第六話 ~越後屋 蔵田五郎左~
3日後、体の腫れが引いた俺は環塵叔父と一緒に、越後屋が出している廻船に乗り、日本海の波に揺られていた。
小木から直江津までの船旅だ。現代なら2時間半で行ける距離だが、戦国時代であれば風が良くて半日強といったところか。
船賃は安くはない。100文と言われ、叔父は目を丸くしていた。雑兵などの日雇いで一日5~10文の時代だ。船仕事を手伝うと言って95文まで減らしてもらったが、便数が少ない分、高くなるのは致し方ないか。
「照詮、うまくいくかのう?」
叔父はいつもながらに他人事のように俺に聞いてきた。背中には、手先の器用な村の彦二郎に頼んで編んでもらった藁と竹でできた大ぶりのリュックサックを背負っている。
「領主の者共に勝つには、人手が要る。佐渡の南の羽茂郡じゃ、領主の息のかかったモンばかりじゃ。佐渡の中じゃ、手に入らん。直江津の港で戦が出来る兵を雇う」
「越後屋との交渉次第だの」
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直江津は、北陸有数の一大都市だ。北は十三湊、南は敦賀や博多までもが交易圏だ。人口5万人近くいて、上杉謙信の居城として名高い春日山城も近くにある。そういや、謙信は何歳くらいなんだろう?
周りは昆布や木材、布や魚などの荷積み、荷下ろしで大いに賑わっている。商売話をする商人風の男とその下働き、荷物運びが所狭しと動き回っている。「青苧と呼ばれる繊維原料が有名」と越後屋の店子が教えてくれた。
俺達は店子に連れられて、越後屋の主、蔵田五郎左に会わせてもらえることになった。一介の僧侶と農民の小僧が会うのは難しいはずだが、「どうしても見せたいものがある」と言って俺は無理を承知で頼み込んだ。タイムリミットは一か月。持てるカードを切っていかねば間に合わない。
「こちらでございます」
案内されたのは店の奥にある小ざっぱりとした部屋だった。筆を手にして、帳簿に目を通しつつ何かを記入している人物。これが蔵田五郎左なのだろう。年の頃は壮年から老年といったところか。やけに出っ張ったおでこが気になる。やや恰幅がよく、穏やかそうに見えるが直江津の町で大きな権力を持つ実力者だ。只者ではないだろう。
「ご用件をお聞かせ願いまひょ」
しばらくしてから、こちらに顔だけ向けて話かけてきた。笑顔はない。
「俺は本間照詮、佐渡で村主をやっておる。こちらは叔父の環塵だ」
「ほほ、御坊ではなく小鬼が答えるか。なるほど、なるほど」
少し可笑しそうにする蔵田五郎佐。数え年7歳の村主など飾りと思うのが当然だ。
「単刀直入に聞く。人手が欲しい」
「ほほう、人手。勿論、ありますよって。畑仕事、荷運び、護衛、何でもおります。普通に働く者もあれば、乱取りによって集まった者も今は十分ですよって」
ん? 乱取りって何だ?
怪訝そうな俺に気付いた蔵田五郎佐は説明した。
「佐渡は安穏でよろしいこって。乱取りは、戦で捕まえてきた人のことですがな。下男で働く者で安くは二十文から。戦もできる者であれば一貫文(1000枚)する者もおりますよって」
…… つまり、戦争によって捕虜にしたり、農村で攫ってきたりした者で人身売買しているということか。流石戦国時代、ダークだぜ。俺の頬を汗が伝う。
子どもが怯んだと見た商人は、笑顔で話しかける。
「商人は金と信頼が要ですよって。利になることは逃がしません。見せたいものがあるとお聞きしました。それ次第ですな」
(村から持ってきたものということならば、農作物か何かかの? もしくは佐渡に流されてた日蓮聖人ゆかりの物か? いずれにせよ、よい物ならばその値を付ける。価値のない物にはどんなに情に訴えられてもびた一文高く値を付けない。それが商売や。問題はないはず…… )
「商人は金と信頼が命。それは真か? 裏切ることは無いか?」
俺が問う。
「ほほ、直江津に人ありと言われたこの蔵田五郎佐。信が無ければここまでやってきてはおりませんよって。一度でも裏切ることになれば、相手にしてもらえまへん。代わりに、決まり事を破る方とは二度と取引は差し控えてもらいますよって」
俺は、環塵叔父の方を向き頷いた。叔父も俺を見て頷く。
何事かいぶしがる蔵田五郎佐。念を押す。
「今から見せる物は、盗品ではない。俺らの物じゃ。他言無用、出所は尋ねないでほしい」
「ほほ、盗品でも構いませぬのに。物は物です。他言無用、出所を尋ねない、念入りですな。よろしいことですよって。しかし、ワシはそう簡単には驚きは…… 」
話を途中まで聞いた俺達は、リュックサックの中身を出した。
ゴロン!
子どもの頭ほどはあろうかという金塊だ!
精錬はされていないが、純度が高く混じり気も少ないことが素人でも分かる。
「ひょえええええ?」
驚く蔵田五郎佐。さらに、
ゴロン! ゴロロン!!
それがさらに、リュックから2つ飛び出してきた!!!
「ひょひょ、ひょええええええええ!?!?」
「買い取りを頼むぞ!」
驚く蔵田五郎佐に、俺は満面の笑みで語りかける。
叔父は相当の重荷を降ろせて満足したのか、肩を回しながらふうぅと息をついている。
「こ、こ、これをどこか…… 」
ら、と言いかけて、蔵田五郎佐は止まった。やられた。聞くことはできない!
ゴクリ
今度はこちらが汗をかく番か……
中々にやるではないか、小鬼。これはかなりの額になるわ。払いきれるか……?
「まだこの三倍はあるからな。頼むぞ!」
俺はかなり少な目に言った。そう、これは俺の近くにある金のほんの一部だ!
クラッ
汗が滝のように吹き出て、気を失いかけた蔵田五郎佐。そこは豪商、ぐぐっと耐えた。
「こ、こ、これは大層な物ですな。す、すぐにはお支払いできませんので、我が越後屋の別宅をお使いくだされ。人手をご所望でしたな。お、お任せくだされよって!」
「時間はあまりないのだ。頼むぞ」
越後屋の蔵田五郎佐。金を力に代える出入口にさせてもらうぞ。
信頼が命と言ってたからな。命を失わないように頼むぞ。
戦国時代の貨幣について調べてみました。
永楽銭(銅銭)一枚が一文。これが時代や資料によって様々で、一文が現代で言うと50円~150円まで幅があります。わかりやすく大体一文100円くらいの感覚で書いていこうかと思っています。
米相場と密接な関わりがあり、米一石≒150kg≒180リットル≒米俵2.5俵が一貫文(1000枚)での取引が標準だったようです。ただ、現在も銘柄や作付けによって米は10kgで3,000円~10,000円くらい値段の幅がありますから、中世ではさらに幅があったという所でしょうか?
人件費はメチャ安かったようです。
また、作中の乱取りは、戦国時代の日常茶飯事!
「乱取りのために、戦争に行っていた」と言われているくらいです。
やはり戦国乱世は、今の常識が通じないことが、かなりありそうです(-""-)




