第三十七話 ~薄茶色の髪の乙女~
<佐渡国 羽茂郡 小比叡村 海岸>
(どうして・・・どうして分かってくれないの!?)
私達は水と食料、そして安全を求めているだけ。歓迎されるとは思ってはいない。でも、日を追うごとに状況は悪化してしまっている。
三日前に辿り着いたヤポーニャの海岸。
船から出て笑顔で挨拶すれば大丈夫だと思ったのに、現地民の人たちはまるで化け物を見るような姿で逃げていってしまった。「私達は同じ人間よ! 逃げる必要はない!」って叫んだけれど、まったく通じなかった。髪の毛の色、瞳の色、肌の色が少し違うだけ。それだけなのに。
二日前も昨日も同じ。私は「絹袋に入った宝石を水と食料に変えて!」とお願いしていたけど、全く相手にしてくれていない。船の水と食料はもう底を尽きている。昨日から何も食べていない。お願いしても嫌そうな顔をして鍬とか棒とかを突き出してくる。「あっちへ行け!」と言われてる感じがする。「船は座礁して動かない」と身振り手振りで伝えても、相手にしてくれない。そのうちに奇怪な様相をした人が中心となって、私の髪の毛や瞳を指さして「悪魔だ!」と言っているようだった。
そして今日。
夜明け前に、見つからぬよう三人で内陸部へ入り込もうとしたけど、見張り役の村人に見つかってしまった。大勢に追いかけられ、また船の中へ追いやられてしまった。ターニャは腰のレイピアを使おうと何度も考えたようだけど、それだけは押しとどめさせた。ターニャの腕なら五人でも十人でも倒せると思うけど、その先は・・・ どうにか事態が好転すればいいかと思って歌を歌ったり両手を組んでお願いしたりしたけれども、ダメ・・・
既に夕暮れ時。私達はもう限界だ。
私達は今、大勢の現地の村人の前にいる。
意は決した。前に進もう。刃が体に突き刺さろうとも、陸へ、陸地の内部に入ろう!
私は、結っていた薄茶色の長い髪の毛を、短刀で切った!
「私はアナスタシア・ロマノヴナ! モスクワ大公国の一貴族、ロマノフ家の者です! 国を追われてここに辿り着きました! 髪の毛の色や瞳の色が違うだけで、同じ人間です! 髪の毛が珍しいならあげます! どうか水や食料を! 陸地に入らせて!!」
右手の短刀は投げ捨て、宝石の入った絹袋を見せた。左手には私の大好きな私の髪の毛。ターニャとイゴールと私の三人。決して後ろに下がらないと決意し、一歩、また一歩と歩みを進めた。
私達の前には五十人ほどはいる人垣。「xxx!」「xxxxxxx!」と叫んでいる。多分、「悪魔!」とか「こっちに来るな!」と言ってるのだろう。でもダメ。もう戻らない。
そこへ、昨日からいる奇怪な服装をした男が立ちふさがった。
「xxxxxx! xxxxxxx!」
威嚇している。ターニャは腰のレイピアを引き抜こうとするが、制止させた。
「お願いです! 宝石と髪の毛はあげます! 助けてくれなくてもいい! ただ私達を行かせて!!」
すると、その男が急に穏やかな顔になった。もしかして、気持ちが通じた!?
ゆっくりと男が近づいてくる・・・ああ、ようやく・・・!
ガッ!
?
何をされたかよく分からなかった。
気づいた時には、私は短くなった髪の毛を鷲掴みにされ、砂浜に顔を押し付けられていた。
「xxxxx! xxxxxxxxxx!」
ダメだった。
私達の思いは届かなかった。
ターニャは怒りで顔を歪めている。それでも私の命令を守り、動かないでくれている。ゴメンね。ターニャ。
私、ダメだった・・・
「xxxxxxxxxxxxxxxxxxx!!」
誰かの声が聞こえる。でももう無理。
私はもう諦めた。どうにでもして・・・
「xxxxxxxx、xxxxxxxxx、xx!」
空気が動いた。人々から戸惑いの様子が伝わってくる。
どうしたの? 何があったの!?
________
「静まれえぇ! この場はこの羽茂郡領主、羽茂本間対馬守照詮が預かる! 皆の者、静まれぇい!」
間に合った!!
奇妙な格好をした呪術師の僧が薄茶色の髪をした女の子を抑え込んでいる。やめろ!
すぐ傍まで環塵叔父の馬をつけてもらい、ザッと飛び降りる。生きているようだ。良かった。
抑え込んでいた荒法師は娘の頭から手を離し、俺の方へ体を向けた。背は高いがヒョロ長く痩せていて、不敵な笑みを浮かべている。子どもと見て侮っているな。
「これはこれは。音に聞く羽茂本間のご領主殿ですな。ですが、この場は手出しご無用です。この者は明らかに日の本の者ではありませぬ。青い目は不吉の証。青白い肌は幽鬼の証。放っておけば我らの生き血を啜るに違いありませぬ。拙僧が処断して・・・」
「うっせ!」
俺は怒っている。
「は?」
「うるせぇって言ってんだ! このインチキ野郎! 人を見かけで判断するなっ!」
ドゴッ!
インチキ野郎の鳩尾に正拳突きだ! 「あ・・・が・・・!」と悶えて、そいつは崩れ落ちた。剣術修行の成果は出てきているな。いい感じだ。
俺はさっきまで押さえつけられていた娘を見た。従者らしき女が駆け寄って抱きかかえている。腰にある細い突剣 (・・・レイピアか)をいつでも抜けるようにしている。迂闊に近寄れば蜂の巣にされそうだ。
「大丈夫だ。俺は本間照詮。この地を治める者だ。心配させて申し訳なかった。手助けさせてもらえないだろうか?」
・・・心を込めて言ったつもりだ。だが、やはり言葉は通じないか。娘と女と髭面のおっさん。見た目は白人だ。国籍は何人だ? 女から警戒の色は抜けない。
「ちゃ、ちゃお?」
何故かイタリア語の挨拶が出た。さすがにイタリア人はねぇよな。
「はろー? にーはお? かむさはむにだ? こまんたれぶー? ずどぅらーすとびーちぇ? どーぶろほらんこ?」
知ってる挨拶を片っ端から言ってみた。どれか当たっててくれ!
「・・・ドーブライ ヴェーチェル」
目を見開き、驚いた様子で娘が答えた。おお、通じた! これは・・・ロシア語か?!
大学の第二外国語はロシア語だった! 話せる・・・いや、話せない。単位落として二年もやったからちょっとだけ単語は分かるくらいだ。
「・・・ぐじぇ、からんだっしゅ?」
んーと、覚えてるのが出た。何だっけこれ・・・?
「・・・ニェット」
あ~、ニェット。「No」って意味だ。
あ、「これは鉛筆ですか?」って聞いてたわ。そらニェットだわ。
「えた、どーま!」
漁民の家を指さして言ってみる。「これは家です。」 ・・・俺、何言ってんだ?
「・・・ダー」
「Yes」の意味のダー。あ、ちょっと笑ってくれたぞ。よかった。
娘と女の目の落ちくぼみがやばい。明らかな水分不足だ。弥太郎に竹筒の水筒を出してもらった。渡そうとするが・・・警戒の色は抜けない。今まで散々な目にあってきたろうし、怪しい飲み物ぽいもんな。まずは俺が一口飲むか。ゴクゴク。ほら、大丈夫だろ?
御付きの女はレイピアをいつでも抜けるようにしていたが、弥太郎を見るや否やビクッと震えたあと、ワナワナと指を柄から離した。弥太郎の力量を正しく理解したようだ。そう、弥太郎がその気になれば一瞬で首と胴が離れる。無駄な抵抗と察したようだ。かなりの眼力があるな、この女は。
「ほら、水だよ。飲んでいいぞ。」
竹筒を女に渡す。毒見はしているが、それでも従者が毒見をしている。大丈夫だろ?
女は久しぶりの水が喉を潤し、安全を確認できてプハッと息を吐き、目を潤ませた。そして主人であろう娘に手渡した。薄茶色の髪のフランス人形のようなその娘は、一口水を飲み、その後、ゴクゴクゴクっと一気に飲み干した。心なしか顔色が戻ったようだった。
「xxxxxxxx、xxxx、xxxxxxxxxx」
娘から一気にまくし立てられた。多分、感謝の言葉とか、嬉しいとか、そんな感じだろう。全然聞き取れないけど。よく見れば大きなアーモンド型の目、ツンと整った鼻、美しい眉、細い顎、何とも素敵な顔立ちだ。てか、素敵どころじゃない! クレオパトラもビックリなくらい美しいぞ!!?
とりあえず、大丈夫そうだ。水筒を髭面のおっさんにも渡すと音を立てて全て飲み干した。酒の方が似合いそうなおっさんだが、一息付けたかな?
おし、後は仲良くなって羽茂城に連れていこう。詳しい話は後から聞けばいい。
んーと、仲良くなろうって、何だっけ・・・? あーこうだっけ?
「やー、りゅぶりゅー、つぅびゃ」
俺は笑顔で娘に手を差し伸べた。
途端に、娘は真っ赤になり、キョロキョロと辺りを見渡した。御付きの女はプッと噴き出している。髭面おっさんは半笑いだ。あれ、何か変なこと言ったっけ?
娘はうつむきながら立ち上がり、上目遣いで俺を見ながら、
「xxxxxx」
と呟いた。何て言ったか分からない。そして俺の手を取ってくれた。良かった。受け入れてくれてみたいだぞ。
「者共、大義であった! 異国より来たこの三人は、大事な羽茂本間の客人じゃ! そなたらの罪は問わぬが、これより手出しは無用! そこな船にも手出しは許さぬ! よいか?!」
「は、ははー!」
村人たちに罪はない。誰だって見知らぬ者が急にやってきたら戸惑うものだ。
だが、もうちょっと早く知らせてきてほしかった。あと、この地面で伸びている間抜けはほっとこう。じきに目を覚ますだろ。
供の乗っていた馬に三人を乗せ、俺も環塵叔父と一緒に馬に乗った。環塵叔父は「よくやったっちゃ!」と喜色満面だ。うん、俺頑張った。
「では、羽茂城へ戻る! 行くぞ!」
「おおーっ!」
もう夕飯時は過ぎた。薄暗くなった道をゆっくりと馬が歩みを始める。着くころには真っ暗かもしれんな・・・
・・・あれ?
遠距離恋愛してた彼女に言った言葉じゃなかったっけ。「やー、りゅぶりゅー、つぅびゃ」って。確か・・・意味はあい、らぶ・・・
「ああああああ!」
俺は恥ずかしさで天に向かって叫んでしまった。
薄暗くなっててよかった。見られていたら、きっとトマトのように真っ赤だったに違いない。
この時期、ロシアは存在しません。だからロシア語はありません。
たぶん、東スラヴ語なんでしょうけど、そこから派生したロシア語やウクライナ語は似てるので、ロシア語でも大体意味は通じるってことにしています。
筆者の第二外国語は、ロシア語でした。役に立ったのは、ウクライナの人に「Cはウクライナ語で何と発音するでしょう?」と言われて「エス」と答えて褒められたぐらいです。




