第三十四話 ~朱鷺~
<佐渡国 羽茂郡 羽茂城 殿屋敷>
「よし、今日はここまで!」
ふぅ。
ようやく終わった。則秋のやつ、元気になったと思ったら、厳しすぎるんだよなぁ。
俺は剣術修行で汗だくになった体を、軒下の板の間に投げ出した。
「主様。寒空の下でこんなところで寝ていては、お風邪を召しますよ。お汗をお拭きください」
「ありがとうな、多恵おばさん」
「あ、照詮は、うちが拭いてあげるっちゃ」
そういうと、一緒に修行していたレンがニコニコしながら俺の汗を拭いてくれた。あんま汗掻いてないのか…… 根っからのスポーツ少女だなあ。そして「俺より筋がいい」とか言われてた。足の速さじゃ全然勝てないし。そのうち、霊長類最強女子みたいな超人になっちゃうんじゃ……
領主になって半月ほど。先日の西三川への河原田の強襲を退け、ようやく落ち着いた日々が続いてきた。
毎日の日課は、三度の食事、歯磨き洗顔、剣術修行。その後は政務。夜は思案だ。
時代的には一日二食だが、やはり食事は三度食べたい。佐渡には海も山もあり、四季の変化も豊かだ。聞けば、佐渡で有名な食材としては、
春はぜんまい、わらび、タラの芽、筍、ワカメ、鯛。
夏は野菜にイカ、岩ガキ、アワビにサザエ。
秋は収穫物は目白押しで、米はもちろん、柿や椎茸、エビ、鮭やカマス。
冬には大根、産卵期の脂の乗ったブリやカワハギ、マガキやズワイガニ。
うん、豊富だ。粗食に慣れた身として涎が止まらない。問題は労力と人的資源と生産性か。
十分な数が供給できるようになったら、空海屋を使ってこれらを越後や敦賀などの港に運ばせよう。高く売れるものがあるかもしれない。
歯磨きや健康の維持増進は大事だ。
この時代に医術が進歩しているなんて聞いたことがない。お札張って祈ったところでウィルスや病原体がいなくなる訳もない。虫歯は泣くほど痛い。流行り病でポックリとか冗談じゃない。ツギハギの天才外科医や失敗しない女性医師なんていない。『早寝早起き朝ごはん』と手洗いうがい、剣術修行で、少しでも自衛しなくては。石鹸やシャンプーもないな。どうやって作るんだ?
年を越し、俺は七つになっていた。
新年の挨拶周りで、米の裏作で作られる大麦の葉が揺れる村々を精力的に回った。環塵叔父は「新年の挨拶じゃから仕方ないのう」とか言ってガンガン飲みまくっていた。楽しみがあるのはいいことか。その分、祝い金は多めに渡してきた。幼い領主の俺だが、ほとんどの村は温かく迎えてくれた。そういや、海辺の小比叡村に見知らぬ船が漂着して人が乗ってたと聞いたが。あとで報告を聞くか。
直江津の越後屋蔵田五郎佐からは、文が届いている。
「まずは、南佐渡の平定おめでとうございます。人員をさらに送ります。今後ともご贔屓に」といった内容だ。サチからも、手製のお守りと文が届いていた。「お慕いしております」とか、手紙だと大胆なんだよな。
雑太本間と河原田本間にも、代替わりの挨拶文を出している。
もっとも、河原田には届いた後に西三川を攻められた。ボコボコにしてやったけどな。佐渡統一を目指す河原田にとって、羽茂本間は相変わらず最大の敵だ。田植えが済んだ頃にまた進軍があるやもしれん。
雑太からは「喜ばしい。雑太を支えるように」と言われているが、若冠七つの領主だと聞いて侮り、兵を集めているらしい。悪政を顧みずに一揆勢の弾圧を続けているし、仲居義徳への借りも返さねばならぬ。いずれにしても敵となるだろうな。
直江津から人が送られ、兵の数は四百人にまで増えている。毎日厳しい訓練を欠かさず、精強な軍を目指している。重い長槍を持つには、何だかんだで筋力は大事。薪割りとかも訓練を兼ねてドンドンやってほしい。越後屋からは、槍や弓などいいものと聞けば送ってもらう。そのうち佐渡の覇権をめぐっての大きな戦が待っているからな。
越後の長尾家にも、もちろん手紙を出している。あと上杉家にも。
為景からは「おめでとう、あと半分」という内容。上杉家からは「もうすぐ大きな戦がある。味方をすればよし。しなければ攻め込む」みたいな脅しが含まれた手紙が戻ってきた。関東管領様だから、味方して当然と思うか? まあ、長尾家とつながっているという情報は流れているだろうし、敵と見られてもしかたはないか。
「領主として、まずは軍備に力を注がねばならんな」
俺は、レンに汗を拭いてもらいながら皆に語りかけた。しかし、返ってきた答えは意外にも違っていた。
「んまぁ、軍備に関しては、それほど急がんでも大丈夫じゃろ。河原田はこないだの負け戦でこりちょるし、雑太は一向一揆勢に手を焼きそれどころじゃない。今のまま続けていけば、どうということはないっちゃ」
環塵叔父は飄々と俺に言う。本当なのか?
「そうねえ。河原田はかなりの痛手だったみたいよ~。八十のうち、負けても半分は戻ってくると思ってたみたいだから。家の中でも敗戦の責任を取れだとか取らないだとかで揉めているみたいよ~」
紫鹿おばちゃんが黒蜘蛛からの情報を伝えてくれている。揉めているのは、自然発生したものか、黒蜘蛛の手のものによるものか分からんが・・・後者かもしれんな。
「それよりも、まずは羽茂郡を立て直した方がええ。悪臣の白井や斎藤のせいで、村々は疲弊しちょる。四公六民と言えども、元から取れる量が少なくては、やはり食えんっちゃ」
環塵叔父は諭すように俺に話しかける。
コホンと空咳が一つ聞こえた。
「さらに、『分国法』のようなものが必要ですな。前の羽茂本間には法はあっても法は無し。実力者の気分だけで年貢が上がったり下がったり、罪人になったり許されたりしておりました。『律』によって動くことが肝要。こちらを強くお願いいたします」
先日、牢から助け出した辻藤左衛門信俊が俺に堅い口調で話す。生真面目で空気読めない所はあるけど、自分にも人にも厳しい感じがする。あれだ、水滸伝に出てきた鉄面孔目裴宣って感じだ。公正な裁判官的な人になってくれないかな?
同じく牢から助け出した、新発田収蔵が財政面について語り出す。
「照詮様がお持ちの私財は、かなりの物。これだけで羽茂郡全体数年は持ちこたえられましょう。しかし、銭とは使えば消えゆくもの。酒や食べ物のみに使えばやがて消えゆき、再び羽茂郡は困窮しましょう。民を飢えさせないためにも、農民や漁民の生活の立て直し、新たな特産物作りやその保護は急務と言えます」
「医療や人材の育成も足りておらぬ」
今度は長谷川海太郎だ。
「医師の絶対数が足りておりませぬ。また、民のほとんどは読み書きすらでき申さぬ。そもそも学ぶ場がないために農作業ですら見様見真似。遠く明においては『府学、州学、県学』という物を作り、優れた人材を育成していると聞きます。一朝一夕にできる物では御座いませぬが、ご検討ください」
小学校とか農学校、看護学校、医療大学とかか。そりゃそうだよなあ。寺子屋すらない時代だもの。8割~9割近くが百姓だ。「農家に学はいらない」とか現代でも言ってる人いるくらいだからな。いつの世でも識字率とか自分で考える能力は必要だよな。1・2年くらいでは何ともならんが、10年先を見越して少しずつできないか……
「戦なら、おれ、がんばるぞ」
弥太郎から心強い言葉が聞けた。頼りにしているぞ。弥太郎がいれば百人力だ。
「戦に関することや、主殿の留守はお任せくだされ。傷も癒え申した。戦稽古につきましてもお任せくだされ」
話を聞いていた椎名則秋は、巨体を揺らして笑いかけた。本当に一時期はどうなることかと思ったが、快方に向かっているようで嬉しい。そうだな、留守の大将役は則秋にお願いしよう。
槍隊長には弥彦、弓隊長には正義が就いた。あと、西三川で捕らえた赤塚直宗。あれは中々いい人物だ。頭でっかち気味だが、そういう者が必要なことがある。
……しかし、まだまだ人材不足だ。将の器があるものを見つけねば。
「越後屋や長尾家、柏崎水軍との縁も大事にせねばならんしのう。行かねばならんじゃろうて」
環塵叔父は人の輪を大切にしている。せっかくこっちに味方してくれていても、疎遠になれば逆の立場になりかねん。手紙だけでなく、顔出しは必要だ。急ぎではないが……
「照詮、越後に行くの?! うちもいくっちゃ!」
「お、おい! レン! 遊びにいくんじゃないんだぞ!?」
レンは仲馬叔父の許可を得て、俺の身の回りの世話係兼、修行仲間として城で暮らしている。仲馬おじも身体能力の高さから俺の配下の侍となり、久保田仲馬と名を変えている。でも、いくらレンが運動神経いいからって、危険な場所に連れていくのは……
「私は、主様が決めたことなら全て応援いたしますわ。お出かけになられる際は、レンを小間使いとしてお連れ下さいませ。もっとも、直江津には想い人がいるみたいでお邪魔にならなければよろしいですけど」
「ええ? 照詮!? 聞いてないっちゃ! うちの他にも女がいるっちゃ?」
「い、いないぞ! というかレンは俺の女だったか?」
「ひどいっちゃ! うち一筋って言ってたっちゃ! ばか! すけべえ!」
……多恵おばさん。どうしてこんな非道を……
楽しそうにニコニコ笑わないで。今日からまた添い寝に来ていいから……
『斎藤を殺す』『羽茂本間氏を倒す』ことばかりを考えていた俺だった。謀を胸に抱き、痛み、怒り、不安で眠れぬ夜が続いたこともあった。幸いなことに悲願成就となり、俺は今、羽茂城の主としてここにいる。
だが、これからは羽茂郡の領主として、領地領民の生活を守り豊かにせねばならん。そうでなければ羽茂本間氏を倒した意味がない。
数十年後に俺が世を去ったとしても、佐渡が繁栄し続けるような国家安寧の礎を築かなくてはならんか…… 途方もない大事業だぞ、これは。一瞬一瞬の時を大事にしていかねば。
女一人の心すらままならぬ俺だが、小さな両肩に圧し掛かるものはとても大きい。
万力のような力で両肩を抑え込まれ、ガクンガクンと首を前後に揺らしながらも、俺の双眼は遥か遠く彼方の空から目が離せなかった。
現代では絶滅してしまった白い鳥が、黄色味がかかった淡くやさしい桃色…… 朱鷺色の翼を優美に羽ばたかせ、雲一つない青空を飛んでいった。
第四章「南佐渡の炎」 ~ 完 ~
ご愛読ありがとうございます(*'ω'*)
南佐渡平定により、これにて第四章「南佐渡の炎」を終えます。
様々なご感想をいただき、とてもありがたく思っております。
自分の勘違いを教えていただいたり、「斎藤をあそこで殺さないのは納得いかない」など率直な意見を伝えていただいたり。自分でも悩みながらも、今を大事にしつつ、いかに大局的に活動できるかを物語の主人公同様考えております。もしかしたら、ひっそりと改訂するかもしれませんが、そのときは「ああ、変えたな」とニヤリと笑ってくださればと思います。
第五章は~ どうなるでしょうね(*´ω`*)?
内政が主な内容になるかもです。
しかし、内政パート・・・少し足を踏み入れただけで、底なしに深いことが分かってしまいました(*´Д`*)
入れなくてはならない知識が膨大! 調べる資料が山積み!
もっと金塊チートで楽々できるかと思いきや、これじゃ一朝一夕では終わらんよ\( 'ω')/殺す気か!!
あー「岩塩鉱床が見つかった!」とか「魔法で、塩も溶鉱炉もソナー付き漁船も火薬も鉄砲も生糸も作りたい!」とか現実逃避したくなっている作者です。でも頑張りたいです。(少しだけは楽させてください。)
あとちょいちょい入れている伏線を回収できたらいいな。
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今後ともお付き合いいただけたら幸いです。




