第二百五十四話 ~赤い毒~
<天文十九年(1550年)二月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城>
「ふにゃあ、ふにゃあ!!」
「エエーン」
「だぁ、だあっ!!」
三者三様の鳴き声。どれも愛らしく微笑ましい。
「紫苑」こと「シオンタㇰ」、「朝太郎」、そして「梓」。
更に、子らを大切に抱く俺の大切な三人の妻たち。俺は今世においてこれ以上ない幸せを噛みしめていた。
昨年の末、正室のレンが念願の子を産んだ『梓』。女の子だった。
レンに似て意志の強そうな凛とした眉。端正な顔立ち。これは気が強くなりそうだ。
「五年の約定」があるため、たとえレンが産んだ子が男の子だったとしても、五年間は世継ぎにはならない。女であっても素質があれば世継ぎの可能性はあるが、今世の日ノ本では世が許すまい。
「梓」と名付けたこの子が幸せになることを。そして、この子らが歩んでいく世が、幸せの多い世にするよう願いたい。
だが、願うだけでは足りない。俺は己の力で世を平にするのだ。
古い柵は堅く分厚い。時に大鉈を振るうが如く古木を切り倒す必要もある。穏やかな話し合いだけで済むなら容易い。だが解決しないときは躊躇いはしない。俺は後の世にも今の世にも非道と蔑む者がいようとも、乱れた世を均す『覇道』を突き進みたい。
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<天文十九年(1550年)三月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 屋敷>
俺は、鼓動の高鳴りを感じていた。期待だけではなく、不安や緊張の色も入り混じっていることも感じている。
「殿……」
艶やかな黒髪。長く美しい睫毛。天女のように嫋やかな女性。俺の大事な人の一人。
俺は、側室「綾」の住む屋敷に久方ぶりに通っている。
「…… 大丈夫か、綾」
「ふふっ、もう何十回も聞きましたよ。殿の『大丈夫か』、は」
綾はお姉さんのようにくすりと笑った。俺は綾の穏やかな表情を見て硬くなっていた頬を少し緩ませた。
「あれだけの難産だったのだ。こうして今、二人時を共にできることを嬉しく思わない訳がない。どれだけ待ち望んでいたか」
「そう、ですね」
綾はそう言うと耳に掛かっていた長い髪をさらりとかき上げた。その美しい何気ない所作に俺は思わず見惚れてしまった。心を奪われたと言ってもいい。
「…… 殿?」
「ん?! あっ、ああ。何だ?」
「ふふふっ。何だか緊張なされてるみたい」
「そ、そんなことはっ! な、ないぞ!」
綾の肉付きが戻ってきたがまだ細く白い指先。どくどくと早まり波打つ鼓動。俺は綾に心の臓の音が聞こえてしまったかのようで気恥ずかしい思いを感じた。少し緊張している? いや、物凄く緊張しているように思う。
「やっと…… 戻ってこれました」
「そうだな。本当に。どうなることかと思ったぞ」
「赤燕様が、かなり強い御薬を飲ませてくださいました。『ほぼ毒のようなもの』とお聞きしました。『心の臓の働きを抑え、血が流れ出ることを少なくする。量を間違えれば二度と目覚めぬものだ』と」
「ふむぅ。鳥兜のようなもの、か……?」
芍薬や梔子、当帰など、生薬に使われる野草には様々な効果がある。適量を用いれば血の巡りを良くしたり、化膿止めになったりする。だが、過剰に摂取すれば死を招くことに繋がりかねない。
…… 最近読んだ洋書の中に『全ての物は毒である。毒でないものは無い。使い方と量だけが薬か毒かを決める』と書いてあった。それに近いもの、か。
「詳しいことは分かりませぬ。ただ、こうして殿と。そして、朝太郎と共に笑い合えることが。 …… 嬉しくてなりませぬ」
「俺もだ」
朝太郎は別室で乳母と警護の者と共に休んでいる。
俺は綾に近寄りそっとその華奢な肩を抱いた。綾も俺の手の甲に手をゆっくりと被せた。妙齢の女性特有の甘く艶めかしい匂いが鼻腔を擽る。俺はそのままぐいと綾を傍に抱き寄せたい衝動に駆られた。が、必死にそれを耐えた。
「…… 佐渡の西北、七浦海岸高瀬の辺りには『夫婦岩』と呼ばれる大きな岩があるらしい。神話にある『伊弉諾と伊弉冉の分身』と呼ばれているそうだ。今度、ぜひ行ってみよう」
「はい。楽しみですね」
「それと、その……」
俺は咳払いを一つしてから、穏やかに綾の目を見た。
「…… 綾。あれだけ大きなことがあったのだ。…… その…… 」
「分かってますよ。殿」
「拒んでくれていいのだ。子はいくらでも欲しい。だが、俺が大切なのは『綾』なのだ。急くことも無理をする必要もない。だから、まだ…… 」
「…… それでも。殿に要らぬと言われることの方が、綾は辛く思います。…… 綾は、殿と繋がりたいのです」
「…… 分かった。できるだけ優しくする」
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俺は少しの気怠さと、満ち足りた充実感の中で目を覚ました。
傍らには安らかな寝息を立てる綾。春を感じる柔らかな光の中、俺は綾の濡羽色の長い髪を撫でながら至福の時を過ごしていた。
公務も午前中は無いはず。ゆっくりと味わうこの幸せな一時を邪魔する奴は半殺しにしてやる。
ドドドッ
「殿ー」
誰かが屋敷の外で叫んでいる。
「殿! お休みの所申し訳ありませぬ! 火急の報せにて!!」
「……」
これは、前世だと何と言うんだったか。
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<天文十九年(1550年)三月 佐渡国 羽茂郡 小木湊>
「照弘」
「? 何に御座りましょう?」
俺は年初に元服をした近習の忠平改め『島津照弘』に一言言いたくなった。島津家の通し字は「忠」か「久」だが「弘」もよく用いられている。それに俺本間照詮の「照」を与えたものだ。前世の「義弘」の「義」も誰かの一字なのだろう。
「…… お前以外が今日の俺に声を掛けていたら、誰彼構わず半殺しにしていたぞ」
「承知仕りました。今後も声を御掛けいたします」
「ぬおっ!?」
平然と忠平は言い返してきた。
「お、おい?!」
「殿は、ぽるとがるとの交易において『揉め事があれば必ず伝えるように』と仰せになられました」
「う、うむ。言ったな」
「小木の湊より『赤い毒』なるものが持ち込まれ、湊役人の一人が毒殺されかけたとのこと。持ち込んだぽるとがる人は拘束済。本来なら速やかに首を刎ねるところでありますが、殿の御決裁が必要。この度はそれに当てはまるかと存じます」
「うむ。当てはまる……」
謹厳な態度で照久は俺に胸を張った。
「あのなあ照久。俺は綾と……」
「殿。『色木瓜』も過ぎれば大事を見誤りますぞ。そのうちどこぞの女子に色で仕掛けられ判断を見誤るやもしれませぬ。お気をつけくださりませ」
「あ、あの……」
「『忠臣』とは『直』。『道理にかなった正しい行い』を主君に伝える者のことです。『盲信的に従うだけ』の者は忠臣とは呼びませぬ」
「うっ……」
「よいか弥三郎。お主もしかと心得よ」
「はいっ!」
もう一人の近習、紫苑色の小袖を着た土佐国長宗我部家の長子にまで……
…… はんばーぐで喜んでいた子が。いつの間にやら勤勉実直な執事みたいな感じになってる。育てた上司の顔が見たい。って俺か。
「しょうせん様!」
「おお、ヴォルフハルト」
半分日ノ本、半分洋服のような小ざっぱりとした服を着た男が俺達を出迎えた。小木湊でポルトガルとの渡来交易を一手に担う、首席外交官のヴォルフハルトだ。
随分と前に倭寇に騙されたポルトガル人レイリッタ達の一行にいた人物。その後俺の元で働き、渡来交易の準備、価格折衝、倉庫管理、要人接待などで多くの成果を為してきた。同じ小木迎賓館で働く佐渡の娘と結ばれ子も成している。少し気弱な所もあるが語学に明るく着実に仕事をこなす。渡来交易には欠かせない人材だ。
「おいでくださり、ありがとうございます」
「聞いたぞ。『毒殺をしようと試みた』とは、穏やかではないな。何があったのだ?」
「『Veneno Vermelho』のことですね。じつは、それが ……」
俺はその『赤い毒』にまつわる奇妙な話が、後の世を変えるものになるとは想像もしていなかった。
緑の鳥が教えるアプリで、ポルトガル語について学んでいます。カフェで注文するとき困らなそうです。やはり語学はアウトプットが大事ですね。
「万物は毒である」
これは錬金術の開祖と呼ばれる16世紀の医化学者パラケルススの言葉だとされています。
人間に必要な水も、多すぎれば腹ははち切れ水中毒になり血液中の塩分濃度が下がり最悪死に至ります。酸素や塩分も同様です。何事も適量・程々が大事と、中庸の在り方に似ていると捉えています。
作中、島津義弘の「義」の字について記述がありました。
薩摩国を治める島津家は足利将軍家とも繋がりが深かったそうです。「島津忠平」と名乗っていたところ、天正14年(1586年)に時の将軍足利義昭から「義」の字をもらい「島津義珍」と改め、翌年に「島津義弘」と名乗ったそうです。時は「本能寺の変」の後、一応「関白が秀吉。将軍が義昭」という期間ですね。
豊臣秀吉による天下統一が始まる頃。九州征伐に赴く秀吉の先陣は毛利家。だが、島津家は強く毛利家は敗戦を続ける。そこで毛利の元に身を寄せていた将軍義昭が、島津家と秀吉との講和に関与。一応の「名目上の上司である将軍義昭の上意」により、島津家は秀吉に降伏という形をとったようです。その頃に義弘は偏諱を賜ったのでしょう。その後、足利義昭は島津家との講和の功を認められて十数年ぶりに帰京。秀吉に厚遇されたそうです。
「本能寺の変」とか「正中の変」「桜田門外の変」、「壬申の乱」「応仁の乱」や「島原・天草の乱」などにつく「変」と「乱」の文字。これは、「変」が「クーデター」「犯罪行為」「小規模」「時の権力者を倒された(政変した)」もの。「乱」は「大規模な軍事衝突」「時の権力者が鎮圧した(政変しなかった)」もののようです。
「本能寺の変」では、権力者織田信長が明智光秀に討たれた政変だから「変」で間違いないですね。「壬申の乱」の「乱」はちょっと難しい。天智天皇の後継者争いで、大友皇子と大海人皇子が争う。どっちが正統かよく分からないし、どちらかと言えば皇太子は天智天皇の弟の大友皇子で正統であり、息子を天皇にしたい天智天皇の子大海人皇子が簒奪者的な感じはするのですが、一か月近く長く続いた内乱、戦い(War)なので乱なのかな、と。ちなみに弘安の役とかの「役」は朝廷や幕府の命令による戦いなんだそうです。もう少し学びたいところですね。




