第二百五十二話 ~『佐渡真野城』築城へ~
新章「豊国」スタートです。
<天文十八年(1549年)七月 佐渡国 雑太郡 真野村>
ザクッ
ザクッ
ゆっくりと勾配のある野道を登ると、草が生茂る平らで開けた場所に着いた。俺の横を歩く弥三郎が何気なく後ろを振り返り、そして目を輝かせて叫んだ。
「殿っ! 海です! 海が見えます!!」
「そうか、どれどれ…… おおっ」
振り返るとそこには真野湾の穏やかな夏色の海面が広がっていた。白波がざざと幾重にも寄せ、潮風が爽やかな海の香りを届けてくれた。
「この辺りは広うございますな。築城するにはあつらえ向きかと存じます」
「真野港からも近く、国仲平野西部に位置いたします。佐渡の新たな中心としては最上かと」
「うむ。そうだな」
俺は額の汗を拭いながら、重臣達の言葉一つ一つに頷いた。
「(順徳)上皇様の御陵はもう少し先になります。手を余り入れることができず、申し訳なく思うておりますが……」
「よいよい。順徳院様も田の手入れの方が大事と笑われておろう。もう少し落ち着いてから、よりご安静いただける御所を再建しよう」
「殿の家祖に当たられる方ですからね」
近習の忠平が優等生らしく真面目ぶった顔をした。先祖をより大事にする薩摩の男らしい考えだ。俺はその言葉に目を閉じ静かにうなずいた。この地の先には、何百年か前に佐渡へ流された順徳院の御陵が残っている。それを守るという大義でも佐渡真野城築城はしっかりと理由付けができる。
「今日はこの地で陣屋を築きましょう。忙しくなりますな。ざっとした普請代を試算せねば」
「殿、どれ程の期間をお考えで? 二年? 三年?」
財務奉行の新発田収蔵が算盤を弾きだし、内務を学んでいる片目の斎藤利三が俺に問いかけた。
「十年だ」
「「じゅ、十年?!」」
皆の驚きに俺は平然とした顔を見せた。
カーウ
ターオ
付近の田でついばんできたのであろう。朱鷺がいつものように田螺をついばみながら嬉しそうな鳴き声を響かせた。
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佐渡軍は、大きくなった。
俺が前世から遡り幼い本間照詮の体に命を移し替えてから十余年。想像を絶する程、激動波乱の覇道続きだった。それはこれからも変わらぬだろう。
千手村の村主になってからすぐに佐渡国南部羽茂郡を制し、羽茂本間と名乗りだした俺は、それから佐渡国を統一。越後国北部蒲原郡を長尾為景殿に譲られてからは出羽国、陸奥国、蝦夷国に手を伸ばし奪取。能登国、越中国、対馬国、壱岐国、と海沿いに覇を唱え、筑紫島(九州)地方にも影響力を持った。
琉球国、美麗島、九龍湊、そしてイスラス・フィリピナス、南越国にも。治めてはいないが土佐国、摂津国、畿内にも俺の息のかかっていない勢力はいない。日ノ本国に突如現れた新興の最大勢力、その盟主というのは紛れもない事実だ。
愛着のある羽茂郡の名から、統一した佐渡国の本間氏の惣領として、「羽茂本間照詮」から「本間照詮」として名を改めた。これは佐渡国全土に責任を持つという俺の意志の表れでもある。
その最初の一歩が、佐渡国西部雑太郡真野村に佐渡国を象徴する「佐渡真野城」を築城することだった。
佐渡国は稲作が盛んだ。
特に国の中央部、国仲平野は中央部を流れる国府川、周辺の竹田川、小倉川、小野川、田川、五十嵐川などの流れにより一大稲作地となっている。
日ノ本国の根幹は、稲作だ。確か、米は小麦に比べて四割程も作付けに対する栄養価が高く、それ故にアジア圏は人口を多く増やすことができていたはずだ。稲作を安定化することが、国を強くし民を豊かにする最も大切な事業なのだ。
もちろん、灌漑設備が未熟なため、平地では度々川の氾濫が遭う。治水・川除普請(河川の浚渫、堤防の工事等)は大切で、その命令を伝え、米を集め、湊へと運ぶ。そのために中央に近い場所に本拠地があった方がいい。
他方、佐渡は度々水不足に陥っている。水の安定的な供給のため、それぞれの川の上流にダムも築きたい。水の順番を決める「番水」や、生活飲料水を通す木樋(木製水道管)も整備せねば。やらなければいけないことはたくさんある。
また、完全な平地での米作りだけでなく、棚のように段々にした「棚田」も奨励していきたい。棚田は河川の氾濫による危害が少なく、加えて土砂崩れを防止・抑制働きもある。集中豪雨の際に雨水を一時的に貯留するなど、洪水の発生を防止する役割を果たすことができる。寒暖差により美味しい米に繋がるし、これも佐渡の特産となるだろう。
真野の地に城を築くことは、実務の上で有益だ。
佐渡国中央西部にある真野港を更に浚渫(海の底面を浚って土砂などを取り除き船を止めやすいよう深くする)、長い防波堤を築くことで周辺の湊に限らず、各地の船、更に他国の船も集めることができよう。その者達を下に眺め見ることのできる荘厳な佐渡真野城を見ることで、反抗する意志を摘むことにも繋がるはずだ。「こんな城を築く技術と財力があるのか」、と。その為の十年計画だ。
「不入の谷」から採れた金は、既に底を尽いた。
あるのは金に色や形は似た「黄銅鉱」の塊で、金に比べれば価値はほぼないようなものだ。これからは相川の地で自前で金山開発に取り組む必要がある。羽茂に比べれば真野は北西部の相川に近いし、それに関しても中央部に移動する意味は十分にある……
日ノ本の天下を取る。
だが、取ることを最終的な目的としてはいかん。
豊かで大きな争いのない泰平の世を創る。その為には内政に注力せねばならん……
……
「殿…… そろそろお許しを…… もう堪え切れませぬ」
「む、そうか」
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汗を拭きながら俺は白貉に礼を伝えた。白貉も気恥ずかしそうに頷いた。
レンが環塵叔父の妻妙恵叔母さんから教えてもらったという「小島家秘伝の秘術」により、俺はレンに夢中になってしまった。あの猫撫で声はずるいって。どうやら妙恵叔母さんはあの技で弥太郎も、環塵叔父との子「杏」も授かったらしい。恐るべし!!
おかげというか、ようやくレンにも懐妊の兆しが見えた。今回の真野城築城視察にも「付いていく」と言い張っていたが、「大事な時期です!」と皆に止められて羽茂城で安静にしている。
綾は産後安静、レンは懐妊中、ノンノは牧場で子育て中。
しばらくは我慢かなと思っていたが、「他に女を作られるよりは」と、妻三人の公認で白貉に夜の共をしてもらっている。「忍びの技」があるとかで妊娠しない、らしい。
「では、いつものように肩腰を揉ませていただきます」
「ん、頼む」
行為の終わった後、按摩の技で俺の身体を労わってくれるのもとても心地いい。医学の発展していない現世。外科の技など望めず、飲み薬、漢方薬をすりつぶした生薬、丸薬も効果があまり高くはない。呪いや御札で災いを除けようとするのがやっとの時代だ。按摩の技は前世と変わらず効果が高い。温泉と共に確実な民間療法として広めていけるはずだ。
俺はいつも体を労わってくれる伝説の忍びの双子の姉に深く感謝した。
「白貉、とても助かっている」
「いえ…… 私のような下賤な者を使っていただき、これ以上ない幸せに御座いまする」
「何を言う。それに…… そなたの父、白狼にも礼をせねば、な」
「父には言わないでくださいませ」
白貉の言葉に驚いた俺が振り向くと、白貉は細く長い目を斜めに伏せていた。
「…… 何故か?」
「…… 父のように、優れた忍びを親にもつ辛さに御座います。二人で一人前と揶揄され、忍び修行にもついてゆくのがやっと。『白狼の娘のくせに』と貶され、殿の温情が無ければ既に不要とされる力量に御座いますれば……」
「そんなことはないぞ」
俺は肩を揉んでくれている白貉の手を握った。
「心中した男女の生まれ変わり」とか、犬猫のように複数生まれるのは不吉だとか言われ、双子は「忌み子」と嫌われる時代。確かに子どもの死亡率の高い時代に、どうしても小さく生まれてしまう双子を嫌うことも理由の一つだろう。だが、俺はそんな偏見をも吹き飛ばしてみせる。
「信頼できる人の少ない俺やレンにとって、白貉・白狛の二人は、欠かすことのできない仲間だ。俺の目となり耳となり、そして手足となる者を俺は不要とは思わない」
「…… 嬉しゅう御座います。たとえ嘘だとしても……」
「嘘ではない」
俺は白貉の手を強く握った。
「もし子ができれば遠慮なく言ってくれ。俺の子として確かに育てよう。レンもきっと分かってくれる」
「…… 殿……」
白貉の白い髪が揺れ、紅潮していた白い頬が殊更に紅く染まった。
真野の夏の夜は、もう少し続いていった……
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<天文十八年(1549年)八月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 評定の間>
綾の出産から半年以上が過ぎた。
佐渡軍を取り巻く情勢は、緩やかに苛烈だ。
京の都は、俺の言い伝えを守り三好長慶が様子を見ている。何処かに消えた貴族共や足利将軍家管領職細川晴元の暗躍は続いているが、とりあえずは平穏と聞く。まあ、そのうち一戦あるだろう。
北の蝦夷地が騒がしいらしい。アイヌの民が動乱を起こしていると聞く。小さな火種のうちに収まってくれればいいのだが。
加賀国が能登国へ攻め入っているが、元越中国国主神保長職が能登国国主代理赤塚直宗と共に撃退しているらしい。主なき国との戦は辛いが、優勢のようだ。
そして…… 目下の目標は『関東制覇』だ。
「殿。那須郡にある宇都宮の支城を、陸奥守様(山本勘助)がまた一つ落としたそうに御座います」
「新田金山城の守りは堅く、宇都宮は兵を徒に減らしております」
「不無、順調ですな。そのまま真綿で首を締め上げるが如く攻めていくがよろしいかと」
「ですな」
関東を広く治めていた宇都宮家は、我が佐渡軍の侵攻に押され下野国の領土を月が欠けるが如くに減らしている。助けているのは常陸国を治める名門佐竹氏のみ。そこに対する調略も抑えも加地春綱ら揚北衆の叔父達が進めている。二国とも落ちるのは時間の問題だ。
「武田家、今川家の助力も大きく、先日は堅牢で知られる唐沢山城攻めでは両家が一気呵成に打ち破ったとのこと」
「礼をせねばなりませな」
甲斐の武田晴信。駿河の今川義元。
二人は俺と同盟を結んだ。賢明な判断だと思う。
飛ぶ鳥を落とす勢いで領地を増やす我が佐渡本間氏は、このままいけば関東より北を全て手に入れる。その後の矛先は? というと西南に当たる武田の甲斐信濃か今川の遠江駿河しかない。それを防ぐ為には先手の同盟が一番、という訳だ。
両家に佐渡銃の設計図と見本を渡したことで、両家は一気に俺に近づいてきた。気づいたのだ。「敵にするべきではない」、と。そして、銃のもつその圧倒的な軍事力と、それを用いる為の硝石の入手が限られていることを。
「宇都宮家を打ち破った後は、関東制覇を武田軍・今川軍を交えた三軍で『祝勝会』をせねばなりませぬな」
「何処が宜しいでしょうか?」
「関東の抑えとして町づくりが進む、相模国の淵野辺城が宜しいでしょう。あそこであれば武田殿も今川殿も手近であろう」
「ははっ」
俺の孔明こと、宇佐美定満肝入りで進めている大集積都市淵野辺城の築城。その規模と我が軍の力を示すにもよいと考えたようだ。
「ただ、一つ懸念が……」
「何だ? 申せ、焙烙頭巾?」
「武蔵国にある滝山城にて、北条綱成という将が籠城を続けております。宇都宮家に属してはおりましたが、袂を分けた模様。我らに敵対はしておりませぬが、投降には応じませぬ。何か考えがあるのかと」
「ふむう」
北条綱成……
とても有名な武将だ。北条家では最も秀でた将と記憶している。
北条氏康は暗殺され、北条家は宇都宮家に滅ぼされたが、一門である綱成は何故か許されていたと聞く。何かあるのだろうか……?
「奇妙ですな」
「攻め入りもすか?!」
「だが、攻めてこないのであれば問題はなかろう。孤立無援の状態であるし、賢い将であれば大暴れして討ち死にするよりかは、そのうち従順に投降するのだろう。監視の目を続けるだけでばよい」
「はっ」
俺の言葉に侍大将本庄秀綱や片耳の薩摩の勇将樺山義久は素直に従った。
やることは多いが、ある程度は優秀な武将たちが引き受けてくれている。
暗躍する者達は蠢いてはいるが、どうにかならないことはない。
俺は評定の間の活発な議論の中、日ノ本統一への道が着実に進んでいると思っていた。
佐渡真野城を築城する場所は、現在の真野公園の辺りのようです。
その先には、佐渡歴史伝説館、真野御陵(順徳天皇火葬塚)があります。順徳天皇と言えば「ももしきや~ なほあまりある昔なりけり」ではじまる百人一首でも有名ですね。
朱鷺の鳴き声はネットで聞くことができました。猫のような鳴き声で、綺麗な声、とは……(´∀`*)
棚田に関しては、佐渡棚田協議会様のHPを参照させていただきました。今も続く佐渡の棚田の魅力が詰まっていました。
https://sadotanada.com/
新章で関係しそうな内容をギュギュギュっと詰め込んでいます。
よろしくお願いいたします(*'ω'*)




