第四十八話 ~漁と蒲鉾~
<佐渡国 羽茂郡 赤泊港>
「おお~い! 七左衛門じい~!」
俺はキャラック船のタラップを下りながら、赤泊港で前回と同様に待ち構えていた村人達に向かって手を大きく振った。向こうも俺に気づいたようだ。ギュっと握りしめていたであろう棒や熊手のような物を、今度は頭よりも高く掲げて振ってくれている。歓迎されるっていい気分だ。
俺は、サッと着物を翻して岸に降り立った。弥太郎、環塵叔父、三十名ほどの供もそれに続く。
久しぶりの佐渡の陸地は嬉しいな。
「おお、真に照詮様! 照詮様じゃ!」
村人達は羽茂領主になった俺のことを、知らせで聞いていたようだ。忙しくてなかなか来れなかったが、赤泊は度々、直江津と千手村への橋渡しをしてくれて助かった。無事領主になったことで、赤泊にはこれまで以上に手をかけることができる。
「七左衛門じい! 村の者達! 出迎え感謝するぞ!」
「空海屋の船かと思ったら、奇怪な船が寄せてくるでのう。念のために皆で向かったら照詮様じゃて。安堵しましたわ!」
「ああ。あれは『キャラック』と言って、南蛮人の船じゃ。その向こうは明の『ジャンク船』。赤泊の港にも、港の深さや条件がそろえば度々来る予定じゃ。便宜を図ってほしい。よろしく頼むぞ」
多くの日本人が初めてみるであろう南蛮船。
和船とは何もかも違う。
和船は、杉などの長い一枚板を鉄の大釘を使って張り合わせている。言うなれば蓋の無い大きな桶だ。千石船とか弁才船とか聞いたことがあるし、樽廻船と菱垣廻船はゲームでも使っていた。港にある船はそれよりも簡素な感じ。多分、そこまで時代が進んでいないのだろう。マストも帆も1つ。長さは15mくらい。沿岸航行向けだ。
一方、キャラックなどの洋船は外洋向け。波が来ても沈まないように船底が丸くなっており、木材を二重以上に張り合わせて船体を作っている。よろい張りというらしい。船体の中は空洞で密閉されていることから、蓋のついた樽のような作りだ。この「スレイプニール号」は、全長40m。マスト3本に、四角帆が2枚に三角帆が1枚。状況に応じて帆を3つとも三角にしたりもできる。四角い帆なら追い風に強くて、三角の帆なら追い風はもちろん、向かい風にもタッキングを使って行きたい方向に進める。どうして知ってるかって? 海のゲームやろうぜ。
赤泊まで来たが、船底が深いキャラック船は乗揚げ事故が怖いために赤泊港の奥までは来ていない。柏崎水軍の新人を大将として、これから捧正義、山本勘助と一緒に小木の港へ向かわせる。小木は佐渡でも二見港と並ぶ一大港だ。そこでしばらくは船のこと、大砲のこと、南蛮のことを聞いてもらうことにしている。南蛮人の扱いはロシア人と同じように客人相当。監視は外せないけどな。
「して、この度はどういったことで赤泊へ?」
「うむ、漁を頑張ってほしいと思ってな。新しい漁船を5隻と、人員を二十名、直江津から連れてきた。そして、このジャンク船を1つ赤泊に留め置く。取れた魚や、これから作ってもらう『魚油』『干鰯』『蒲鉾』『干し魚』をジャンジャン運んでほしい」
「人員は嬉しいですな。赤泊が賑やかになります。魚はたくさん獲れることでしょう。ただ、『干し魚』などは分かりますが、『魚油』に『蒲鉾』ですか・・・?」
「うむ。色々用途がある。そして、蒲鉾が喰いたいのだ!」
佐渡の海は、寒流と暖流が交じり合う良質の漁場だ。波も穏やかだし、佐渡の山や森から出るミネラル分がエサとなる小魚やエビを育て、さらにたくさんの魚達がやってくる。豚や牛を食べることが一般的ではない戦国時代に、魚は貴重なタンパク源となるはずだ。それに健康にも良くて賢くなると言われるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)も豊富だ。領民が一日一食は魚を食べるくらいに漁獲量を増やしたい。
さらに、イワシなどの魚を茹でて、絞って出る『魚油』はこの時代の貴重な油だ。匂いがきついのが難点だが、食用にしてもいいし、灯りに使ってもいい。冬の寒さ凌ぎや塩作りの燃料に使ってもいい。また、この時代に一般的ではない『揚げ料理』にも使えるであろう。匂いさえなんとかすれば、ターニャ達が作っている『石鹸』の材料にもなるかもしれない。牛は増やそうとしているが、まだ頭数は足りていないからな。
そして、魚油を絞った後の『粕』は、乾かして肥料にして畑にまく。綿花栽培とかに使った『干鰯』は中学の江戸時代の歴史で習ったから知っている。米の裏作などで大麦だけでなく小麦や菜の花、葉物野菜などの栽培も進めていけるだろう。どれくらい効果があるとか、いつ頃撒けばいいかとかは知らないから、やってもらって試してもらわないといけないが。
『干し魚』は保存食だ。塩を多く使うが、小比叡でも塩田を使って多く作れるようになってきているし、ここ赤泊周辺でも作ってもらうつもりだ。甲斐の武田晴信に贈った干し魚は想像以上に喜んでもらえたようだ。晴信からも甘利虎泰という人からも、「これでもか」というくらい感謝の気持ちが伝えられてきた。信濃とか甲斐とか、海のない地域を中心に売りつけよう。
「かまぼこ・・・ 果たしてうまくできますかな?」
「んー、俺もよく知らないけど、白身魚とかあまり使えない魚とかを潰して、塩を混ぜて茹でたりすればいいんじゃないか? あと板に乗せて蒸すとか、棒にくっ付けて焼いて『ちくわ』にするとか?」
「ふむふむ。ですが、何分にも場所と労力が・・・」
「大丈夫じゃ! 足りなければドンドン連れてくるぞ! 治安の方も俺が保証する。それと赤泊は小木と小比叡同様に俺の直轄地とさせてもらおう。狼藉者や反逆者は玉潰しの後、晒し首じゃ!」
「ひぃ! そうでした!!!」
俺が悪臣、悪民に行った苛烈な処遇は、日本各地に広まっている。無論、佐渡国内に響き渡っていない訳はない。人が食べるために困っている時代だから、人手は余っている。この赤泊を一大漁港として、国内の食糧事情をよくしていくぞ。
「分かりました。蒲鉾、やってみましょう。ただ、何分にも初の試み。時間がかかるやも・・・」
「うむ。それは問題ない。漁以外のものに関しては、今年一年間の税を免じよう。思う存分やってくれ! 男達が漁に出て、女達で魚油や蒲鉾、干し魚作りとか工夫をしてくれれば嬉しいな。七左衛門や赤泊の者達にしか頼めん仕事じゃ。頼む」
「しょ、照詮様! ご領主が頭を下げるなど勿体ない! お任せくだされ!」
慌てて七左衛門が了解してくれた。誰だって、初めてのことは二の足を踏みやすい。多少力づくではあるが、引き受けてもらうことも大事だ。そしてケツは持つ。責任は俺にあるのだ。
「あぁ、あとイカを取るとき夜にかがり火を焚いて漁をするとたくさん獲れるみたいだ。やってみてくれ」
「ははっ!」
イカ焼き、イカソーメン、イカリングも美味しいもんな。
魚群探知機や特別な漁法とか知らないから、文字通りの人海戦術で漁獲量を増やす作戦だ。養殖やサケマス孵化場とかも考えたけど、やり方が分からん。網とかもバンバン渡してとにかく魚を獲りまくってもらおう。大きな船ができたら、佐渡の北の海にも漁場を広げていこう。お魚天国作戦だ!
うん。蒲鉾が食いたいが為にやっている訳ではないぞ。佐渡の皆の為にやってるのだ。
・・・でも、あのプリプリとした食感、竹輪でもはんぺんでもさつま揚げでもいい。砂糖が手に入ったら、『すり身』にして鍋に入れよう。カニを混ぜたりエビを混ぜたり、旨いだろうなあ。あー蒲鉾に醤油を付けてもいいな。味噌はあるけど醤油はない。味噌を作る途中で醤油って作られるんだっけ? 味噌職人に聞いてみようかな?
お魚天国作戦が発令されました。
強い身体はよい食事から。
「食べるにぼし」を食べながら書きました。
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