第三十八話 ~ヤポーニャ~
<羽茂郡 羽茂城 殿屋敷 書斎>
俺は主だった者達を呼んで、ロシア人らしき3人と面会している。
奥方屋敷を使ってもらい、晩御飯を食べさせたあと三人だけで一晩を明かしてもらった。戦国蒸し風呂にも入れて少しはリラックスできたことだろう。まだ気は抜けていないだろうけどな。
「ゆっくり休めたかな? まだ心細いとは思うが、自分の家だと思って安心してほしい。慣れてきたら話を聞かせてほしいし、できたら国のこととかを教えてほしい」
ロシア語はほとんど分からん。日本語で話すしかない。
だが、昨日の一件から供の者からは、「殿には天賦の才がある!」「言語の達人!」「異国の言葉も難なく語られ、異国の民の心を開かせた!」と尾ひれがついて驚かれている。このままだと「世界の言葉が話せる!」とか広まりそうだ。やめてくれー! 英語すらちょっとしか話せないのに!
「xxxx、xxxxxxx、スパシーバ」
あー、「ありがとう」のスパシーバかな? よかった。
「俺は本間照詮だ。ほ・ん・ま・しょ・う・せ・ん。よかったら名前を教えてくれないか?」
自分を指さしながら、名前を伝える。これなら伝わるだろう。「しょうせん」だ。
「Щ、ウ、セ、ン?」
たどたどしくも何となく伝わってくれているようだ。うんうん。そうそう。「しょうせん」ね。
「xxxx、xxxx、アナスタシア、xxx ナーシャxxx」
超美形のロシア娘が喋ってくれた。辛うじて聞き取れたのは、「アナスタシア」と「ナーシャ」という言葉。それが名前かな? アナスタシア・ナーシャって言うのかな?
「アナスタシア・ナーシャ?」
「ニェット。アナスタシア、ロマxxx。ナ・ー・シャ。」
あれ、違うのか。アナスタシアって名前だけど、ナーシャって呼んでってことかな? コクコクと頷いている。そうか。
「ナーシャ」
「ダー!」
よかった。通じたぞ! ナーシャって言うんだ! うわ、笑うとまた超かわええ!! 天使か・・・!?
・・・イテェエッ!!
ナーシャの笑顔に見惚れていたら、いつの間にかレンが隣に座って、俺の太ももをペンチのような指の力でギューッと抓っていた!! やめて! 血が出ちゃう!!
涙目の俺を見て皆からハハハ、と笑いが起きる。うう、酷い。
「タチアナ・・・ ターニャ。イゴール。」
ナーシャは御付きの女と髭のおっさんを紹介してくれた。ターニャとイゴールね。Ok、よろしくな。
「カンジン。ヤタロウ。レン。タエ。ノリアキ。ウミタロウ。」
一人ずつ紹介する。長谷川海太郎を同席させているのは、言語に明るそうだからだ。連れてきてよかった。興味深そうに頷いてメモを取っている。ロシア語を覚えたり、日本語を教えたりしてくれそうだ。
「xxxx、xxxx、ヤポーニャ?」
「ああ、うん。ヤポーニャ。日本だぞ。日本の佐渡だ。サ・ド」
「ヤポーニャ、サ・・・ド」
ナーシャとターニャ、それとイゴールは顔を見合わせ、嬉しいような難しいような顔をした。ヤポーニャってことは、日本は知っていたのだろう。でも佐渡ヶ島は知らなかったかもしれん。
「まあ、まずはゆっくり休んでくれ。詳しい話は体調が戻ってからな。レンと妙恵おばさんは面倒見てやってくれ。長谷川海太郎! できる限り言葉を教え、そしてこの者達の言葉を理解せよ!」
「ははっ! 何よりの働きで御座います!」
海太郎はとっても嬉しそうだ。その調子で言語学者になってくれんかな?
・・・・・・あっ!
昨日のアレを思い出してしまった。会って間もなかったのに「アイラブユー」とか言っちゃう異国の男とか、どんなスケコマシなの! 急に恥ずかしくなってきた・・・
俺の恥ずかしさに気づいたのか、ナーシャも伏し目がちになり、横をキョロキョロと見だした・・・ 気恥ずかしい雰囲気が漂い始め・・・
「イテエエエェエエエエ!!」
レンが頬っぺたを膨らませて俺の足首を捻り潰そうとしてる! やめて! 握撃はやめて!!
アハハと笑いが起きる。うう、俺可哀そう・・・
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「それじゃ、行ってくるよ。留守は頼んだぞ」
「はは! お気をつけて!!」
則秋に留守を任せ、俺は環塵叔父、弥太郎、他供の者十名ほどで領地の見回りに出かけることにした。領内を富ませねばならん。今日は昨日行った小比叡の村ともう一つの村を回る予定だ。
ナーシャも手を振ってくれる。嬉しいなあ。レンはそんなナーシャを睨みつけているが、ナーシャは意に介さずといった様子でにっこりとレンにも微笑む。あ~いい子なんだろうな、ナーシャは。レンは怒っていたが、そのうち諦めた様子でニコっと同じように微笑んだ。そう。レンだって可愛いんだよ。ちょっとばかり金メダル3つ取ってそうなだけで。
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<佐渡国 羽茂郡 羽茂城 奥方屋敷>
宛がわれた屋敷に戻って三人だけになると、ターニャがいきなり抱き付いてきた!
「お嬢様! ありがとうございます!」
「どうしたのターニャ? いきなり?」
「お嬢様の機転が無ければ、私達は皆、ヤポーニャの砂と消えていたでしょう・・・! 本当にありがとうございます!」
「俺からも礼を言うぜ、お嬢。正直、『もうダメだ』と諦めていたぜ」
「イゴールも・・・。でも、私の力じゃないわ。ショウセンのおかげよ。私は何もできなかったわ」
そう。本当に何も出来なかった。ショウセンが来てくれなければ、私達は絶対にこの世にはいなかっただろう。この恩は必ず返さなくては。『恨みは二倍にして返せ。恩は十倍にして返せ』がロマノフ家の家訓ですもの。
「しかし、何者なのでしょう? あのショウセンという子どもは。私達を恐れもせず、温かく迎え、そして発音や語彙に大きな間違いはあるものの我らのスラヴ語についての理解がある・・・ 永明城の女真族達でさえ、全く話せなかったというのに」
「さぁ・・・分からないわ。でも、敵じゃない。それだけは言えるわ」
「助けたことに狙いがあるのでしょうかねぇ? まあ、これだけ厚遇されちゃあ、力を貸さない訳にはいきませんがね」
イゴールも恩を感じているようだ。腕のいい船大工から船の船長になったイゴール。鍛冶仕事も一流。きっと役に立つでしょうね。
「・・・にしても、ヤポーニャは未開の地ですわ。見ました? 家の屋根に草が積んでありましたわ! それに浴場に石鹸もありません! ベッドも無ければ布団もありません! 何とかしなくては!」
「ちらっと見たけど、造船技術もかなり低いぜ。ハンザ・コグの方が遥かにマシですわ。これじゃモスクワに戻る船はありゃしやせんぜ」
「文化の違いは大きいわね・・・ ショウセンに力を貸せるとしたら、まずはそれかしら・・・?」
ヤポーニャは、文化の遅れが酷く目立つ。大陸の東の端だもの。ある程度は仕方ないわ。でも、所々にモスクワにすらない技術や文化を感じる。
ああ、モスクワ・・・お母さまやお兄様は無事かしら?
急な政変でお父様が弑逆され、着の身着のままで東へ東へ逃げてきた。それでも執拗に追いかけてくる刺客・・・ さすがにヤポーニャまでくれば大丈夫でしょうけど・・・ もう戻れないかもしれない。
そんな私の気持ちを察してか、ターニャは悪戯っぽく笑って言った。
「ナーシャお嬢様。戻れなくともいいではありませぬか。幸い、ここのご領主、ショウセン様はお嬢様にぞっこんお熱の御様子。いきなり『愛してる』は、絵本の恋物語も裸足で逃げ出すくらいに素敵でしたわよ!」
「!? もう!! ターニャったら!」
ポカポカとターニャを殴る真似をする。ウフフと笑うターニャとイゴール。
あれは・・・そう、お世辞よ。挨拶よ!
・・・でも・・・ 嬉しかった。
もうダメかと思ってた。ううん、ダメだと思って諦めてた。
そんな中を助けに来てくれた同じ年くらいの男の子・・・ 誰だって恋に落ちるわ!
・・・でも、私はここの人間じゃない。いずれモスクワに帰る人間。
ヤポーニャの言葉を覚えよう。助けてくれた恩は返そう。でも、私の魂はこの地には埋まらないわ。
私は見知らぬ窓から空を見上げた。見知らぬ雲が流れ、見知らぬ太陽が淡い光を放ち、見知らぬ白い鳥が彼方へと飛び去って行った。
佐渡ヶ島には、遣唐使の頃に何度も大陸から船が立ち寄っています。
「渤海国」でググってもらうと分かりますが、朝鮮半島の北の辺りの国からは遣唐使ならぬ「渤海使」という船団が、正式に分かっているだけで727年から930年までの約200年間に34回も日本海側の港を訪れています。教科書に載ってないから、私も調べ始めてから知りました。
敦賀や出雲、北は出羽(現在の山形や秋田辺り)にも船団が来ていた中、佐渡にも来ていたようです。それから500年も経っているのだから、同じ距離を船で渡れない訳はないなと思い広げて物語を描いております。




