第四十六話 ~ポルトガル~
<越後国 日本海 柏崎 沿岸>
「俺達、どうなっちまうんだろう? あぁ! こんなことならカリカットのハリシャちゃんにもっと愛を語らっておけばよかった! あぁ、あとジャカルタのフィラちゃんにも・・・、あ、セビリアのフェリシアちゃんも・・・」
「ロブロイ、いい加減にしろ」
厳格なヤルノがロブロイを嗜める。今、私達4人は倭寇の親玉の船に乗せられて移動中だ。行き着く先は奴隷小屋か拷問部屋か。碌な未来は待ってはいないだろう。声が出せるだけマシというものか。
「ヴォルフ。さっきの話では何と言ってたんだ?」
「んー、現地の人の言葉を初めて聞いたから間違ってる可能性もあるけど、あそこにいる子どもが俺達を買ったらしい。さっき見たドデカイ金塊で。」
「あぁ、ありゃビックリしたな。あんな金塊、モガディシオでもキルワでも見たことないぜ」
驚くロブロイ。
「黄金郷・・・本当にあったんだな・・・」
私も心底驚いた。
おとぎ話だと思っていた。船乗りにありがちな与太話だと、話半分も信じていなかった。だが、まさか現実だったとは・・・
「金塊も驚いたけど、日出国ってのは、子どもが領主なのかい? どう見ても10才にもなってないじゃないか」
セシリアが口を開いた。体力消費を極力少なくするためか身動きも言葉もほぼなかったが、私達の言葉に反応した。
「いや、それは違う。あの子どもが異常なだけだろう。リスボンからケープ岬、ゴア、ジャカルタ、マニラ、澳門と世界を巡ってきたが、あんな子は見たことない。もしかしたら、皇帝の王子ではないか?」
「レイリッタのその予想は、十分にありうるな。『マリ帝国にいたマンサ・ムーア王という大富豪。その子どもは、町一つを即金で買った』、という逸話を聞いたことがある」
「・・・だけど、『コクシュ』って聞こえたよ。地方主とか、司令官とか、領主とかいう意味だ。多分、あの子自身が『領主』だ」
「えええ!?」
ヴォルフの言葉にまた驚いた。言葉を覚えてくれていたのはとても助かる。もしかしたらヴォルフの通訳を通じて、道が開けるかもしれない。私は、少しだけ見えた希望の光に期待を寄せた。
「とりあえず、ここで仮定の話ばかりしていても仕方ない。ヴォルフの交渉術で、何とか命の保障だけは取り付けてもらいたい。・・・数年の奴隷生活は覚悟している。頼んだぞ」
「うぅ・・・責任重大だよ。ラムでも飲めば勇気が湧きそうなもんだけどな」
「アタシの剣があれば、こいつらなんて蹴散らしてみせるんだけどな。・・・って、無理か。あの子どもの傍にいるヒキガエルみたいな男、とんでもないバケモノだよ。私の腕でも良くて相討ちかね。世の中は広いねえ」
セシリアの言葉を聞いて、皆が押し黙ってしまった。海賊との一騎打ちでは百戦百勝。海軍の軍事教官を軽く凌駕するセシリアの腕でも相討ちとは。
武力ではダメだ。こうなると、こちらの使えるカードは限られている。港でのやり取りに全ての勝負がかかっている。船長の私が責任を持とう。何とか4人の命だけは救ってみせる。
<越後国 柏崎 鯨波砦 首領の館>
さて、砦についたぞ。
俺は皆と一緒に「鯨の新人」の根城にいる。
ヨーロッパ人を明の密売商人から買ったのは、慈善事業でも何でもない。俺の野望を叶えるためだ。せっかくキャラックが手に入ったとしても、操船技術は教えてもらわねば時間がかかる。そして何より南蛮交易の道を拓くことが最重要項目だ。
外はもう夜中だ。灯し油のみの薄暗い明りの中、縄に縛られた5人のヨーロッパ人と話す場を作った。基本的に俺が話を進める。予想が当たってくれてるといいんだがな。
「じゃあ、話を進めよう。お主らの中に日本語ができる者がいるだろう? 誰だ?」
俺の言葉に耳を傾けていた黒髪で彫りの深いヨーロッパ男が、おずおずと手を挙げた。やはり言葉を知っていたな。
「やはりな。俺は佐渡国の南、羽茂郡を治める、本間照詮だ。まずは、お主らの名と国、首領は誰かを教えてもらおう」
日本語が分かるらしいその男は、真後ろにいた金髪碧眼の女に話しかけた。その女がリーダーか。確かに小綺麗な提督服を身に纏っている。男は、リーダーらしき女と二言三言喋ると、頷きあってこちらを向いた。
「ワタシ、ヴォルフ。センチョウ、レイリッタ、ワタシ、タチ、Portugal」
「!? おおお!? ポルトガル!?」
「Sim・・・ ハ、ハイ。Portugal」
やった! ポルトガル人だ!
ザビエルやらカブラルやら大航海時代の中心! 戦国時代に種子島に鉄砲をもたらしたと有名な! コンペイトウ、カルタ、パン、カステラ。ポルトガル語から来たと言われる言葉は数多く残っている! ・・・だが、俺の喜びは別の所にある!
「ポルトガル! リスボン! 砂糖!」
嬉しい! そう、ポルトガルだ! ゲームで何百、何千時間も過ごした俺の魂の母国だ。嬉しい・・・涙が出そうだ。・・・はっ、いかんいかん。私情は禁物だ。
「リスボン」と聞いてビクッとなった5人。ああ、知ってるのは意外だろうな。
「縄を解け」
「え? いいんですかい?」
新人は思ってもなかったことを言われて、間抜けな声を出した。
「ポルトガル人となれば、正式な交易を結べる相手だ。彼らの身柄は今は俺にあるが、南蛮からの力を取り入れるためにうまく動かしたい。外国人を厚遇していることを伝えたい」
それに、ここから逃げても逃げ切れるもんじゃない。助けなど来ない。餓死するのがオチだ。
新人は、手下に命じて縄を切らせた。ポルトガル人の5人は拘束を解かれたことに少しだけほっとしている様子だ。
「俺は、佐渡の発展、国力増強、そして俺の野望を叶えるために、ポルトガルと交易がしたい。進んだ知識・技術力を運び、伝えてほしい! 力を貸してほしい!」
って言ったが、通訳役の男はちょっと理解できなかったようだ。いかん、難しい言葉を羅列してしまった。
「ショウバイ、ウリカイ」
右手で金塊を持って、左手で布を持った。真ん中に二つの物を運んできてその場に置いて、握手。そして物を交換して移動する。そんな身振り手振りを入れてみた。分かるかな?
ボソボソ
それを見た金髪碧眼の女は、内ポケットにゴソゴソと手を入れると、何やら取り出したようだ。年の頃は二十五前後だろうか? 超絶美少女のナーシャとかに比べると取り立てて美人ということはないが、瞳の奥底からは多くの修羅場をくぐり抜けてきたであろう強い意志を感じる。
「xxxxx、xxx。レイリッタ。xxxx、xxxx」
ぎこちない笑顔と言葉で、俺の方に向かって何かを差し出してきた。何だろう?
気になって近づこうとする俺・・・
あっ! いかん!!
俺は歩みを止めた。近づくのは危険だ!
この5人が今、自由を手にするための最善の方法は、この俺を人質に取ることだ。
大好きなポルトガルと聞いて心を許していたが、彼らにとってこれ以上の選択肢はない。俺には守るべき者が多すぎる。考えすぎかもしれないが、短絡的な思考、浅慮は厳禁だ。できる限り安全策、リスクの少ない選択肢を取るべきだ。
「正義、受け取ってきてくれ」
弓隊長の捧正義に頼んだ。正義も替えの利かない重要な副将だが、俺の命には代えられない。正義は頷くと、一歩、また一歩と女に近づいた。大丈夫だと思うけどな・・・
正義はすり足で女の前まで近づいた。そして、女の手が届く場所まで行くと、恐る恐る何かを受け取った。
正義はその何かを持って数歩あとずさり。そしてそれを見た。すると・・・
「な、なんじゃこりゃあああ!?」
この世の物とは思われない驚き方をした! 何だ?! 何をもらったんだ!?
「ぎょ、玉じゃ! 真円の玉じゃ! 何と美しいのじゃ!」
恍惚の表情で、手にもったソレを俺に見せてきた。他の者達も目を丸くしてソレを見ている!
「おおお!!」
「何という美しさ!!」
「小粒ながら、こんなに素晴らしい水晶は見たことないぞ!」
どれどれ・・・おお、本当だ! 親指大くらいだが、美しい装飾が入っていたり、曇りなく透き通っていたりする、欠けることのない真円の玉! 素晴らしい・・・
・・・って、何だ。ビー玉、トンボ玉じゃないか。
百均でニ十個は買える子どもの遊び道具だ。何をそんなに有難がってんだ・・・
ああ! そうか!
ガラスは日本じゃ作られてない。ガラスの製法は伝わっていないからだ。ペルシャから伝わったガラスのコップが国宝として正倉院に入ってるって社会で勉強したわ。
南蛮交易じゃ、トンボ玉が交換比率よかったもんな。こりゃ納得だわ。
俺にとってみれば見飽きた物だが、日本じゃ金と同じ価値、いやそれ以上かもしれん。そう、これだよ! 南蛮交易の魅力は! フフフ・・・
(何なの? この子どもは!? アジアじゃ宝石より高く取引されるトンボ玉を見てまったく驚かない! それどころか、凄く悪い顔をしている! まるでカリカットにいた意地悪強欲ジジイみたい!)
レイリッタは底知れぬ異国の領主に怯えた。セシリアも剣があれば死ぬ覚悟で討ちかかっていたことだろう。それくらいこの子どもは特異すぎる。得体が知れない。
「素敵な贈り物をありがとう。俺以外にとっては、とても素晴らしい物だ。今日の所は食事を摂って休んでほしい。念のため監視はつけさせてもらうけどな。奴隷とかひどい扱いはしない。君たちは非常に大事な客人だ」
話は半分も伝わっていないだろう。だが、笑顔を見せれば仲良くなれるさ。笑顔は金と同じく万国共通だ。敵意はない。ただ、役に立ってもらいたいだけだ。
ポルトガルの5人とは、とても素敵な会合を持てた。言葉が分かる者がいるのは僥倖だ。船の作り方、使い方、知っている技術などを教えてもらおう。佐渡とポルトガルとを結ぶための、大事な客人達だ。丁重にもてなさねばな。
筆者は、ポルトガル語は分かりません。
冒頭部や一行が括弧内で考えている部分は、「ポルトガル語で考えてる、話している」と心の眼で読んでいただけると幸いです(*´ω`)
ビー玉やトンボ玉は高値で取引されていたようです。美術的な価値や、呪術的な宝具、お守りとしても重宝されたようです。南蛮交易の魅力を十二分に発揮して、戦国の世をリードしていきたいと主人公は考えています。
もちろん、最新式の火器も導入していきます。




