第四十五話 ~尖り岩の取引~
<能登国 能登半島 北の沖合 尖り岩>
騙されたッ!
子供騙しの手にまんまと引っ掛かってしまった!
「倭寇は怖いですからね。お任せください」なぞの甘言に乗せられたっ。クソッ、功を逸り確認を怠った自分の迂闊さが疎ましい!
澳門の明商人に「日出国との貿易がある」と誘いをかけられた。明は海禁令があるため、表立って私船での他国との交易は禁じられている。故に当然の如く密貿易だ。話を持ち掛けてきた案内役に多めの金を払ったため、「大丈夫だろう」と気を許してしまった。「気を付けないといけないですね。おたくのような南蛮人を騙す案内人もいますから」と親切顔で言われた言葉を信じてしまった! お前こそ騙す案内人ではないか!
我がポルトガルが日出国と交易するための門を、私が最初に開くことができる! という名誉欲に駆られ、行き急いでしまった。
稼ぎのほとんどをつぎ込んで買ったキャラック。男の言う「日ノ本への道に長けた船員」と呼ばれた五十数名の者達は、全て悪人の一味。寝込みを襲われ、ゴアから連れてきた熟練のポルトガル船員三十名は皆殺しに遭った。
既に甲板の上は完全に占拠されてしまっている。船長の私を含め、副船長のヤルノ、一等航海士のロブロイ、セシリア、ヴォルフハルトは既に明の密売商の手先に捕まってしまった……
「私達をこれから、どうするつもりだ!?」
密売商の親玉らしき腹の出たハゲ面中年を睨む。通訳らしき目の細い明梅という女がボソボソと親玉に話す。するとそいつは下卑た笑いを浮かべながらその通訳に話した。だいぶ状況は悪そうだ。
「オマエタチ、倭寇ニ、ヒキワタス。ソノサキ、シラナイ」
倭寇に!? こちらの戦力に構わず、どんな船にも向かってくる極悪非道な海賊集団に!?
異国の人間、特に私のような女はよくて娼館、悪ければ切り刻まれて海の底だ。
……儚い夢だった。「人生は一度きり」。一か八かで挑戦した結果がこれではな。
「まだ見ぬ日出国のレディに、俺の魅力を伝えられないなんて! 歴史が百年は遅れてしまう! なんという損失だっ!」
「ロブロイ…… こんな時によく冗談が言えるわね」
女傑のセシリアは呆れ顔だ。女と見れば誰かれ構わず口説き回る男、ロブロイ。ブレない男ではあるが、今はその空元気が羨ましい。
「レイリッタ。今は監視の目が厳しい。逃げ出すとしたら倭寇に引き渡される時か、倭寇が港に俺達を連れて行く時だ。俺とヴォルフハルトが道を拓く。何とかお前だけでも逃げろ」
「そうそう。レイ姉さんが死んじゃ、俺達の努力も水の泡じゃん。せっかく日出国の言葉を覚えてきたのにな」
「ヤルノ…… ヴォルフ…… 気持ちは嬉しいがきっと無理だ。奴らは物珍しい私達を逃がしはしないだろう。大人しくしているしかあるまい」
航海術、交渉術、言語など多彩な才能を持つ同郷のヴォルフハルト、ネーデルラント海軍の将官だった腕利き軍人のヤルノ。二人には海賊の強襲への反撃、手ごわいインド商人との交渉を率先して行ってもらってきた。剣技無双のセシリアはもちろん、ロブロイもあれはあれで助かっていた。お前たちとなら歴史の扉を開けると確信してたのだがな……
「xxxx、xxx!」
急に騒がしくなってきた。遠くからセントエルモのような火が見える。倭寇の船団か。
十隻はいるだろうか。奇妙な作りをした船が近づいてくる。
悪鬼か、幽鬼か、怪物か。私達の命は、どんな者に喰われるのだろうな……
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「見えてきやしたぜ! あれが明の密売人『霧船の楊』の船団でさぁ!」
「鯨の新人」が俺に伝える。そうか、あれが明の船か。ジャンク船が四隻。外洋航行もできる大ぶりな船だ。こちらは俺達が乗っている旗艦の関船が一隻、それに小早船が八隻。ゲーム的に言えばジャンク船の耐久が600、こちらの関船の耐久が450、小早が320といった感じだ。海戦となればどっこいどっこいだろうか。
ん?
一隻だけ毛色の違う船が見える・・・明らかに東洋の船と作りが違う……
!? キャラックだ!!
3本マストに船首と船尾が持ち上がった特徴的な作り! 写真で見た、復元されたサンタ・マリア号のような船だ! 中~上級者向けの積載能力の高い貨物船だが、人と大砲を積めば戦いだってできる。まさに大航海時代を代表する船だ!
「見慣れねぇ船がいやす。何でしょうねぇ?」
「キャラックだよ! ポルトガルかイスパニアの船だろう!」
「へぇ? よくご存知ですね。」
ま、まあ何百回も見てきたからな。
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「よう、兄弟。会いたかったぜ、ハゲ面とでけぇ腹は増々ご清栄って感じかい?」
新人の言葉を、通訳らしき女が親玉に伝える。それを聞いた親玉は不敵な笑みを浮かべ、通訳に話した。
「オマエノ マヌケヅラ、ミタカッタゼ。小ザカナ アラヒト」
「かーッ! 鯨だっつーの! 髪の毛と一緒に物覚えも悪くなったんじゃねーか?」
ボソボソ
「ビンボウナ スガタシテル。マチガイマチガイ。コドモイル ナゼカ?」
「あぁ。俺の親分様の本間照詮様よ! 子分に伝えてたろ? でけぇ取引にしてくれるお大尽様よ!」
海賊同士の会話の切り出し方って、こんな感じなんだな。新人が女に紹介してくれた。俺も加わるとしよう。
交渉は、相手の親玉の船の甲板で行われている。互いの陣営に十名程度。こちらは俺、新人、弥太郎、正義、他新人の手下。相手方は柄悪そうな軽装の海賊達。海の上だから軽装なのは当たり前だ。武器もカトラスのようなソリのある刀、熊手のように先が引っかけられる槍など。
その中に異色な者達がいた。肌が白く金髪の女、オレンジ色の髪の精悍な西洋人男、黒髪で愛嬌のある顔立ちの浅黒肌の男、チャラチャラした女ったらしぽい痩身の男、意志の強そうな長身の女。5人とも縄で縛られている。どうやら騙されて捕まった南蛮人、といった所かな。願ったり叶ったりだ。是非俺の元に来てもらおう。
「佐渡国の国主、本間照詮じゃ! 明から遠路はるばるご苦労じゃ! お前たち丸ごと買い取るだけの資産はある! 仲良くさせてもらおう!」
通訳の女は、俺の言葉を聞いて、細い目をギョっと見開いた。そうだ。俺は只者じゃない。
女は口早にハゲ面の親玉に言葉を伝えた。腹の肉と同様に余裕たっぷりな感じだった親玉だが、それを聞くとビクッと身体を震わせた。プルンと太鼓腹が揺れた。そう。佐渡の国主だ。まだ半分だがな。
「サドノコクシュ。オオモノ。ナンバンジン カウヨロシ。五千貫文。」
「はあああ!? 五千貫文?!」
新人は顎が外れるくらいに驚いた様子だ。現代に換算すれば五億円。城も買えるほどの大金だ。
「足元見やがって! 吹っ掛けすぎですぜ、親分! 値段下げさせましょうや!」
「いや、いい。」
「そうでしょう! 半値くらいが…… って、えええ!?」
「五千貫文。安い買い物だ。弥太郎頼む。」
「あいよ!」
ドドン!!
弥太郎の背負子から、黄金の巨大な塊が現れた!
金塊で支払う。七十kgは越えてるかな? 弥太郎には朝飯前だ。
「南蛮人とキャラック。それと積み荷とジャンク船を二隻。全て譲ってもらうぞ! こちらからは約束の日本刀と硫黄、昆布に漆器、それとこの金塊だ!」
通訳の女はしばし呆然としていた。それ以上に、相手方の明の密売商人達も開いた口が塞がらない様子だ。金には力がある! Auの輝きは万国共通だ! 恐れ慄け! 俺の資産はこんなもんじゃないぞ!
「Okかな? 謝謝!」
周囲を見渡し、異議のないことを確認する。
コクコクと腹話術人形のように首を縦に振る明の皆さん。いい取引をありがとう!
次会うときは、さらに大きな取引にしような。
商談成立だ。
荷を互いに移し替えると、南蛮人らしき5人の男女も俺の乗る関船に移された。キャラックの操船は慣れていないだろうから、数隻の小早船で曳航して運ぶ。目指すは柏崎の鯨波砦だ。
羽茂郡を平定して数か月。「鯨の新人」に言われていた明との密売に参加することができた。結果は上々。思いがけずに南蛮人との出会いを果たすことができた。うまく交渉して南蛮貿易のルートを開きたいものだ。
波風に逆らって仁王立ちする俺を、金髪碧眼の女は不思議そうに見つめていた。
(何者なの? この子どもは……?)
新宿へ飲みに行った際、
「おにーさん、いい子いるよ!」
と客引きに騙され、ついていったことがあります。
結果は・・・生きて帰れてよかったです。
皆さん、気を付けましょう。




