬ「揚北評定」とも呼ばれそうな集会である。
進まぬ会話。堂々巡りで建設的な意見が出そうもない。
しかしそこへ、一人の若者が声をあげた!
「為景は、某の義父! 某が使いになり申す! 揚北の火を消す訳には参らぬ。何とかお役に立ちましょう!」
「おお、春綱! そちがおったか!」
加地春綱であった。新発田城から東に位置する加地城城主。幼少の頃より勇猛さが越後中に鳴り響き、故に長尾為景から「是非に」と請われて為景の娘を正室としていた男だった。
「義父への義理立てから、戦に参陣致さなかったこと、断腸の思いに御座いました。某とて揚北衆の一員! 心も身体も蒲原の地に捨てる覚悟で御座る! 御疑いならば、我が室、長尾へと突き返しましょう! 是非に、揚北のお役に立たせてくだされ!」
「春綱…… その方、そこまで考えておるとは……」
「お主だけ助かってもよいのだぞ?」
新発田貞綱、色部勝長の目には涙が浮かんでいる。
(二十歳を超えたばかりの若者に、ここまで言わせてしまうとは。不甲斐ない我らじゃ……)
(何と義理堅い男じゃ。加地春綱。勇だけでなく信まで備えておるとは)
「よし、春綱! お主に全てを託そう! 我ら揚北衆は長尾家に服従は出来ぬが、当面逆らわぬ。領土も蒲原郡の西であれば差し出しても良かろう。その条件で頼めるか?」
「はっ! 某の命に代えましても!!」
すっくと立ち上がり、出されていた酒を一気にあおると、若武者は評定の間を飛び出していった。
領地の確保で精一杯。しかし、簡単には長尾家に従えぬ。
様々な思惑が錯綜する下越の晩春であった。
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<越後国 直江津 春日山城 嫡男私室>
「何!? 父上が本間照詮に『毛氈鞍覆』を下賜したじゃと!?」
「はっ」
滅多にない大きな声を出した長尾晴景。
長尾家に許された毛氈鞍覆は、本来であれば守護職の家にのみ許される逸品。ゆくゆくは自分が継ぐ物と思い憧れていた鞍が、まさかの本間の小僧に!?
「実綱! まさか父上は…… 本間の小僧を長尾家の世継ぎと考えているのではあるまいか!?」
「いえ! 滅相もありませぬ! 決してそのようなことはありませぬ!」
「怪しい! あの鞍は…… ゴハッ! ゴホッ!」
「若様! 興奮しすぎては為りませぬ!」
(御顔色が悪い。御咳も止まらぬ。晴景様の考えすぎじゃ)
「本間の小僧は、多大な戦功を上げ申した。鞍一つで収まるのであれば、安いほどで御座る!」
「ハーハー…… 何もあの鞍でなくとも良かったではないか。あの鞍は儂が継ぐはずの物じゃったのじゃ……」
「……心中お察し致します・・・」
直江実綱は、そう言うのがやっとだった。
(恐ろしい男じゃ、本間照詮。このままでは長尾家は、あ奴に喰い潰されるやもしれぬ。
「雷」の力を操る筒を持ち、一千の敵をほぼ無傷で壊滅せしめた。「軍神」という渾名、天室和尚の言う通りかもしれぬ)
「ですが! 小僧から『雷』の力を持つ筒を買い申した! これで我らにも『雷』の力が宿りまして御座います!」
「でかしたぞ!」
(若の顔色が良くなった。晴景様には、前向きな言葉を伝えねばならぬ。後ろ向きな言葉では、御身体に障る。よい報告のみを伝えるべきじゃ)
「小僧に使えて、儂に使えぬ筈がない。そうであろう? 実綱?」
「はっ! その通りで御座います!」
「楽しみじゃのう。いずれ小僧に儂が天罰を下してやろう! 小僧から奪ったその筒でな!」
「いかにも!」
(……河原田、雑太には小僧の背後を突くように密書を出した。
暫くは羽茂の町がガラ空きになると伝えていた。攻め込めば小僧の退路は無くなる!)
(しかし、小僧はあっという間に佐渡へ戻ってしまった。
我らの目論見は、大外れじゃ。)
(……致し方ない。別の道を探ろう。
河原田、雑太には悪いが、儂らが関与した証拠は全て消させてもらおう。
歴史の露と消えてもらうしかないな。諸行無常じゃ)
長尾家のことを思うが故に、本間照詮への工作が止められぬ直江実綱であった。
長尾為景の娘について。
本来であれば、三分一原で上条定憲の首を獲るものの辛勝の為景。収まりのつかない国衆を押さえるため、上田長尾の嫡男政景に謙信の姉の仙桃院(仙洞院?)「綾」を嫁がせます。さらに加地春綱にも娘を嫁がせ、本人も出家することで国人衆の反乱を食い止めています。
本物語では長尾家圧勝のため、政景に仙桃院を嫁がせる必要はなくなりました。
加地春綱には、その前から嫁がせていたという設定に本物語はしております。
さらに、元羽茂本間嫡男の本間三河守高信に嫁がせています。これは養女かもしれない説がありますが、本作品では晴景の実妹としています。
また、再三出てくる主人公に嫁がせようとしている莉奈姫という娘は創作人物です。
このままでは、仙桃院「綾姫」も莉奈姫も主人公の元へやってくるかもしれません!?
レンとナーシャは!? ハーレムタグはないはずなのに!?




