第四十話 ~罵倒~
<佐渡国 羽茂郡 小比叡村 素浜海岸>
「直轄地って!? 兵も配置って・・・!?」
村はその地域の人たちに治めさせた方が、目が行き届いて地域ごとの特性に応じた動きができる。それを自ら治めるってことか。どうして・・・
「!? 技が盗まれる?!」
「そうだっちゃ」
「間諜が入り込むかもしれん。また、兵を強襲させて武力行使で塩田の技を奪ったり、また塩田を壊すことで羽茂本間の力を失わせたりすることを狙う者がいるかもしれん。そういうことか!」
「うむ。よく気づいたっちゃ。それに塩の利益は大きすぎる力となるっちゃ。一つの村に留めおけば、他の村々からの反感も強くなる。そして塩田作りする金はお主の金。『何故、うちの村ではなく、小比叡村だけに』と思われるくらいなら、お主が直接統治した方がええっちゅーこっちゃ」
ううむ、なるほど。言われれば言われるほどに直轄地にするメリットが大きい。
まだまだ環塵叔父には頭が上がらんな。
「という訳だが、吾平よ。それでよいか?」
「ははっ! もちろんでございます!」
「ならばこれより、小比叡村の直接の統治者は俺ということにする。そして代官としてお主を任命する。村の者達が他の村と交流することに制限はかかるが、村を強く思うお主の指示なら皆も喜んで従うじゃろう。金と人は出す。頼むぞ」
「も、もったいのうございます! 昨日までと思うておりましたこの命! 老骨に鞭打って働きまする! 早速、粘土を掘りに村の者を山の方へ向かわせまする!」
羽茂城に戻ったら財務担当の新発田収蔵に小比叡村の支援を頼んでおこう。資金の割り当て、人員の選出と配置、塩作りの設備工事の手配など、張り切ってやってくれるはずだ。さらに専門の塩役人を見つけねばならんな。
佐渡は離島故に他国からの侵入は受け難い。柏崎水軍の見回りもある。不便な離島ではあるが、技術がそうそう盗まれはしないのは利点と言える。さらに他の技術も秘匿して育てれば、大きな力となることだろう・・・
今日はもう一つの村に行かねばならん。気は進まんが、行かねばなるまい・・・
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<佐渡国 羽茂郡 斎平村 入口>
「帰れ!!」
「性懲りもなく来おって! 国盗りが!」
やはりか。またこの村からは歓迎されない。
村の入口には、斎平村の者達50名ほどが俺に対してゴーホーム状態だ。羽茂郡でこの村だけが、前回の新年挨拶同様に、俺に対して敵愾心をむき出しにしている。
「もう一度言おう! 羽茂郡領主、羽茂本間対馬守照詮が参った! 村長に面会を求める! 道を開けてもらおう!」
馬から下りて仁王立ちになり、今度は語気をやや強めた。低姿勢なのがダメなのか?
「小僧が! 我が斎平村に入るなど百年早いわ!」
「羽茂郡を護る神社を有する村じゃ! そなたなぞいらんぞ!」
「何が四公六民じゃ! 我が村は二公八民が許されておる! 税を増やすなどもっての外じゃ!」
「国随一の呪い師もおるぞ! 呪い殺されたくなければ二度と来るな!」
・・・
罵倒の嵐だ。手に負えん。
何故かこの村は、前の羽茂本間から優遇されてきたようだ。俺に対して強気な村人達は皆、煌びやかな柄物の小袖を着て紅をさし、ここから見えるだけでも白木作りの豪壮な門、立派な屋敷。村の奥には荘厳な社。千手村の十倍は裕福な生活をしている。皆、生きるか死ぬかでやっとだったというのに。
「四公六民は、我が新たな羽茂本間の三年間の令! いかなる村も特別扱いはせぬぞ! 村長に会わせい!」
だんだんイライラしてきた。何だよ、神社? 呪い師? 知らんがな。特別に税金安くする理由にならんだろが。
「へっ! 小僧が本性を現しおったわ!」
「殺すか!? 領民を殺すか!? やってみせい!」
「この偽物の領主が! 神に護られたこの村に一歩でも踏み入れてみせい! 雷に打たれてお陀仏じゃぞ!」
「斎藤様を誅した罰じゃ!」
・・・ん?
斎藤様を誅した?
まさかあの極悪人の斎藤に、様付け?
「阿呆! それは言わんことになっちょったろ!」
「す、すまん」
なるほど、なるほど。そういうことか。
「そなたら、悪臣斎藤の仮初の庇護の元、好き勝手やっておったのか! そうであれば容赦はせぬぞ!」
「ふ、ふん! それがどうした! 領民を守れ! お飾り領主が!」
「斎藤様の御寵愛を受けたお姫様がおるのじゃ! 逆らうと目がつぶれるぞ!」
「神の護りを得た神兵もおるぞ!」
「そなたなぞ、こうじゃ!」
斎平村の者達は、罵詈雑言の後、投石を開始してきた。
コントロールは悪いが、数が多い。そのうち俺に当たるやもしれん。
神兵と言われたのは、十数名ほどの大柄の武装兵。金ピカ装備を身に着けているが、まあ、見てくれだけの者だな。
ヒュンッ ヒュンッ
俺の顔の傍を石が霞めていく。
・・・弥太郎に命じれば、領民たちは一たまりもなかろう。
しかし、俺は羽茂郡の領主だ。領主が領民を斬殺するなど、許されることだろうか?
我が新たな羽茂本間は法治国家だ。俺の気分を害したかどうかでは判断はできない。法的に問題がなければ許さざるを得ない。
「かえれ! ぬすっと!」
村の十くらいの男子が投げた石が、放物線を描いて俺目掛けて真っすぐ飛んできた。
弥太郎が気づき撃ち落とそうとするが、俺は制した。結構大きいが・・・
ガッ!!
強い衝撃。握り拳ほどの石が左の額に当たった。
野球少年が投げた石みたいなもんか。軟式ボールよりかはかなり危険だ。ゴツゴツと尖った石がぶち当たった。
ボトリ
石が役目を果たしたかの如く俺の足元へ落ちる。
そして、その石と共に、俺の額から血がボトボトと滴り落ちる。
「はは、やったぞ! あくにんめ!」
「でかした! 善吉!」
「いいぞ、もっとやれ!」
村人は大喜びだ。気を張って堪えたが頭がクラクラする。投石はやはり凶器だな。
ここは退くしかない。
「・・・お主らの覚悟、見せてもらった。今日はこれで帰らせてもらおう。法に照らした罪の償いは
してもらうぞ」
「へっ、おとといきやがれ!」
「何度でも来やがれ! また石をお見舞いしてやるぞ!」
狙いを達成できて喜ぶ村人達。
村の奥でニヤリとほくそ笑む一人の男がいた。ひょろ長い胴を撫で、胸元には一通の密書があった。
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「照詮、血を拭け」
環塵叔父から布切れを渡される。傷から破傷風にでもなったら大変だ。布で傷口を押さえる。羽茂城に戻ったらしっかりと洗い流そう。
・・・俺は痛みとは別のことを考えていた。
領民を制せるか?
子どもを罰せるのか?
自国の領民を打ち首にできるのか?
その後、羽茂郡全部の村からそっぽを向かれないか?
辻藤にどんな罪に当たるか聞かねば。力ある者が根拠もなく力を振るうのはいかん。
自戒だ。守るべき者には優しくせねば。
しかし、斎平村の者共は、守るべき者なのだろうか。
「目には目を」では統治できん。まだまだ学び足りん・・・
「涙も拭け、照詮。領主たるもの、弱い姿を領民に見せるべきではないっちゃ」
・・・そうか。俺、泣いてたか。
領主になって初めて泣いた。悔しい。辛い。痛い。強がっていたが、本当は声をあげて泣きたかった。
子どもにすら石を投げられて罵倒された。理由があろうとも拒絶されるのは嫌だ・・・
「・・・そうじゃ、照詮。こんなことを知っちょるか? 『お釈迦様ですら人に嫌われたこと』を」
「え?」
馬上で半べそをかく俺の背中から、後ろにいる環塵叔父がやけに通る声で意外な話をしだした。悟りを開いたお釈迦様ですら、人に嫌われただって?
「世の者は多い。色々な立場で生きちょる。当然、立場が違えば利害は異なる。お釈迦様を尊いと拝んだ者も多かったが、大概の者はお釈迦様を知らず、また変な者が現れたと嫌った者も多かったそうじゃ」
「お釈迦様でも・・・か?」
「そうじゃ。お釈迦様ですらじゃ。ましてや儂らのような俗人、間違いだらけの者が全ての者に好かれようなぞ、元から無理なこっちゃ。気を楽にせい」
叔父は馬の手綱を握りなおしながら、さらに言葉を続けた。
「それに、人生は長い。お主を嫌う者はお主を育てるためのほんの一時の鬼と思え。そんな鬼なぞ、やがて消える者じゃ。お主を好いておる者は多い。照詮、お主はお主が思うがままに生きればいいっちゃ」
・・・そっか。
嫌われて当たり前か。
全ての人に好かれようとしなくていいか。
俺は、俺を大事にしてくれる人を大事にすればいいだけのことか。
簡単じゃないか。
「ありがとうな、叔父。気が晴れた。いい話だな」
「まぁ、これも作り話じゃがな。ははは!」
いや。明るく照れ隠しをしてるが、嘘じゃないだろう。
というより、俺には本当に思えた。
迷いは晴れた。俺は忘れないぞ、今日の叔父の言葉を。
泣き寝入りはしません。




