第五十六話 ~出陣式~
第六章 スタートいたします!
<越後国 直江津 町中>
ザッザッザッザッ
越後国最大の港町直江津の大路を、天魔の如き黒づくめの軍団が列を乱さず整然と進んで行く。
艶光りするほどに磨かれた上物の胴鎧、揃いの陣笠。小手、脛当てすらも統一されている。先を行く槍隊の槍は、目玉が飛び出るほどに長い! 三間(約5.4m)ほどもあるか!? こんな長さの槍など見たことがない。後ろに続く弓隊。これも大振りの上物弓か。鷲や鷹の矢羽がついた矢筒を背負い、立ち振る舞いと相まって遥か遠くまで射抜けそうに見えてしまう。僅かに覗く顔は、驚くほどに白くて溌剌として見える。
「それに、何だか良い香り・・・!」
戦国時代の世は、一か月間風呂に入らないのは当たり前。皆、垢で汚れて真っ黒だ。その中で香りのよい石鹸を使って髪や身体を洗っているのだ。京の貴族ですら驚きの白さ、香りだろう。
「どこの兵じゃ? あんな長い槍を持ってる者なぞ見たことがない」
「何でも、佐渡ヶ島から来た兵達らしいぞ?」
「何と! 先日代替わりした羽茂本間家の者達か? 何とも雅な兵達じゃのう!」
「あの肌つや。よほどいい物を食べているに違いない! 佐渡は辺鄙な国ではなかったのか?」
弓隊の後方には、先端に五寸(約15cm)ほどの穴が開いた、二間(約3.6m)ほどの細長い鉄の棒が! 六人掛かりで重そうなその鉄の塊を、台車に載せて運んでいる。それが四本も!?
「何だっ!? あれは!?」
「あの鉄の棒、何に使うものじゃろう?」
「てつはう(鉄砲)に似ているが、大きすぎる・・・ 飾りか何かだろうか?」
「あぁ。見たことがあるぞ。あれは門に使う鉄柱じゃよ。儂は京の都で見たことがあるぞ。あそこまでは長くなかったがの。京に行ったことのある儂じゃから知っておることじゃ」
「ほぅ! そうなのか!」
「いやいや、あれは門を壊す破城槌じゃないか?」
人々の感想、予測、法螺吹きの言葉が独り歩きするのも無理はなかった。
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<越後国 直江津 春日山城 城門前>
くだらん。
見た目、香りなど二の次だ。
戦に必要なのは「強さ」だ。匂いで殺せるのは、美女OLがうなじから匂わせる耽美な香りだけだ。童貞は瞬殺だ。
直江津の町民達の反応は予想通りだった。まぁ、イメージ戦略ってのもあるか。石鹸のいい香りでイメージアップだ。
「武田の赤備え」「真田の六文銭」とか、赤で統一することで「返り血で赤くなる手間を省く」=そのくらい強いぞ、という色的な心理的効果もある。闘牛も赤い布に突進するし、興奮させる効果が・・・って、あれは揺れて動く物に反応してるだけだっけ。
メガネで有名なキャッチャーが青いミットでピッチャーを集中させたり、セラピストが部屋のカーテンを緑色に変えてリラックスさせたり。集中色とか癒しの色とか、カラーコーディネートするのも悪くないかもしれん。とりあえずは黒は手入れしやすいし、目立たない色だし、夜戦にも向いてるし。柿崎景家と被るが、しばらくはこの黒色で羽茂本間軍は統一することにしよう。相手がこの「†漆黒の軍団†」を見れば、震えあがり逃げ出すくらいにな。・・・ああ、ダガーは恥ずかしい。
「やっと正門が見えてきたっちゃ」
環塵叔父が指で指し示す。長尾家の本拠地までもうすぐだ。
精強な五百の兵を従えて、俺羽茂本間対馬守照詮は春日山城の城門まで行軍してきた。
俺はいつものように、環塵叔父の馬に相乗りさせてもらっている。環塵叔父は軍監役で実質のNo.2。隣には護衛役の小島弥太郎、小間使い役の男装したレン、軍略方の兼務を任じた山本勘助が続く。槍隊長の弥彦、弓隊長の捧正義、砲術指南役のヤルノはそれぞれの隊の先頭で隊を率いている。後方からは輜重隊を任せた長谷川海太郎が、五十頭ほどの馬に荷を載せて運ばせている。食糧やテント、予備の槍や弓矢、防具、大砲の玉、医療セットなど、必要な軍事物資を運ぶ大事な役目だ。海太郎は医術にも明るい。救護隊も兼務だ。
明日の戦を前に、俺達は越後守護代従五位下長尾信濃守為景に挨拶に来ていた。
門番の兵が出迎える。ん?
「どこの兵じゃ! さっさと下馬せい! ここは長尾家の居城、春日山城であるぞ!」
あ゛?
何だ? この能無し門番は? 本間家の「十六目結」紋と、長尾家からもらった「日の丸、桐、九曜巴」の「三紋の御旗」を知らんのか? 門番なら手伝い戦に来る軍の特徴やら紋やら覚えておかんのか?
「佐渡国の羽茂本間対馬守照詮である。長尾為景殿に挨拶に参った」
「ふん、佐渡の田舎から出てきた小童か。お主なぞ役に立たんわ。さっさと帰って芋でも洗っておれ!」
・・・おいおい。
温和な俺の表情に青筋が浮かびそうになった時、
バン!
通用門から、小太り気味の初老の侍が出てきた。
「こ、こ、これは照詮殿! お待ちしておりました! ささ! どうぞ中へ!」
先日、使者として佐渡へ来た為景の懐刀、中条藤資が飛び出してきた。
「そうはいきませぬな。たった今、そこなる門番達から『帰れ』と言われ申した。某達はこれにて失礼させていただきます」
俺は環塵叔父に馬を翻させる。帰るぞマジで。
「!!? お、お、お待ちください! 大変失礼いたしました! この門番は為景様の嫡男、晴景様のお気に入りの者でして!」
「知らんな。気分が優れぬ」
「申し訳ありませぬ! この者共、今すぐ手討ちに致します! どうかご再考を!」
「なんじゃと!」
「儂らをどうにかできるのは、晴景様だけじゃぞ!」
「黙れいッ!」
温和な表情を見せていた藤資が、悪辣な門番に対して烈火の如く怒りを露わにした。そりゃ歴戦の将だもんな。途端にヘラヘラしていた4人の門番はベタッとだらしなく尻もちをついた。
「お主ら! この戦に出ぬと思いいい加減にしおって! 命を懸けてこの長尾家と共に戦うが為、海を渡ってきてくださった本間様に向かってのその態度! 断じて許せぬ! そこへ直れ! 我が刀の錆にしてくれる!」
「ひぃッ!」
火達磨状態だ。もう4人の門番はガタガタと震えて動くことすらできない。
そうだな、いい考えがある。俺は馬から下りて藤資に話しかけた。
「まあまあ、藤資殿。お怒りをお鎮めくだされ。この者達の処遇、某にお任せいただけるのであれば、佐渡に帰るのは止めにいたしますぞ」
「! 誠に御座いますか!」
「武士に二言は御座らん。時間も惜しい。中に入らせていただきますぞ」
俺は邪悪な笑顔で藤資を窘めて城門をくぐった。
晴景の手下共。命を失う危険が及ばない、権力の傘下で庇護されていると勘違いしているから増長しているのだ。戦が近いのに、命をただ消すのは勿体ない。同じ消すなら戦で消させるのが一番だ。
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<越後国 直江津 春日山城 評定の間>
「おおう! 照詮殿! 『男子三日会わざれば、刮目して相待す』と言うが、人が変わったようじゃのう! よく来てくださった! 心強いぞ!」
「ははっ。幼さ故に、成長が早う御座います。長尾家の為、佐渡から五百の兵を引き連れて参りました。御助力させていただきますぞ」
春日山城城主長尾為景は、相変わらずの口髭ダンディーな様子で俺を出迎えた。
明日に戦をひかえ、胴鎧、鉢金、小手脛当てとフル装備だ。出陣式の評定の間。同じ場にいる武将達、柿崎景家も同様に戦衣装だ。命のやり取りの前でピリピリしたムードの評定の間だが、そこは乱世の妖雄、長尾為景。笑顔で場を取り仕切っている。流石の大物だな。
「『三紋の御旗』。使ってくれて嬉しいぞ。それに新たな幟旗の文言が『轟襲滅進』と聞いたぞ! これはまた強そうじゃ!」
為景が部下から俺の軍の幟旗の文言を聞いていたようだ。さすがに抜け目ないな。
「ははっ。某の軍、少々『雷』を用いて轟きますが故。皆が驚かぬように先に伝えさせていただきまする」
「なんと、『雷』とはな! 誠であれば頼もしい! いや、『雷の如き勢い』という喩えかな? 何にせよ楽しみじゃ! 共に上杉、上条、揚北衆を滅して進もうぞ!」
「承知仕りました。陣立ての末席に加えさせていただきまする」
「轟襲滅進」は、俺が考えた幟旗の文言だ。戦国時代で有名なのは、武田信玄の「風林火山」とか石田三成の「大一大万大吉」とか謙信の「毘」とかあるが、この文言はこれから覇道を突き進むにあたって創作した俺の決意の証でもある。題字は環塵叔父に書いてもらった。俺はこの旗を使い、戦乱の世を暴れさせてもらうぞ!
「それと、門番をしていた四名の者が『我らに先陣を』と申しておりました故、お知らせいたしまする。真っ先に矢を受けて華々しく散る役を引き受けるとは! 武士の誉れでありますな。天晴ですな!」
「ほほう、そうか。ならば、開戦前の口合戦(相手の悪口を言い合って非難する言葉合戦)の後に進ませよう」
あの4人の死は、両軍にとって規定路線となった。まあ、同じ死ぬなら少しは役に立ってもらわんとな。
「お待ちください、真でありますか!?」
「何じゃ晴景? 羽茂本間殿はこのような場で冗談を言う御方ではないぞ。下がれ」
「・・・はっ」
何だ? この青っちょろいボンボンは? 戦前に部下すら統制できぬ者が口なんか出すな。
「では、『一に打ち鮑、二に勝栗、三に昆布』。縁起物はそろった! 皆の者、明日の戦、必勝じゃ! 鬨をあげよ! 行くぞ!」
「曵、曵、応ッ!」
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「忠告だ。明日は俺の前に立つな。我が槍で全て貫くからな」
柿崎景家から一言だけ忠告された。相変わらず先陣を切るか。猛将ぶりは健在だな。
「そっちこそ、雷の邪魔をするなよ。味方同士、足は引っ張りあいたくはないからな」
左額の星型傷が疼く。他の者がブルブル震えるほど恐れる景家だが、俺にとってはただの男だ。軽口も出るさ。
さて、直江津の館に戻って鋭気を養うか。
出陣式を終えて移動しようとする俺。
「本間照詮殿、お待ちください」
ん?
何だ、青瓢箪の晴景か。我が羽茂本間を混乱させようと画策している当事者という調べはついている。本来なら殴り飛ばしたいところだが、しょうがないから我慢していた。無視を決め込んでいたのだが、向こうから話しかけてくるなら答えん訳にはいかんな。
「何でしょう? 晴景殿」
「門番の四名は儂の子飼いでしてな。失うには惜しい者達でした。断腸の思いでしてな」
何だこいつ? あんなチンピラ達が惜しい? 脳味噌湧いてんじゃないのか?
「つきましては、そこの見目麗しい小姓を、儂に頂けますかな?」
青瓢箪は、何と男装しているレンを見て欲しいと言っている。うわ、こいつ衆道だわ。男好きだわ。
というか、戦国時代に衆道は付き物か。戦場に女を連れていくと汚れるとかで、小姓の尻の穴を堪能していたとか聞いたが。
「いや? このレン・・・蓮丸は某のお気に入りでしてな。無理で御座る」
「ほほう? 越後国守護代、長尾為景の嫡男である儂の言葉に従わぬとは。次の越後の国主ですぞ? 佐渡国と引き換えにしても、そこな小姓を守るというのかな?」
あ゛ん? 喧嘩を売ってんのか?
買ってやろうじゃないか。
「はは、お戯れを。為景殿は実力で越後守護代となられておる御方。貴殿のように血筋のみで国を担おうとしているのでは御座らん。それに、佐渡国も蓮丸も、貴殿のものでは御座らん。某のもので御座る。まあ、たとえ佐渡を失うとしても、蓮丸は渡せませんがな!」
「「!!??」」
周囲にいた人物達は、俺の言葉をしっかりと聞いていたようだ。口をパカッと開けて、「信じられない」という表情でこちらを凝視している。どうということはないぞ。
「それでは、明日の戦、華々しくいきましょうぞ。あぁ、晴景殿は春日山城の警護でしたな。お役目ご苦労様に御座います。それでは失礼仕ります」
プルプル震える長尾家嫡男。その横を大股で通り抜ける。
レンがほしい? ふざけるな! 通るかっ! そんなもん!!
「しょ、照詮・・・ ありがとだっちゃ。うち、嬉しかったっちゃ・・・」
「俺から離れるなよ。レン。明日の戦、絶対に勝つぞ」
「気合が入っちょるの、照詮。一皮剥けたようじゃな。明日が楽しみじゃ」
環塵叔父は、いつものように青ひげを掻きながら他人事のように話す。一応、羽茂本間のNo.2なんだから、もうちょいシャキっとして欲しい所だが。まぁ、それを含めて叔父の魅力か。
「おれ、ぜったいに、しょうせんまもる。まがせろ」
「そうならないようにするつもりだがな。いざという時は頼むぞ、弥太郎」
絶対的な護衛の弥太郎。俺の身の安全が保障されているのは弥太郎のおかげだ。本当に有難い。
「流石でした。対馬守様! 歴戦の武将、長尾家の面々と対等・・・ 否! それ以上の立ち振る舞い! 某、感服いたしました」
「山本勘助にそう言われると、こそばゆいな。軍略方と大砲隊の指揮、頼むぞ」
「はっ!」
山本勘助は、戦国時代指折りの名軍師だ。傍にいて味方してくれるのは本当に嬉しい。
時は五月。
越後の命運を決める「三分一原の戦い」が、いよいよ明日に迫っていた。
温かいご支援、応援、ありがとうございます\( 'ω')/!
初っ端から飛ばしていきます!
晴景との対決姿勢は、明確となりました。
明日の戦、ぶっ飛ばします。
※追記 「大一大万大吉」は秀吉ではなく石田三成でした。うっかりしてました!
すいません。訂正しました。




