第五十九話 ~戦勝会~
<越後国 直江津郊外 三分一原 長尾家本陣>
名だたる武将達を前に、一人の童子が笑顔で座っている。
非常に似つかわしくない。しかし、この童子が明らかに論功行賞第一だ。
死化粧を施した、首台に置かれた五名の首。
揚北衆の鮎川清長、垂水左衛門尉、小川長資、五十公野弥三郎景家。越後では名が知られた四名の国人衆。
(加えて……)
(まさかの御首じゃ……)
越後守護上杉定実。反為景陣営の御旗。長年に渡る為景様の傀儡であり、宿敵。
名家中の名家、上杉家の主の首。
「ご確認致しました。……五名共、相違ござらん」
首実検の責任者、為景の懐刀、中条藤資が伝えた。素性に詳しい者数名がかりで念入りに確認した。間違いはない。
「おおおっ!」
と、場が騒めく。
(「数合わせ」くらいにしか思っていなかった羽茂本間軍。それが、ここまでの戦果を挙げるとは……)
「いやはや! 流石婿殿! これほどまでの戦果を挙げられるとは! この為景、胸がすっと致したぞ!」
長尾家総大将、長尾為景は豪快に笑った。
「はは、まだ婿では御座らぬ。が、お役に立てて何よりでござる」
「いやいやいや! こうなったら意地でも娘を受け取ってもらいますぞ! 一人で足りなければ二人でも!」
(世界のケン・ワ〇ナベのような長尾為景。一体、何人娘がいるんだ?
そういや、為景の娘、謙信の姉が上杉景勝を生んだんだっけか?)
「まあ、それにつきましてはおいおいと。戦勝会で御座いましょうから」
(話をずらさせてもらうぞ)
「そうであったな! 藤資! 戦果を報告せよ!」
「はっ!」
小太りの猛将が書に認めた結果を報告する。
「御味方の被害、死者百三十九名! 負傷二百五名!」
「うぬう」
溜息が場に漏れる。思った以上に多い。
中央の柿崎軍、右翼の高梨政頼、北条高広の軍は、相応の被害が出たようだ。特に柿崎軍は、宇佐美定満の軍が死兵となって襲い掛かり。七十名以上の大きな被害となったようだ。
(俺の軍は、掠り傷が二人、水虫が一人くらいか)
「敵方、挙げた首・・・一千六百四十名! 負傷して逃げた者の数は数え切れず! 捕虜にした者、三百八十七名で御座る!!」
一瞬の静寂。
そして!
「うおおっ! 何という大戦果じゃ!!」
「揚北衆め! 長尾軍の強さ、思い知ったか!!」
「これほどまでの勝利! ここ十年でも例のないほどじゃぞ!」
地鳴りのような歓声が響き渡る!
相手の十倍ほどの損害を与えた! 大勝利だ!
「内訳は、柿崎軍三百名、高梨軍百名、北条軍八十名、中条軍が五十名ほど。後は羽茂本間殿が挙げられた、一千名ほどで御座るっ!」
「おおっ!」
(飛びぬけて羽茂本間軍が多い。雷のような炸裂音を轟かせた兵器。あれが大きな役割を果たしたようじゃ)
「さて、論功行賞じゃが…… 第一は、羽茂本間対馬守照詮殿! 不満がある者はおるか?」
いる筈がない。
一千名の兵の首、加えて大将首を四つ、さらに敵の御旗の首じゃ。戦況的にも、相手の主力であった右翼を撃退したことが果てしなく大きい。本来であれば総崩れしても仕方ないくらいの兵力差があったのだ。
不満そうにしていた直江実綱も流石に声が出ない。ここで声を出すようでは、うつけ者すぎる。
「いないようじゃな! 決まりじゃ! 大殊勲じゃ!」
「はっ!」
「次の第二は、柿崎和泉守景家! 中央突破の責、見事果たした! 天晴じゃ!」
「はっ」
いつもの戦であれば第一でもおかしくはない戦功。相手の中央に打ちかかり、多くの死傷者を出しながらも撃退、突破した。挙げた首も三百と多い。
「第三、第四は、高梨殿、北条殿じゃ。大義であったぞ!」
「ははっ」
「ありがたき幸せ」
(この二名は相変わらず大きな働きをしてくれている。これくらいの働きの褒賞ならすぐに見合うものを渡せる)
「戦果に応じた褒賞を! 特に大きな戦果を挙げられた本間照詮殿には、それ相応の褒賞を渡さねばならぬのう! はっはっは!」
満面の笑みを見せる為景。
しかし、内心は複雑であった。
(羽茂本間照詮。ここまでやるか?!
げにも恐ろしい。天の者では決してない! 魔の者じゃ! こやつは!
……何をもって褒賞とする? 金は出せん。こちらの懐事情は厳しい。
領地も出せん。領地を奪った訳ではない。あるとすれば、このまま進み、上杉、上条、上田長尾、揚北衆の土地を奪った所じゃ。しかし、物凄い領土となるぞ。
嫁では釣れておらん。御旗はくれてやっておる。どうしたものか……名誉的な物ならあれか……)
「よろしいですかな? 為景殿」
「お! なんじゃ?」
(まさか照詮から言ってくるとはな。何じゃろうな。あまりに無体なものであれば、はね除けるのみじゃが)
「大勝利の後、さらに進軍されると思うところでありますが、某、佐渡に戻らねばなりませぬ。ちと、怪しい動きがありましてな」
「ほ? 怪しい動き?」
(まさか、河原田と雑太か? こちらからの書を無視したというのか?
それと小僧は「進軍される」と決めつけておる。ふふ、策士よの)
「故に、今すぐ佐渡へ戻らねばなりませぬ。藤資殿からは『領地を進呈する』と約定を頂いておりますが、後からで構いませぬ。決まりましたら頂ければ幸いで御座います」
「そうであったな。佐渡に関する藤資の言葉は、儂の言葉と同じじゃ。楽しみに待っておれ」
「それともう一つだけ。・・・欲しい男がおります。」
「……誰じゃ?」
「上条方の、『宇佐美駿河守定満』で御座います」
「ほっ? そんな小物でいいのか?」
(意外なほどに小物であったわ。藤資や景家かと思うたわ)
それを聞いた戦功第二の柿崎景家は、相変わらずの低い声で口惜しそうに話した。
「宇佐美定満。俺の槍を受けて倒れたが、供の者に阻まれて止めを刺せなかった。気を失ってはいたが、運ばれていった。生きてはいるはずだ」
(景家は不満そうだ。手傷を負わせたのに命を奪えなかったことに。少なからず自軍の手の者を奪った者へ、止めを刺せなかったことに)
「そうか。なら命はあるか。身柄は貰えるな」
「上条定憲に文を出そう。宇佐美定満の命を渡せとな。大勝利の後の第一の文じゃ。造作もないことじゃ」
(欲がないというか。いや、まさか宇佐美氏の居城、枇杷島城が狙いか? 何がある?
領地は……そうじゃ! これから奪うあそこをやろう。我が長尾家に反発の強い、面倒な地域じゃ。
ふふ、小僧。まだまだ青いな!)
「うむ! 約束しよう! 越後のこれから奪う領地に加え、宇佐美定満の身柄! 楽しみにしておれ!」
「ありがとうございまする」
小僧は深々と礼をする。思った以上に素直じゃ。もっと強欲に出てもいいほどの戦果じゃと言うのに。
「儂から個人的な褒賞もやろう! 馬回りの者! 『毛氈鞍覆』を持てい!」
「な!? 御屋形様! よろしいのですか!?」
「構わん! それくらいの殊勲じゃ!」
(馬回りの従者が慌ててもってきた。何だ? もうせんくらおおい?
仰々しく持ってきたものは……何だ。馬の鞍か。赤い糸が何本も垂れ下がっている。豪華そうな鞍なのは分かるが……)
「おおおっ!」
「何と……」
(他の武将達が驚いている。え? 何? この鞍、凄いの?)
目をパチクリする羽茂本間照詮に向かって、意味を察した為景は勿体ぶって語り掛けてきた。
「これはな、守護の格式にしか許されぬ鞍覆で、毛氈鞍覆というものじゃ。儂が朝廷と将軍家に寄進したことは存じておろう。その礼として、守護代である我が長尾家にも許された特別な鞍じゃ。この朱色の鞍覆を勝手に使えば、逆賊として全国から誅殺されるほどの代物じゃ。正式にお主に譲ろう。受け取ってもらえるな?」
「は、ははー」
(まだ一人で馬に乗れないけどな。
あ、そうだ。朝廷と聞いて思い出したぞ)
「恐れながら! 某も幾分かの蓄えを得ることができました。『朝廷への寄進』の道筋、為景殿からご教授願えればと思っております!」
「ふむ、それくらい構わぬぞ」
(良かった。石鹸とかビールとか寄進してお墨付きを貰わねばな)
「では、某はこれにて失礼を……」
「お待ちくだされ!」
(俺を止める者がいる。何だ? 誰だ?)
「直江実綱で御座います。本間照詮様、此度の御殊勲、おめでとうござる。某も貴殿同様に、上条側への追撃を進言しようと思っておりました。そこで、ご無理を言う用ですが、二・三日程度だけでも、これからの進軍にお付き合いいただけませぬか? 羽茂本間様はご領地がご心配とのことでしたが、貴殿の軍はそれほど疲弊してはおらぬと聞き申す」
(何言ってんだこいつ。お前が差し向けた手の者が怪しいんだよ! )
「はは、疲れはそれほどではありませぬ。ですが、やはりまだ佐渡は不穏。加えまして、慣れぬ船旅で気分が優れぬ者が多数おりましてな。領地にて静養させようと思っておりました。故に、これ以上の進軍は厳しゅう御座います」
(殴ってやろうか。適当な言い訳で誤魔化して、とっとと帰ろう。
ん? 待てよ。ドア・イン・ザ・フェイスの手法か?)
「左様でございますか。致し方ないですな。……それでは、この度の戦を大勝利に導きになられた、『雷』の筒のことをお教え願えますか? また、一本だけでもお譲りいただけませぬか!?」
(なるほど。それが本当の狙いか。人間、一度断ると罪悪感が生まれ、二度続けては断りにくい。最初に高い要求を通して、二度目の本当の狙いの要求を言うテクニックだ。まさか戦国時代でも使う者がいるとはな。
どうしたものか)
「おおう! それは儂も思っていた所じゃ! ぜひ御教授願いたい!」
「某も!」
「そうじゃのう。長尾家に与した誼じゃ。教えてはくれぬかの?」
(為景、北条、高梨などの武将が頭を下げてきた。教えぬ訳にはいかぬか?
環塵叔父を見ると「ほどほどに伝えたらええ」という顔をした。そうだな、知ったり持ったりしたところで、使いこなせるはずもないもんな。壊れた一門を高く売りさばいてやるか)
「これは海の向こうから譲ってもらった『大砲』という物で御座る。使い方が難しいものですが、この度はうまくいき申した。某も大金を払って手に入れた物。お譲りするのは……」
「ほほう! 『大砲』!」
「金なら出そう! いくらじゃ!?」
(喰いついているな、直江実綱)
「分かり申した。ならば直江殿に、『五百貫文』(約五千万円)にてお譲りいたします」
「五、五、五百貫文!?」
「いやであれば、他の方に……」
「否! 買う! 買わせていただくぞ!」
(ヒビの入った大砲を五百貫文で譲ってやろう。良し悪しなぞ分かるはずもない。無理使いをして失敗して、暴発させてしまえ。
お前の力、削がせてもらうぞ)
「うむ! 大砲の力、素晴らしかったぞ! また見せてもらいたいものじゃ!」
長尾為景はまとめに入った。
「首を獲った者には恩賞を! 景家には儂の宝刀を遣わす! 捕虜になった者に対して、買い取り金を持参してきたなら譲り渡し、来なければ売り払って恩賞の資金に代えるぞ!」
「ははっ!」
「羽茂本間殿! 大勝利の立役者、真に感謝申す! あとは越後の者達にお任せあれ!」
「勿体のう御座いまする」
為景は厳しい顔をして立ち上がった!
「皆の者! 敵は疲弊しておる! 息の根を断つ絶好の機会じゃ! 追撃致す! 儂に続くのじゃ!!」
「おおおおおおおおおお!!!」
(千両役者だ。最後にもっていくのは、やはり為景だ。まだまだ敵わないな)
(白狼、則秋から文が届いている。河原田、やはり動いたな
トンボ帰りで佐渡に戻るぞ! 秀吉の中国大返しのような進軍だ!)
殊勲の戦勝会も束の間。
佐渡へ大急ぎで戻ります!
長尾家の野望は、さらに続きます。




