第四十二話 ~思惑 一 「代替わり」 ~
<甲斐国 躑躅ヶ崎館 武田晴信 私室>
「ふむ。『一揆のおきた村を殲滅。新たな国造り中。よしなに』とな。佐渡という離島にも拘わらず、覇を唱える者がおるのだな」
「貢物として使者が持ってきたこれなる砂金。二十五両 (約1kg)ほどもございました。銭とすれば百貫文になりましょう。実に見事にございました」
「あの地には砂金が埋まっていると聞いておるが、離島故に我が甲斐国よりも寂れた場所じゃ。それほど豊かな訳はなかろう。苦しい中であろうに、態々甲斐に手紙だけでなく貢物までをも持ってくるとは。本間照詮、うつけ者なのか・・・?」
武田晴信は、目の前に運ばれてきていた絹袋に入った砂金を見つめ訝しんでいた。もちろん百貫文という大金は、非常にありがたい。これで軍備を増強できるし、民を助ける施策をいくつか行うことができる・・・
そんな不思議そうに黄金を見つめる鋭才に、武田家の重鎮、甘利備前守虎泰は、こう話した。
「いえ、若。某はその者、『先見の明』があると見ましたぞ」
「なぬ? 先見の明?」
「いかにも。」
虎泰は、先ほどの甘美な旨味を思い出しながらも、苦々しく語り出した。
「我が武田家の強さは国の内外に伝わっております。ですが、御屋形様の信虎様が大変な『暴君』であることはそれ以上に知られております。御機嫌の悪いときには道すがら民を次々と斬り伏せ、先日は『胎児を見たい』と言われて、妊婦の腹を引き裂かれました。戦上手では御座いますが、国の政、領民の疲弊に見向きもしておられませぬ」
「うむ・・・」
「『このままでは甲斐は立ち行かぬ』と少しずつではありますが、将兵達の心は御屋形様から離れつつありまする」
「確かに。じゃがそれが何故、佐渡の本間照詮と関係があるのじゃ?」
「『代替わり』、にございます」
歴戦の将は、声を潜めて言った。
「!? 甘利! それは!?」
「しぃっ! 声が高うございますぞ!」
思わず声をあげてしまった!
『代替わり』!? 俺がか!?
できるのか?! あの悪鬼のような親父を!?
「その照詮なる者、代替わりによって本間高季より領主の座を譲られたと書いてありますが、実は力づくで奪い取ったような噂が御座います。『代替わり』は、決して先例のないことでは御座いませぬ。・・・まだ時は満ちておりませぬ。ですが、若様に期待する者は徐々に増えてきましょう。この者はその先駆者、ということになります」
「ううむ。将来の甲斐武田家を見据えて次代当主の俺に目を付け、先に盟を取り付ける、ということか・・・」
タラリ
背筋に汗が流れるのを感じた。
本間照詮。何と遥か遠くを見据えておるのじゃ。
『代替わり』 ・・・俺にできるのか?
いや、やらねばなるまい。親父殿は『弟に家督を譲る』と公言しだしておる。そうなれば、儂はよくて出家。悪ければ誅殺じゃ。・・・やるか、やられるか・・・
・・・まだ見ぬ男じゃが、お主の言葉、確かに受け取ったぞ。儂に期待してくれるその心も嬉しい。齢のことは書いておらぬが、共に乱世を生きる者。友誼を図りたいものじゃ。
「そして、もう一つ・・・ 『海魚の塩干物』が届いておりました。毒見が済んでから食しましたが、それはもう! 脂が乗って、言葉にできぬほどに美味で御座いました!」
「な、なぬ!? 海魚の塩干物!?」
海魚! 山中にある甲斐には海がない。塩も高いが、海魚はもっと値が張る。
川魚とは違う甘露な脂の甘味がある海魚の干物! ああ、食いたい! 食いたい!!
「佐渡は海に囲まれた島。この者と盟を結べば、今川、北条、長尾に頭を下げずに、たっぷりと海の幸を届けてもらえるやもしれませぬ。いや、これは某の願望でありますがな」
「いや、その通りじゃ! 書を書こう! 友誼を図りたいとな! あと儂にも干物はあるのであろうな!?」
「はて・・・ あれが最後だったやも・・・? はてさて」
「甘利ッ!!」
珍しく、主人公のいない話です。
いくつか続くやも。




