第四十四話 ~思惑 三 「夢」 ~
<越後国 春日山城 評定の間>
いつになく板の間が冷たく感じる。冬はもうすぐ終わりだというのに。
気の迷いの為か。父上が上杉との戦の話を進めておるが、まったく頭に入ってこない。
病も一向に快方に向かわん。つい最近も三日間も寝込んでしまった。この戦国の世に強い身体で生まれなかった自分が憎い。
「……このような陣立てでゆけば、上杉の爺の白髪首を刈り取ることは容易であろう。佐渡の小童からもらった一千貫文のおかげで、軍備もさらに充実しておる。まったく、あ奴は我が長尾家にとっては大黒天のようじゃわい!」
ハハハッ
評定の間に笑いが起きる。
本庄実乃、北条高広、高梨政頼、黒田秀忠、中条藤資など、主だった将達は愉快そうだ。叔父上の房景様は中立と言った所か。柿崎景家は笑ってはいない。しかし、先の対談から察するに、本間の小僧と繋がっているようだ。決して儂の方には靡かんじゃろう。
「それと、小僧から文が届きおった。南佐渡の支配を順調に進めておるようじゃ」
「ほほう。やりおりますな」
藤資は言った。父上の腰巾着め。
「小さな抵抗もあったようじゃな。斎平という村が反抗的であったため、女子どもまで全て打ち首、晒し首にしたようじゃ。幼さ故に甘さのある者かと思っていたが、なかなかどうしてやりおるな」
「国を治めるためには、反乱を起こした者に厳しくせねばなりませぬ。一度許せば、立ち行きませぬ。皆殺しは良策ですな。羽茂本間対馬守照詮、これを機に南佐渡、さらに北佐渡の平定も満更夢ではなくなっているかもしれませぬな」
父上の言葉に実力者の実乃が呼応する。女子どもまで皆殺しにすることが当たり前? 前から思っておったが、この者の身体に血が通っているか疑わしい。
「兵の増強も進んでおるようじゃ。あ奴の佐渡統一は、確かに時間の問題じゃろう。一揆に右往左往しておる雑太本間などでは到底太刀打ちできんじゃろうて」
「殿! 三分一原の戦が終われば、もう莉奈姫との祝言を進めても宜しいのではないでしょうか? 小僧にも戦に参戦させ、形だけでも戦果を挙げさせれば、婚姻に反対する者もおりますまい」
「それは名案じゃ! 味方の兵は少しでも多い方がええ!」
高広、政頼も軽率な男だ。二十ほども年が離れている妹の莉奈は、母も違うほぼ他人。だが、曲り形にも父上の娘。このままでは儂はあの照詮と血縁となる。それだけは避けねばならぬ。
「ははっ! そうじゃのう。…… ただ、気になることが書いてあったわ。『斎平村に他国の密命を 受けた怪しげな僧がおり、村人の乱に加担した痕跡があった』ようじゃ。僧は晒し首、加担した国は断罪して八つ裂きにすると書いてあるわ。ほほぅ! 怖い怖い!」
アハハッ!
再びの笑い。他人事と思うから笑える。当事者の儂にとっては、背首に刃を押し付けられているようなものだ。笑える訳はない。糞、しくじりおったな、宝然。
「我が長尾家でないのが幸いですな! 『三紋の御旗』を授け、小僧との約も取り付けております。おそらく雑太か河原田か、苦し紛れの上杉の手の者でしょうな。あのような天の者か魔の者か分からぬ者に睨まれるとは。はは、恐ろしい恐ろしい」
ドッ!!
秀忠の声に再び大きな笑いが起きる。口だけは開ける儂じゃが、目と心は沈みきっている。
直江実綱を見れば、青白い顔がさらに青くなっておる。元はと言えばお前が・・・
「まあ、佐渡は我が長尾家と縁続きになる本間の小僧に任せて放っておいてよい。我らは、上杉を討ち果たし、信濃や越中、北関東へと版図を広げるぞ!」
「おおっ!」
「それは重畳! 関東管領の座も殿へと渡りそうですな!」
「うむ! では、以上で評定は終わりじゃ! 晩寒に身を晒して風邪など引かぬようにな!」
「ははっ!」
父上はそう言うと豪快に私室へと向かう。
儂は頭を下げてそれを見送る。
父上が儂の前を通り過ぎる、と思ったが、立ち止まった。何じゃろう?
「…… 晴景。軽率は慎め」
!?
「…… 何のことやら…… ?」
「羽茂本間照詮。底の知れぬ者じゃ。無理をする必要はない。長尾の世継ぎは晴景、お主以外におらん。黙って儂についてこい」
「…… はっ」
父上は大股で私室へと行かれた。
背筋が更に冷える。
…… 父上はご存知であった。
ご存知の上で、皆の前で笑い話とした。要は儂に「動くな」と仰っておるのだ。
…… だが。
羽茂本間の正当な世継ぎの三河守高信は、戦国の世の露と消えた。嫁いでいた妹は帰ってきたが、「寺で静かに余生を過ごしたい」と疲れ切った様子だ。
儂と高信と妹と三人で、羽茂川の河原を走り回った記憶が懐かしい。多少軽い所はあったが、「佐渡と越後を共に治めよう」と梅の花の下で『夢』を誓い合った仲じゃ。それを……
…… 父上。
父上は薄情な御方です。二十年ほども昔とは言え、先の羽茂本間に世話になった御恩をお忘れですか?
本間照詮……
儂の夢を断ち切った者め…… 許せぬ。
儂が病に倒れるか、照詮を斃すか。二つに一つ。どちらが早いか。
ゴホッ
また咳が出た。寒い。春はまだなのか。
鈍色をした曇天が、長尾家嫡男、長尾晴景の見つめる先に分厚く圧し掛かっていた。
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