第二百五十三話 ~第八回佐渡収穫祭 最速船会~
<天文十八年(1549年)十月 佐渡国 羽茂郡 羽茂>
八度目の「佐渡収穫祭」だ。
国力の増強と文化の質的向上、それに余興。これが中々に好評で、日ノ本各地から猛者たちが佐渡に集まり鎬を削っている。和歌や書、陶芸や絵画、米作りや果樹の部門、畜産、更には武術大会。名誉的なものに加えて大きな褒賞を得ることもできるため各地の名人が集まり、修練のために佐渡の地に留まる者もかなりいる。
総じて佐渡に高い文化が根付くことに繋がっている。
昨年度からは「競馬」が始まった。
会場は加茂湖に作った競馬場。ノンノがいる加茂牧場の近くで、普段は軍馬の練兵に使う施設。優良な馬が集まり、よりよい交配に繋げることができる。ゆくゆくは賭け事としても発展していくかもしれない。
義弟の佐渡上杉謙信が愛馬である月毛色の馬『放生月毛』と共に参戦したいと言っていたが、今年は嫡男が産まれるというので泣く泣く薩摩国で夫の帰りを待つ妻「はな」の元へと行っている。果たして、誰が勝つだろうな?
そして、今年から始まったのが……
パシッ!
「おおっ、良き当たりにて! 流石は参議殿…… ではなく、照詮殿ですな!」
「お褒めの言葉感謝いたします。房基殿」
羽茂城からほど近い場所に作った「打球場」だ。
「打球」と言うと聞き馴染みはないが、木槌のような杖を振り山毛欅材を柚子程の大きさに丸く削り磨いた球を打ち、決められた五寸ほどの穴に入れる遊戯。前世で言う「ごるふ」に当たる。
初の試みということで参加者は十六名。四人が一つの組となり順番に場を巡る。出場者は焙烙頭巾や槍隊長保科正俊、弓隊長捧正義、柿作りの名人の吾作叔父など。皆、日頃から鍛錬を積み重ねてきている、集中力の凄まじい人物ばかり。簡単に勝つことは難しい顔ぶれだ。
そこへ、俺の子どもが生まれた出産祝いに何と従三位一条右近衛中将兼阿波権守房基がはるばる土佐から来ていただいたので、急遽参戦してもらっていたのだ。
同じ組に入った房基の打球は……
パシーンッ!
!!
「おおっ!! 房基殿こそ良き当たり! これはだいぶされておられますな?」
俺はくいくいと親指を上げて房基に問いかけた。
「ふふっ。これこそ我が生きる道にて。我が叔父にも『蹴鞠よりもより面白き遊戯』と伝えております。堺の湊や京の都でも流行り申しておりますぞ」
「それはそれは。左大臣(一条房基の叔父、一条房通)殿がお気に入りとあれば、より多くの方々に広まるやもしれませぬな」
「打球」は、日ノ本の上流階級の社交遊戯として流行っていきそうな兆しがある。そのうち、より簡素な仕様が日ノ本全土に広がっていくかもしれない。仕事の合間に寛ぎ楽しむ皆の顔を想像するだけで、俺は頬が緩んでしまう。
見れば数年前に会った時は皮一枚で幽鬼のようだった土佐国の盟主が、今ではすっかり筋骨たくましくなり、肌は血色のいい小麦色に染まっている。楽しみがあること、日の光を浴びること。俺は「義兄」と慕う一条房基が喜ぶ姿を見ることができ自分のことのように嬉しく思った。
さて、俺の番だ。
最終場は最も長い場。ここは一番飛距離の出るこの打棒だな……
親指を上げ、頭は固定。鞭のように腕をしならせて……
パシィイイン!!!
「ぬおっ!」
「「おおおっ!!」」
トン、トントン……
俺の球は遥か遠く、長い場の中間程まで飛んでいった。
「参ぎ、いや、照詮殿! 今の打球は? そしてその打棒は??」
「ははは! これは抱えの大工『木兵衛』に作ってもらった『柿の木で作った打棒』でござる! いいものござろう?」
「素晴らしいっ!! どこで手に入れることができますかなっ??!」
「これは佐渡の柿の木の根元を使った手作りの逸品にて。もし房基殿が某に勝つことができたらお譲りいたしますぞ」
「おおっ!? 約束ですぞ!!」
まあ、最終場で俺が三打も優っているから負ける要素はないけどな。
確か前世で有名だった打棒「ぱーしもん」と言えば柿の木を使った物のことだ。非常に硬くて密度が高く、木目も美しく球を打つ素材としては最高級。俺のお気に入りの打棒だし譲るつもりは一切ない!
よし! 第一回目の「打球大会」の優勝者は俺だっ!!
…… と思っていた時期がありました。
俺が自ら考案した最終場「虎の穴」と呼ぶ深い穴に打球が入り、そこから出すことに四打かけた俺。
逆転負けで二位。栄えある第一回優勝者は一条房基殿だった。お気に入りの「柿の打棒」も進呈することに。とほほ……
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収穫祭も最後の褒賞式となった。
それぞれの入賞者に賞与を渡していく。例年の上位入賞者もいれば、全く無名の人物が優勝することもある。切磋琢磨し、良いものを称える。出生や性別、年齢を問わず実力だけの世界。俺の世作りを体現するようだ。
打球随一の一条房基を祝い、書と絵画は順当に環塵叔父とジョルジョが随一に選ばれた。新設された馬術では、何と俺の近習の忠平が勝利した。そろそろ元服させ、嫁も考えねばならないな。陶芸や米作りでは新たな在野の者が、和歌では無名の女性が初優勝となった。皆、そろって誇らしい顔をしていた。
最も栄誉があるのは、「佐渡~松前間最速船会」だ。
第一回目の優勝者で元山内上杉家臣の庶子三田舞也、計算で船を自在に操る俺の孔明こと宇佐美定満、船の上なら無敵の才能『海の申し子』島津尚久、船の設計ならお手の物肥前国松浦党の松浦隆信、対馬国を治め輸送を司る宗将盛など。皆が情熱と労力を込めた一年間の成果を発揮した結果……
「優勝は、三田舞也!!」
「ははっ!!」
「新型の流線型船『久利覇』を操り最速で佐渡へ到達! 見事じゃ!!」
「祝着至極に存じます!」
割れんばかりの拍手が巻き起こる。
俺は優勝者への五百貫文の目録と「船目極」(船部品の材料を融通するときの優遇を約束する書状)を三田舞也に笑顔で渡す。これがあれば杉でも山毛欅でも銅板でも、好きな船の材料を一年間優遇して手に入れることができる。船作りが盛んで、材料の取り合いで喧嘩が日常茶飯事の佐渡の船大工達にとっては、夢のような印書きだ。
舞也も同じように笑顔で受け取る。だが、予想通り少し複雑な表情を浮かべている。
俺はその意味を理解しつつも、祭りを締めくくる言葉へと気持ちを移した。
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「殿」
「うむ、舞也」
俺は祭りで入賞した人物との宴の会の最中、「最速船会」で優勝した舞也と二人になった。
「殿。…… 某が栄誉を受けてもよろしかったのでしょうや?」
三田舞也が声を潜める。
「どういう意味だ?」
「…… あの船は殿が発案されて設計した物。某だけの手柄とは言えませぬ」
「…… 実直だな。舞也は」
俺は酔わぬよう水を入れた酒杯に口をつけた。
三田舞也が乗った流線型船『久利覇』。そう、俺が発案した船だ。
キャラック船やガレオン船のようにずんぐりどっしりとした船体ではなく、水を切り裂くような先端と鋭利な刃物のように細長い船体。容量や人員数、戦闘性能を捨て、型は小さいが少人数で操る『速さだけに特化した船』。前世では「くりっぱー」、もしくは「すくーなー」と呼んでいた船を参考にした船だ。もう少し大型で新茶を西洋に運ぶことに特化したものなど、前世の記憶を頼りに俺が提案し佐渡国の造船・鋳造総括顧問イゴールと共に開発した試作船だ。
「殿が乗れば殿が優勝為されました。某は乗っただけに御座います」
「…… 違うな」
俺は南国から送られてきた甘露な干し芒果に手を伸ばす。
「設計まではしたが、造船の大部分と試乗はお主の第七艦隊だ。そして乗っていたのはお主だ。乗っていた者が優勝者だ。それに、お主の腕があるからより速く到達できた。…… とまあ、色々あるがお主なら分かるであろう? そういうことにしておいてくれ」
「…… 殿のお考え、拝察いたします。委細、承知仕りました」
祭りの主催者が祭りの最大の栄誉を得るのは好ましくない。妬みや嫉妬は要らぬ災いを呼ぶ。「船目極」を個人に渡して要らぬ争いを無くす…… 等々を加味し理解した舞也は首を垂れて俺に酒杯を掲げ、そのままの体勢で素早く下がっていった。
俺は三田舞也の実直さと賢さにますます好感を抱いた。
船の速さは武器になる。
それに、俺には為さねばならんことがある。
その為には、この現世でできる最速の船が必要だ。
俺は遥か遠くへと思いを馳せた後、再び祭りの主催者としての職分に勤しんだ。
「佐渡収穫祭」は、「第百三十七話 ~越中へ~ 」参照。
ゴルフに関しては「第百九十三話 ~静と案と理由~」参照です。




