第二十六話 ~獄炎~
<佐渡国 羽茂郡 羽茂~千手村道中>
「まったく、難儀な山道じゃ!」
羽茂本間家の侍大将、斎藤堯保はいつものように謐き、持っていた棒で供の者を殴った。下働きの者は痛そうにするが、不平の声は出さない。当たり前じゃ。儂が叩いたことに不満を言える者がいるはずがない。
生まれもよくない。見てくれも悪い。体格に恵まれず、武芸の腕も並以下。そんな儂がのし上がるには、他人を蹴落とす以外になかった。幸いなことに、弁は立った。口先だけで人が動くのは気持ちがいいものじゃ。恫喝、詐欺、懐柔、世辞、罵倒・・・ 多少の非道は許されるはずじゃ。多少はな、ハハハ。
「それを・・・高季めが! 病にそのまま臥せっておればいいものを!」
怒りがこみ上げ、さらに棒で下男を力一杯叩く。「ウッ」と呻く下男。それを見てまた少しだけ気分が晴れた。
病に臥せっている羽茂本間領主、本間高季が珍しく評定の間に顔を出したと思えば、『雑太本間から、斎藤、お主への糾弾の書状が届いておる』だと?! ふざけるな! 息子の高信のように儂らの言いなりになっておればいいものを!
『ミナという者への諫言も入っておる』なども言いおって! ミナは儂が飼い慣らした便利な手駒じゃ! 廃するなどもっての他! ・・・しばらくは素知らぬ顔をしておけばよい。そうすればまた病に臥せっているうちに忘れるわ。
・・・にしても、儂らの行動にケチをつける者がいるとはな。一番怪しいのはこれから向かう千手村の奴らじゃな。そして、あの憎たらしい目をした小僧か・・・ あ奴が直江津に行っているのは残念じゃが、今日はまた千手村の奴らを徹底的にいじめ抜いてやろう。小僧が小木に着けば、難癖付けて牢屋へぶち込む手筈は万全。この堯保自らが拷問にかけてやろう。泣き叫びながら死んでいく姿が目に浮かぶわ!
などと考えながら、千手村への道程の憂さ晴らしをしていた。
あとほんの少しじゃ・・・
ん? 何じゃ? あの櫓は?
八日前にはなかったぞ?
訝しがる斎藤堯保。
まあ、どうということはないか。儂に逆らえる者など羽茂にはおらん。四名の侍、六名の槍持ちの下僕、そして儂がいる。儂が口を開けば皆ひれ伏すのじゃ・・・
<佐渡国 羽茂郡 千手村>
「おう! ようやく来たか。斎藤!!」
手ぐすね引いて待っていたぞ。俺は腕を組んで仁王立ち、底なし沼のような笑顔で斎藤を出迎えた。楽しい時間の始まりだ。お前がしでかしてきた悪行の数々、倍返し、いや、十倍返しさせてもらうぞ。
俺の傍には、環塵叔父、身の丈六尺の椎名則秋、膂力無双の鬼小島弥太郎、他十名の精鋭がいる。
四方に建てられた四つの櫓には、捧正義など弓上手たち八名が強弓を持って待機している。指のハンドサインは昨日のうちに練習十分だ。遠目の効く者達だから、見間違えることもない。
さらに、物陰には八十以上の兵を含ませてある。こちらは今日使う予定はないが、念のためだ。そして、布を被せた1㎥ほどの木箱・・・
「なッ!? 小僧!? なぜお主がおる? そして、なぜひれ伏しておらぬ!」
斎藤堯保は慌てた。小木から出て行ったまま、小僧は戻ってきたという報告はない。なぜ村に戻ってきている?! そして、目の前の武装した男たち十名ほど。どこからやってきたのだ!?
「斎藤! 性懲りもなく来たな! また村を壊しに来たな!? これまでの村への非道、暴虐、決して許せぬ! これよりお前に天誅を与える! 地獄へ落ちろ!!」
「小僧めが、増長しおって・・・! 儂に逆らうことは、神や仏に逆らうも同じ! 恥を知れ! 跪け!」
「ははっ、どの口が抜かすか! どの仏だ? 阿弥陀様か? 地蔵様か? 摩利支天様か? 毘沙門天様か? 斎藤!! キサマのような奴をのさばらしておく仏がいるものか! もしいたらそいつは疫病神だ!!!」
許すつもりはない。許せるはずもない。俺たちの村だけじゃない。羽茂の村々を虐げてきた斎藤へ、天誅をようやく果たせるわ!
顔を醜く歪め、斎藤は手の者に命じた。
「そんな見てくれだけの者を揃えて勝ったつもりか!? 地獄に落ちるのは貴様だ! やれ! 者共! 蹴散らしてしまえ!」
「応ッ!」
抜刀し、槍を構え、戦闘態勢を取った斎藤の手下の十名。こだわるつもりはないが、そちらから先にしかけたな? 手筈通りいくぞ。
「小僧! 死ねえぇ!」
凄まじい表情の侍が早速俺目掛けて歩みを始めた。まずはお前からだっ!
俺が掌を天へ掲げた。合図だ! いけっ!!
ビュン!
空気を切り裂く音が響いた。そして次の瞬間、
ドス!!
ドスドスドス!!!
鈍い音がした。肉を貫く音だ。
俺たちを殺そうとした先頭の侍に、四方の櫓から放たれた鷲羽根の矢が四本、ほぼ同時に突き刺さった。
TOT(time on target)、同時に刺さるように意識させた矢だ。同時に攻撃することで、逃げたり躱したり防御態勢をとったりすることができない。一瞬のうちに矢が頭や胸に突き刺さり、侍は「うぐっ!」と低いうめき声をあげて倒れた。死んだだろう。
迫ろうとしてきた二人目の侍。俺は、天に掲げた手を、そいつ目掛けて前へ振った。いけッ!
ドスッ! ドスドス! ドス!
最初の侍と同様、これも次の射手が射た矢が四本、ほぼ同時に刺さった。四方向から飛んでくる矢をかわすことは困難だ。頭や胸を貫き、こちらも致命傷だ。俺たちから十歩以上離れて絶命した。
さらに、死に直面して立ち尽くしていた三人目の侍の方へ腕を振るう。男は、
「あ、あ、ああ゛あああ゛!」
と叫んだが、破魔の矢は止まらない。叫ぶその口の中へ、矢が四本飛び込んだ。ガガガガッと刺さった矢は喉を貫き、男は呻いて倒れた。死んだな。
「なんだ・・・と!?」
斎藤は混乱した。一瞬にして三名の自分の忠実な手駒が失われた。残りの侍は一人、下働きは六人。・・・しかし、やるしかない!
「槍ども! ゆけ! 殺せ!!」
眼前、三つの死を目の当たりにした男達。死への恐怖が、斎藤の下僕たちを過った。しかし、日頃から「逆らえない」という条件反射が身に付いていた者達。悲しいほどに体は動いてしまった。
「う、う、うわあああああ!」
焼け糞気味に槍を構えて突っ込んでくる六名の下僕。俺は無情に腕を振るい、矢を射放させた。
ドスドス、ドスドス!
4名の喉や胸、頭に矢が突き刺さる。もんどりうって倒れバタッと倒れた4名は、しばらくビクビクッと動いていたが、そのうちに動きは鈍くなり、そして二度と動かなくなった。斎藤の手足となり、村人達を蹂躙してきた者達だ。慈悲はない。
「うがあああああ!」
尚も突っ込んでくる2名の下僕。槍を構え、こちらに一か八かの突進だ。
「則秋! 弥太郎!」
俺は忠実な2名の戦士の名を呼んだ。
「ははっ!」「わがった」
二人は前に歩み出た。突進してくる槍をものともせず、正対して太刀と短刀を構える。
槍が届きそうな距離まで来た。二名は突き刺してきた槍をひらりと軽く躱すと、すぐさま攻撃態勢に入った。
「イヤアアアアアアアアアアアアッ!!」
ザシュッ!
則秋の気合一閃。槍を持った下僕を幹竹割に撫で斬った。下僕は槍の柄ごと真っ二つになった。鮮血が周囲に迸る。
弥太郎は、もう一方の下僕の懐に瞬時に飛び込んだ。目で追えないほど、残像が残るほどの鋭い動き。まるで縮地だ。
次の瞬間、片手に持った業物の短刀を男の首めがけ、音速に達するかのごとき勢いで水平に振りぬいた。
ザシュッ ゴロン・・・ ドン
下僕男は、自分の首が超速の短刀で斬られ、自らの頭が地面に落ちていくのを真っ暗になりながら知った・・・
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
斎藤と、俺達の方へ来なかったもう一人の侍は悲鳴をあげた。昨日まで、いや、今さっきまで村で暴れることを楽しみにしてきた仲間が絶命した。それも瞬く間に。
斎藤様は腰を抜かした。ジョロロと音がする。失禁してしまっているのか!?
(・・・いかん。次は儂の番だ。
生きねばならん! 何としても!)
同じように腰を抜かしてへたり込んだ侍は、刀を捨て、合掌して俺達に向かって命乞いを始めた。
「た、た、頼む! 命だけは助けてくれ! さ、斎藤様に言われて仕方なく! 」
「な、何を言うか!」
(斎藤様に怒鳴られた。しかし、仕方ない! 生きるためじゃ! 四の五の言ってはおれん!)
「ほう、仕方なく、な。佐藤弥右衛門次郎。」
小僧が邪悪な笑い顔を見せながらそう言った。
男は驚愕した。な、なぜこの童、俺の名を知っている?!
「弥右衛門次郎。お前、村の女を手籠めにする際、真っ先に動いていたな? 泣き叫んでいた女を殴り、無理やり押さえつけたな? それすらも斎藤に言われたのか?」
(何故それを知っている!? む、村の奴らが言いおったか! ええい、忌々しい!
しかし・・・いかん。全てお見通しじゃ! な、何か言わねば!)
「し、仕方なかったんじゃ! 誰でもやってることじゃ!」
「誰でもやってる、か。なるほど。悪いのは自分ではなく、この世だと言いたい訳か。なるほど、なるほど・・・」
小僧は冷血漢そのものに、俺を睨みつけている。氷のように冷たい視線じゃ! 殺されるッ! 儂の命はこいつの腕、いや、指一本で決まってしまう! 嫌じゃ! 死にたくない!
「な、何でもする!! 命だけ! 命だけは!」
「ほう? 『何でも』、な? 言ったな? 弥右衛門次郎?」
必死に頷く。
(命さえあれば、うまく逃げられるはずじゃ! 頼む、どうか・・・!)
小僧は指を五本開いた状態で天に翳した。
瞬間、俺に向かって矢が無数に飛んで来ることを感じた!!
いかん! 刺さる! 死んでしまうッ!!!
ドス! ドスドス! ドスドスドスドスドス!!
腰砕け状態の弥右衛門次郎の周囲五寸に、矢が円を描くように地面にドドドド!と八本刺さった。威嚇射撃だ。
弥右衛門次郎は、気を失って顔から地面に倒れこんだ。
・・・今は、命だけは助けてやるぞ。命だけだが、な。
そして・・・あとは・・・
俺は黒く染まった心が躍り出すのを感じた。
TOTは、陸上自衛隊の榴弾射撃を参考にしました。
戦国時代でもかなり有効な戦術だと思います。
藁人形論法については、wiki様等から引用。
論点すり替えにより、相手の意見を都合よくねじまげて紹介し、相手の主張を論破したことにする、詭弁・論点ずらしの一例です。
Aが一般論、Bが藁人形論法。
A:私は子どもが道路で遊ぶのは危険だと思う。
B:そうは思わない。なぜなら子どもが屋外で遊ぶのは良いことだからだ。A氏は子どもを一日中家に閉じ込めておけというが、果たしてそれは正しい子育てなのだろうか。
「道路」と限定しているのにも関わらずそれを無視して「道路」=「屋外」と結びつけ、「危険」=「家に閉じ込めておけ」と要素を過剰に拡大して反論しています。
貴方の相手近くにもこんな人いませんか?
論点を「道路」と限定していること。危険とは言っているが「家に閉じ込めておけ」とは言っていないこと。しっかり条件を確認して藁人形を打破しましょう。
ご愛読、評価、ブックマーク等ありがとうございます(*'▽')今後ともよろしくお願いします。




