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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
「南佐渡の炎」

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第二十八話 ~千手村防衛戦 前夜~

<佐渡国 羽茂郡 千手村 村長宅 広間>



「・・・そして、俺の射た矢が、斎藤の右腕を図鈍(ずとん)よ! どうよ!」

「いやあぁ、大した腕じゃ! あの戦は、弓隊のお主らが論功行賞の『論功第一』なのは間違いない! だが、明日は儂が頂くぞ!」

「ハハハ! 何を言うか! 明日も弓隊が頂くぞ!」


陽気な声が、夕暮れ時の俺の屋敷に響き渡る。

意気盛んな男達。明日の決戦前に向けての鋭気は、十二分に養われているようだ。



七日前の斎藤達を撲滅した戦に、配下の男達は気をよくしている。


相手の手勢十人を倒し、死者0、負傷0と完封できたのだから、嬉しいに決まっている。加えて俺は、特に秀でた才を見せた弓隊の一人ひとりを激励し、初陣勝利を飾った礼として奮発して一貫文ずつを恩賞として配布した。鎌倉時代の「御恩と奉公」ではないが、よい働きをした者には、それ相応の対価を渡す。これにより他の者達も「俺だって!」と張り切り、相乗効果が期待できる。



「では、明日! 相手方は二百ではあるが、こちらはそれ以上いる。加えて天の時、地の利は完全に我らの物だ! 明日の祝杯を楽しみに、今日はここらで〆るぞ!」

「いよっ! 照詮様! 『軍神』様!」


兵の士気や体調を管理するのも指揮官の大事な役割だ。深酒は動きを鈍らせる。気分が良くなったところで程よく切り上げるに限る。幸いなことに皆、俺に従ってくれてほっとした。



俺の屋敷に集まっていた男達は、それぞれ()てがわれた仮設の長屋に戻っていった。屋敷に残ったのは、一緒に住んでいる環塵叔父、羽茂の町から戻ってきた忍びの紫鹿おばちゃん、護衛の弥太郎、そして弥太郎の母の妙恵おばさんのみだ。



「主様。湯が沸きましたので、お入りになられてください」

「うむ。分かった」


俺は妙恵おばさんに促され、着物を脱ぎ、前の本家の奴らが作っていた蒸し風呂に入ることにした。




<佐渡国 羽茂郡 千手村 村長宅 風呂>


戦国時代には、各家庭で湯に浸かる文化はない。蒸し風呂だって超がつくほどの贅沢だ。直江津から仕入れてきた炭を使って水を沸騰させて、仕切られた二畳ほどの板の間を湯気で満たし、麻布で身体を拭く。これでも十分に清潔とリラックス効果は期待できる。・・・だが、やはり湯舟に浸かりたいな。羽茂本間との戦がひと段落したら何とかしたいものだ。



俺は戦国サウナの湯気を浴びながら、明日の事を思案することにした。



・・・紫鹿おばちゃんが、昨日千手村に戻ってきて羽茂本間の動向を報告してくれている。

それによると、明日の正午頃、羽茂本間の持つ侍40名、村人の足軽160名ほどの手勢が、ここ千手村へ攻めに来るらしい。



情報は、紫鹿おばちゃんが羽茂の町に酒場「秋鹿笛」という店を開いて、酒運びをしながら聞き込み調査。そして、配下の忍びを()()()使ってさらに情報を引き出していた。この十日ほどで、斎藤はおろか、さらに重要人物の情報も仕入れてくる辺りは流石としかいいようがない。



案の定、斎藤は、四肢を射抜かれても黒くてカサカサ動く昆虫のごときしぶとさで、羽茂本間の居城羽茂城へたどり着いていた。そして、


「身の丈七尺(約2m10cm)もある巨漢がいた!」

「矢が百本は飛んできた!」

「供は皆討ち死にしたが、儂が剣を振るって百余名を血祭にあげてきた! 残りは十にも満たぬ!」


と、言いふらしているようだ。小人は自分を大きく見せることが本当に好きだな。

それでいて、「念には念を入れて、全軍で一揆勢を打ち破りましょう!」と強引に進軍を承知させたようだ。


本人は歩けないため、四人で運ぶ輿を作らせ、そこから軍配を振るうらしい。「儂の策略を持ってすれば、村人共など恐れるに足りん。」だって? 「無能な働き者ほど必要ないものはない」と誰かが言ってたぞ? 



だが、相手をするこちらからすれば、本当に有難い存在だ。200人を守る城を攻めるとなればこちらは大きな損害を覚悟せねばならない。西三川に派遣した、椎名則秋率いる別動隊50名は、明日の同じく正午頃に、羽茂城へ侵攻させる。ほぼ空の状態だろうから制圧は容易い。あとは、千手村の防衛戦を成功させるだけだ。



斎藤は、聞きもしないのに、自分の自慢話を吹聴していたそうだ。

妻や子供はいないが、世話係の女十人がいて、全部自分のお手付きだとか。蓄えた財を使って池を作り、高級魚の鯉を飼っているとか。敷地内に社があって八百万神の御加護があるとか。


だが、女どもは汚い斎藤の言いなりになるのはうんざり。付近の村々から略奪を繰り返して財を為し、鯉も社も元住んでいた上級侍を騙し陥れて手に入れたもの。鯉の背中を洗う際に、誤って鱗を一枚はがした下女が殴り殺されたとか。叩けば埃の出る男だな。奴が大切にしているものは、鯉と社ね・・・ 大切なものを奪われる辛さを、十二分に味わってもらおうか。



驚いた情報は、羽茂本間の領主、本間高季の病気と、息子高信の為体(ていたらく)だ。


本間高季は、昔は名君と言われていたようだ。長尾為景に頼られるくらいだからな。だが、五十を越えると病に臥せることが多くなり、息子の高信にほとんどの仕事を任せているとか。そして、その嫡男高信が残念な男だ。斎藤や家老の白井監物に酒や女をあてがわれ、おぼれまくっているらしい。政を全く忘れて、やること為すこと周囲の言いなり。南佐渡の混乱の大元はここだったのか。諫めたり、斎藤達に歯向かったりした者は地下牢に投げ入れられているらしい。暗君としか言いようがないな。やはり、大黒柱が腐った家はダメだ。




明日来るのは、十人ちょっとしか戦力がいないと見くびってくるだろう羽茂本間軍。逆にこちらは、相手方の戦力を熟知しており、動きも掴んでいる。情報戦では、明らかにこちらが優勢だ。


相手方が唯一邪魔だと感じるのは、弓矢を高所から射ることができる(やぐら)だろう。切り倒す斧とかを準備した足軽もいるようだしな。

基本戦術としては、数に任せての直線的な行軍と広く展開しての力押し。そこから、千手村の村人を蹂躙して略奪と乱取りを楽しむ。と、いった感じだろうな。下衆な奴らだ。慈悲はないな。



千手村には、城の如き圧倒的な防御力はない。しかし相手が攻めてくると分かっている防衛戦なので、備えは十分にしてある。わざと囮にする櫓や、目の色を変えて略奪するであろう物資の準備。そして、それに対応すべく落とし穴や伏兵もみっちりと用意してある。さらに高低差を生かし、武装と地の利で相手方を圧倒する。越後屋の蔵田のおっさんが超特急で揃えてくれた三百本のアレが直江津から届いている。大方の勝負を決めてくれるだろう・・・



七日間の猶予はあった。

相手の動きのパターンをいくつも想定し、なるべくこちらに被害が出ないよう、戦果が十二分に出るよう戦略は練ってきた。あとは本番の明日か・・・



十分考えた。そろそろ出ようとするときに、


「主様。お背中、流しますね」

「え!?」


何と戸を開けて妙恵おばさんが入ってきた!


絶世の美女だし、スタイルもいいし。弥太郎の母なんだけど、なんだかとてもいけない気分になる。目のやり場に困る。

艶のある黒髪は結わえられておらず、それがまた色っぽい。


ま、まあこちらは六つの子どもだし、意識しなくてもいいか!

うん。そうだ。大丈夫。全然やましいことなんてないぞ!


「う、うむ。頼むぞ」


そういって威厳があるように振舞ってみせる。妙恵おばさんは、十五才の子どもがいるようにはとても見えないほどに若々しい。三十もいってないよな。


「明日、戦になりますね」


俺の背中や腕を布で優しく擦りながら、俺に声をかける。


「うむ。だが、大丈夫だ。策は練ったし、動きも万全だ。万に一つも負けるはずもない。弥太郎もいるしな」

俺がそういうと、妙恵おばさんは微かに微笑んだ。自慢の息子が頼りにされてこそばゆいことだろう。 


・・・だが、布を掴む手は震えている。


「小島家が攻められたとき、弥太郎の父も同じことを言っていました。『備えは万全。絶対に大丈夫』、と。・・・でも、戦に敗れ、妙高の主君風間家、そして我が小島家も・・・」


・・・一度負けて囚われの身になった人だ。攻められる怖さは計り知れない、か。

二度目ともなれば、自刃する可能性だってある。


「大丈夫だ。千手村の手勢は二百五十にもなっておる。別動隊の五十と合わせれば三百。羽茂本間なぞどうということはないぞ。それよりも、明日の御馳走を楽しみにしておるぞ?」


お道化てみせる俺。しかし、妙恵おばさんは真剣そのものだった。


「・・・勝ってください。勝ってくださいませ! 明日の戦、必勝をご祈念申し上げます!」


妙恵おばさんは本気だ。本気の本気で俺の、俺達の勝利を切望している。

負ければ後はない。心を鬼にしても、悪魔にしてでも、俺は勝たねばならない。


「守らねばならない人達がいる。迷える佐渡を俺が救わねばならない。こんな所で負ける訳にはいかない。・・・安心して待っていてくれ」

「主様・・・」


・・・これで俺が子どもでなければ、いいロマンスなんだろうが。残念ながら年が離れすぎている。



正直、俺だって怖い。震えがくる。負ければ命はない。背負っているもの全てが一露の夢と消える・・・  情けを捨てろ。鬼になれ。幾万の屍の上に立て!


妙恵おばさんは、母のいない俺の母代わりのような存在になりつつある。子どもという特権を少しだけ使わせてもらって、今日は甘えて添い寝させてもらおうかな。

「秋鹿笛」は、察しのよい方なら分かったかもしれません。


「秋の鹿は笛に寄る」という諺から来ており、語源は、「秋になると鹿は発情期のため雄と雌が互いに求愛するものだが、人が雌鹿に似た鹿笛を吹くと雄鹿はそれに誘われて近づいてきて、人間に捕らえられてしまうことから。」(故事諺辞典より)


「飛んで火に入る夏の虫」と同様の意味ですね。



次話はいよいよ、羽茂本間軍との直接対決です。

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