第四十九話 ~課題山積みの農業改革~
<佐渡国 羽茂郡 千手村>
見知った竹林、見知った川、見知った谷。
初めて見たときには、恐れ恨んだ場所。しかし、今では俺の故郷と言える場所。
俺は、環塵叔父達と共に、千手村へ戻ってきた。
則秋達と作った囮の櫓、糞野郎共を誅殺した落とし穴の跡地が見える。死体を片付けた後は塩を撒き清め、空地や道となっている。数か月前にここで戦があったとは思えないほどに静かだ。
草の背が俺の腰あたりまで伸びてきている。青い金襴草、黄色い蛇苺、薄紫色の立壺菫の花達が、季節は春だと告げている。前世で父とバードウォッチングした際に名前を教えてもらったっけ。何故か今頃になって思い出した。
村の入口の門に差し掛かった。物々しい警備役の兵が十名ほど。しっかりと役割を果たしているようだ。
「止まれぃ! その方ら何者・・・ って、照詮様に環塵和尚!? これは失礼致しました!!!」
「よい。役割をしっかり果たしているようで何よりじゃ。通してくれ」
「はは! さすればどうぞ! と、この場合勘合符は・・・」
「当然、必要じゃ。何者においても勘合符を照覧せよ。勿論、領主の俺でもな」
「はっ! 失礼いたします!」
俺は弥太郎に勘合符を出させた。そして千手村の番兵と合わせさせた。この千手村は金塊が出る秘匿中の秘匿の村。セキュリティーは、霊長類最強女子のビームに加えて、ミスタージャ〇アンツしてますか?くらいしても足らないくらいだ。
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<佐渡国 羽茂郡 千手村 村長屋敷>
「うまい!」
「照詮坊が来てくれてうれしいっちゃ。たんとお食べ」
村長を頼んだ吾作おじ、キョウおばが茸の味噌汁を用意してくれていた。俺は優しく懐かしい味に舌鼓を打つ。ボロボロになった俺の身体を癒してくれた味だ。体の隅々にまで旨さが染み渡り、活力が流れ込んでくる気がする。
キョウおばの特製味噌汁を堪能した後に村の様子を聞くと、やはりといった様子だった。
「そうか。先月は二人、今月も一人間者が入っていたか」
「そうだっちゃ。兵と黒蜘蛛、紫鹿の手の者が見つけて処分したそうだっちゃ」
他国の密偵、間者がここ千手村に度々入り込んできている。金塊はもちろん、ここでは秘密の工場も制作中だ。知られてはならんことが多い。佐渡は島国だけに港に来るものはチェックできるが、夜陰に紛れてやってくる小舟を全て見つけることは、外灯に群がる蛾を打ち払うより難しい。何しろ、この外灯は消せないのだ。
「必要ならさらに兵を増やそう。羽茂城が南佐渡の頭脳とすれば、この村は南佐渡の心臓部じゃ。頼むぞ」
「えれぇことになっちゃまったなぁ。余り無理せんとき。まぁ、オラたちは柿をまた作れて嬉しいっちゃ」
「そうそう! 吾作おじ、キョウおばの干し柿、信長に大好評だったそうじゃ! また送って欲しいとせっつかれておる。毎年送るで、頼むな!」
「ほほ、誰かよう分からんが喜んでくれるとは嬉しいこっちゃ。やるべか、キョウや」
「やるべさ、吾作」
吉法師こと信長へ送ったおけさ柿は大好評だった。味の濃い物を好むって本当だったんだな。柿の木は斎藤の糞野郎にへし折られたものが多かったが、傷ついたがまだ実のなる木、接ぎ木すればいい木などがあるようだった。新しい木を育てるのも大仕事だ。村の皆に任せて、『おけさ柿』をさらに収穫できるようにしてもらおう。
「種籾を塩に漬けて選別する『塩水選』についてはどうじゃ?」
「んー、皆はあまり乗り気じゃないのう。『塩に漬けたら芽が出なくなる!』とか、『そんな塩があるなら漬け物を作る』とかで」
「そうか、無理強いはできんな。やりたい者だけにやらせるとか、一部塩水選をした苗と他を比べてみて収穫量を見るとかしてくれないか?」
「わかったっちゃ。じゃが、本当に良くなるのかのう?」
『塩水選』は、俺が知ってる数少ない農作物の収穫量を増やす手法の一つだ。塩水につけて沈んだものが重くていい種籾で、浮いたものは中身が軽い種籾。それで合ってるはずなんだけど。
塩分の割合とか、その後に塩を洗い流すのかどうなのか、どれくらいの効果があるかは未知数だ。そして塩は貴重品。よく分からない物に使うくらいなら、生活の足しにした方がいいと思うのも無理はない。塩水選したもの、してない物だけの条件だけを変えて普通に育てて、有意差が出れば続ける。有意差がなければ塩分の濃度を変えて来年、といった感じか。
あとは、ダッ〇ュ村でやってた合鴨農法とか、肥料をやることとか、連作障害を防ぐための輪作とかか。この辺はどうなんだろうかな? まあ試験的に導入してもらおう。劇的に良くなる可能性もある。
これらをひっくるめて試すために、農業試験場みたいな所を建設中だ。人を入れて、色々試さねばならんな。
「しかし、干し椎茸。これが貴重品だとはな」
「椎茸は祝い事の吸い物などに使う物だっちゃ。精進料理の出汁取りにも欠かせん。高く売り買いされとるっちゃ」
環塵叔父に椎茸が高級品と聞いてビックリした。現代じゃ普通にスーパーで売ってるものだし。逆に松茸が安物。たくさん獲れるし出汁がでないからだと言う。パラダイムシフトもいいところだ。
佐渡の山は椎茸が結構獲れる。現代でも佐渡の椎茸は有名だ。干して乾かせばかなりの高級品。「森のアワビ」とか言われているくらいだ。たくさん獲れればいいので「椎茸なんて、原木に傷つけて菌を移せば養殖できるんじゃないか?」と言ったら、爺婆に笑われた。どうやらそんな簡単じゃないみたいだ。あれ? 昔、森に椎茸作りの枕木みたいなのが重なってたけど、それだけじゃダメなのか。
「まぁ、言うなれば椎茸は嗜好品だ。日頃から食べる食材ではない。それよりも米や魚などの方が重要だ。金は金塊で手に入る。躍起になって養殖を成功させることもなかろう」
秋の偶然の楽しみくらいにしておいていいか。農業試験場ができたら、試行錯誤を重ねてもらうくらいかな? それよりも米や麦の品種改良とかのが重要だろう。そして、うまく行った事は他国に知らせることはできない。守秘義務が発生する。農業改革の道は険しいな。
あとは、南蛮交易によってトマトやカボチャ、トウモロコシやサツマイモなどの苗を仕入れることか。サトウキビは気候的に無理だが、テンサイならいけるかもしれない。寒ければ寒いほど甘くなるから。あーでも甘くなるように品種改良されてないかも?
「不自由をかけるが、吾作おじ、キョウおば。頼むぞ」
「分かったっちゃ。千手村から領主様が出て、皆も大喜びしてるっちゃ。村のモンは皆、照詮坊の味方じゃ。うんと甘えるがええ」
「助かるわ。ありがとな」
おじ、おばの笑顔は何よりの癒しだ。俺はこの人たちを守るために全力を尽くそう。
「そういえば、モスクワから来た三人はどうしてる?」
「おうおう。それが奇怪な物を作っておるでの・・・」
どうやら、面白い報告が聞けそうだ。
読者のスペクトラルさんからの情報です。
>椎茸の養殖に関して考察することは昔からあったけど養殖化できるようになったのは、菌糸を植え付けた後に乾燥させないように蝋燭などの蝋で蓋をする事が重要だった。
今まで椎茸の養殖にチャレンジした人が多くが失敗して成功した分岐点が、蝋で蓋をする事だったのだと思う。
椎茸の養殖に関してはドングリを菌床にして栽培する動画を参考にして原木栽培すればいいのではと思う。
原木栽培で原木を1日水に浸け菌糸に刺激を与えると効率が良くなる。
んーどうやら主人公が何もないところから椎茸の養殖を成功させるのは簡単ではなさそうです。
見たことはあるので、不可能ではないと思っていることが救いでしょうか。
合鴨農法は害虫駆除に加えて羽毛も鳥肉も手に入る一石二鳥のアイディアですね。次話で生きてきそうです。
テンサイに関して。
紀元前6世紀頃から栽培されていたそうですが、根よりは葉を食べるために栽培されていたそうです。
「18世紀末から始まった育種により、1%以下だった根中糖分が現在では20%近くにまでなり、収量も高くなった。」(wiki様より)
故に、スーパー種を見つけない限り16世紀のこの頃にはテンサイから砂糖を採ることは中々にハードルが高そうです。砂糖欲しいなあ。




