第二百五十話 ~レン~
<天文十八年(1549年)一月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 評定の間>
年始の大評定。
一年の佐渡軍の方針を決める大事な集会だ…… 、が。
「…… 佐渡から関東へ物資を運ぶには海路だけでなく陸路も肝要かと存じます。魚沼と三国峠を繋ぐここ『出雲崎』の湊を広く開き、運び入れるが重畳かと!」
「なれば関東に睨みを利かすため、三国峠から品川津を結ぶ間に『拠点』が必要かと存じあげます! 旧山内上杉家が拠点上野国平井城を改修してはいかがでしょうや?!」
「ならんならん! かような運気の悪い地はならん!」
「ここ相模国淵野辺城辺りはいかがでしょうや?」
「いやいや、関東の北の抑えと言えば武蔵国河越城をおいて他は御座らぬ! 殿! 御決断を!!」
地図を見ながらあれやこれやと皆、本気で論議している。この決定が大きな力となるのだから致し方ないことだ、が。
出雲崎……?
なんか聞いたことあるな。確かにここは、佐渡から関東を直線に結べそうな場所だ。前世で佐渡で取れた金とか、江戸へ運ぶ玄関口にも適してそうな場所だなぁ。
…… んーと、思い出せ。確か、幕府直轄の土地で「天領」と呼ばれていたんだか……? そういや佐渡の酒で「天領盃」という美味い酒があったような……?
「うむ、出雲崎。必要となるだろう! 真田幸綱、お主に湊奉行を任せる! 年内にキャラック船十隻が逗留できるよう湊を整備し、倉庫二十棟を建てよ!」
「!! ははっ!! ありがたき幸せ!!」
「おおっ」と揺れる評定の間。大がかりの土木作業の頭を任されればそれだけ軍内での発言力は上がる。当然、地位も金も手に入る。一族郎党を養う意味でもここは大切な場でもある。俺に名を呼ばれた幸綱は喜色満面という感じで、自慢の昆布のように長い顎鬚を撫でている。
「なれば、関東の抑えは!?」
「某思うに、成田氏の忍城を……」
「不無、なれば湊に近き武蔵国小机城を改修するべきかと」
皆の意見、どれも魅力的で論理的な長所が数多くある……
まあ、関東の地はほぼ掌中に収めている。拠点を築くにしても大がかりな山城というよりは、市や座を広げた「大集積都市」としての意味合いが強くなるだろう。交通の便がいいことが肝要だが……
しかし、連日レンにせっつかれて流石の俺も体が怠い。昨日もだいぶ分からせたんだが。この後の話も頭が痛い。そういや、さっき案に出たあそこは前世で縁があったな……
「淵野辺……」
俺がぽつりと呟いたことで、評定の間が更に大きく沸き上がった!
「おおっ! 淵野辺じゃ!!」
「淵野辺?! どこじゃそこは?!」
あ、何か決まってしまった。宇佐美定満の案が通ってしまった。
ま、まあ、定満の案だし。大丈夫だろう……
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「…… 駿河の今川殿からは~」
「更には~」
「甲斐の武田晴信様より~ ……」
永遠に続くかのような贈り物の品書きの数々。子が生まれた「出産祝い」は国と国を繋ぐ大事な習慣だ。「敵ではないですよ」「仲良くしましょう」というのは、大事な日ノ本の文化と言えるだろう。
諸将の関心は、俺の「世継ぎ」について、だ。
子が生まれたことで佐渡国の繁栄が更に続く、と皆が喜んでくれている。
俺としては、俺の子だからと言って佐渡国の方針を決定するに相応しい人物とは思っていない。血よりも、もっと大事なこと。能力や人柄、礼節や道徳心。そして乱世を生き抜く胆力。これらが備わっている人物でなくてはならないと信じている。
しかし、だ。
「さあ、殿! お世継ぎをお決めくださりませ!!」
「ノンノ様が御産みになられた紫苑様でしょうや?」
「綾姫様が苦難の末、御産みになられました朝太郎様でしょうや?!」
皆の視線が俺に集まっている。期待と好奇心と、様々な感情が入り混じっている。
先に生まれたのは、ノンノの子「シオンタㇰ」だ。少し長いしアイヌ語だと聞き馴染みがないと思うので、通称「紫苑」と呼ぶことにした。ノンノの子だし、骨太で元気な感じのする子だ。紫苑色がトレードマークの近習弥三郎は大いに喜んでいる。
だが、ノンノは自分の子が佐渡国を率いる人物になるのを嫌うだろう。ただでさえ俺の妻であるという重荷を感じているノンノだ。評定の場を嫌がり、今は自分の部屋でゆっくりと紫苑の世話をしている。もし仮に紫苑が世継ぎとなれば、俺は怒りとシゴキでいく晩も眠れなくなる。 …… できれば紫苑はノンノと共に静かな場所で過ごさせてやりたい。
その後、先月生まれたのが綾の子「朝太郎」だ。主に越後国国主長尾為景殿に親しかった中条おじさん、北条おじさん、高梨おじさん辺りは是非世継ぎにと張り切っている。綾はまだ薄粥を少しずつ飲むくらいにしか回復していない。心配だが、長尾家の姫から生まれた朝太郎に期待する声は大きい。
中でも朝太郎に甘いのが……
「おお! 義兄上! 朝太郎が某に微笑みましたぞっ! ははっ!!」
戦国最強の「龍」。佐渡上杉謙信は甥の朝太郎に目がない。もうすぐ薩摩国で祝言を上げた島津日新斎の娘「はな」との間に子が生まれると聞くのに、一向に南へ戻らない。
「朝太郎が元服した暁には、某が烏帽子役を務めまするぞ! 義兄上! よろしいですな?!」
「…… ま、まあ待て。謙信」
謙信の目はキラッキラに輝いている。信頼する主君、愛する姉。その間に生まれた子に甘いのは分かるが、皆の気持ちをだな……
朝太郎をよしとしない者達がいる。
為景殿をよく思っていなかった越中国や上野国の人々、色部勝長ら揚北衆の面々。また、越後国に縁のない者達は、「早くに生まれた紫苑様を世継ぎにするのが当然では」、と思っているようだ。声には出さないものの、朝太郎と決めることに不満がありそうだ……
バン!
「あいや! 待たれよ!!」
強く声を発した者がいた!
誰かと思えば…… あれ、藤助、じゃなかった。斎藤朝信だった。俺が南方を巡っている間に俺の影武者として佐渡にいた男。先の新田金山城の戦いでは見事使番を務めた、目下売り出し中の若者だ。
「なんじゃ? 朝信?」
「えー、おほん! 皆様、お忘れでしょうや?! 大殿の御正室はどなたに御座いましょうや?! それは、『レン姫』であらせられまする! レン姫様の御子こそがお世継ぎ! お世継ぎはレン様の御子をおいて他に御座りませぬ! そこのところをお忘れなきよう!!」
そういうと朝信はわざとらしく頭を床に擦り付けた。
こいつめ。昔からレンの使い走りのままだ。
そう。
俺とレンとの間に、子ができていない。連日励んではいるが、こればかりはどうしようもない。
『正室の子』が世継ぎ。というのは戦国の世では至極当たり前になっていることだ。先に生まれても母の身分が低いから世継ぎになれなかったという人物は数多い。前世では信長の子や家康の子も、そうだったような、ううむ。
「時期尚早! レン様が御子を産んでからお世継ぎをお決めになられた方が…… 」
「これ、藤助! 出しゃばり過ぎだっちゃ!」
野太い声が斎藤朝信を一喝した。
古くから俺を支えてくれている環塵叔父さんだった。今は基本的に千手村で隠居生活をしているが、佐渡国の相談役として未だに大きな影響力を持っている。
「へ、へえぇっ! 環塵様っ!!」
「…… 肝心なのは、照詮とレン。お主らがどう思うかだっちゃ」
「そうよ。レン様、朝太郎様のことをどう思っているの?」
環塵叔父の妻、多恵おばさんは綾姫に代わって朝太郎の面倒を中心的にみている。綾が戻ってくるまではと、熱心に俺の子を育ててくれている。
その通りだ。
俺とレンがどう思うかが大事だ。そして、俺の気持ちはもう既に固まっている。あとは声に出すかどうかだ。俺は隣に座るレンの方を見て声を張った。
「俺の腹は決まっている。あとはレン、正室のお主が決めるだけだ」
すると押し黙っていたレンは恭しくお辞儀をした後、カッと目を見開いた。
「殿の子は正室である私の子でもあります! 綾姫様は伏せっておいでですので、戻られるまでは多恵様と私で、責任をもってお育ていたします!」
凛々しい顔のままに、レンはすっぱりと言い切った。
「おおっ!」
「では……?!」
決まりだ。やはりこうなるのが望ましい。
「うむ。俺も同じように思っていた」
俺はすっくと立ち上がり、皆の方を見据えた。冬の寒気特有の澄んだ匂いが感じられる。
「『朝太郎』を世継ぎとする! その次は『紫苑』じゃ。これは五年間の決まり事とする!」
「五年間……?」
「うむ! 五年の間、儂の身に何かあれば朝太郎を世継ぎとする! たとえ正室のレンに子が産まれても、じゃ。これは要らぬ対立を避けるためと心得よ!」
「は、ははっ!」
「五年の後、子らの成長を見据えて世継ぎを改めて伝えることとするっ!」
前世の徳川の将軍が、たとえ阿呆でも間抜けでも淫乱でも能無しでも十五代まで続いたのは、世が安定していたからだ。能臣達が代わりに世を回していけばいい。
だが、やはり俺は直系の血続きでなくとも、徳川吉宗公のように優れた人材が頂点に立つべきだと思う。紀州をうまく治めていた人物が、前世の日ノ本の柱を立てるような政策をいくつも打ち立てた。
戦国の世はまだまだ乱れる。血筋のみの人材が頂点に立てる時代ではない。
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<天文十八年(1549年)一月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 御館>
レンは俺に背を向けて、椿油を塗った柘植の櫛で髪を整えている。
正室として、綾姫の子を大切に育てると言ったレン。しかし、実際の所は腸が煮えくり返っていてもおかしくはない。子を産めない正室、石女、と揶揄する者がいたと聞いたことがある。
俺とレンの仲はいい。とてもいい。
俺が二度目の生を受けたのも、レンが願ってくれたからだ。そう信じている。
「なあ、レン……」
三度目の声掛け。だが、レンは無言のまま髪を撫でている……
もう無理かと諦めかけて寝ようとしたとき、レンはぱっと俺の方を振り返った。怒っているような顔ではない。
「照詮、昼間は済まなかったっちゃ」
「えっ?」
「気が立ってたっちゃ。許してほしいっちゃ」
「ゆ、許すもなにも」
意外だった。大荒れするかと思っていた。
「うちは綾と、仲がいいっちゃ。綾が大変なときに、うち、正室がどうとか小さいことでうじうじしてたっちゃ」
「そ、そうか」
……
しばしの静寂。
「照詮」
「なんだい、レン」
すると、レンはゆっくりと俺に近づくと、俺の傍に寄り体を持たれかけてきた。
「…… うち。戦場にも、ついていくっちゃ」
「え?!」
レンは大真面目のようだ。
「もう決めたっちゃ」
「だ、だって戦場は危ないぞ?!」
「照詮の傍は安全だっちゃ。それに炊事洗濯医術ができる備は、女でもできるっちゃ」
「確かに、前に言ってたな…… でも今から人を集めるのは……」
するとレンは悪戯っぽく微笑んだ。
「もう集めてあるっちゃ」
「…… え?」
「照詮が関東に行っている間に。うちの直参の、『女だけの備』だっちゃ」
「お、おおぅ」
「道場で鍛えてもあるから、急に野盗とかが来ても女だからと甘く見てたら返り討ちだっちゃ!」
「すげぇな……」
そういや、やけに屈強な女の人達が城の周りに増えたなと思っていたが。確かに、女性がいることで士気も上がるし、糧秣部隊はいつも人手不足だ。
「…… いつも傍にいたいっちゃ」
「レン…… 」
「もう、置いてけぼりは、嫌だっちゃ……」
寂しさなのか照れ隠しの為か、涙声のレンは俺の胸に顔をうずめてきた。
俺はレンの艶やかな髪を優しく撫でた。
「…… ありがとう。レン」
「ううん」
幾度となく肌を重ねてきた。思いも通じ合ってきた。
でもいつも一緒にいたい。それは俺も同じ気持ちだった。
そんなレンに隠し事をしたくはない。俺は秘密として隠してきたことを正直に今、言うことにした。
「…… レン」
「…… ん?」
ゴクリ
「俺は、『未来』から来た」
「…… 『未来』?」
レンはきょとんとしている。確かに「未来」という言葉はこの時代には馴染みがない。「行く末」とか「先の世」とかにするべきだったか。
「…… んーと、つまり、『この世がこの後、どうなるかを知っている』、ということだ」
「ふぅん」
俺の腕に抱かれたレンは、上目遣いに俺の方を見つめた。
「じゃ、日ノ本はどうなるっちゃ?」
「…… 俺が統一する」
「どうやってするっちゃ?」
「…… 戦や、外交で……」
「いつになるっちゃ?」
「……」
あれ。
思いのほか、答えられない。もっと色々知っている筈なんだけど。
「…… 世を、どうするっちゃ?」
「平和に…… 争いの無い世に変える。人々が幸せを感じる世にする……」
「…… 照詮がそうすること、うちは知ってたっちゃ。じゃ、うちも『この世がどうなるかを知っている』ってことだっちゃね!」
レンは俺の真面目くさった声色を真似て俺を茶化した。
一本取られた。俺は笑うしかなかった。
「ああ、そうだ。ははっ、レンは凄い! 『これからどうなるか、知っている』!」
俺は声を出して笑ってしまった。
前世の知識、それは決して万能ではなかった。むしろ、この世がどうなるか、俺はまだまだ全然知らないじゃないか!
つまらないことをうじうじと秘密として抱えていた俺は、自分が恥ずかしくなった。
「レン…… ありがとう。これからもよろしく、な」
「ふふふっ、どういたしまして。…… ね、照詮……?」
すると、レンは俺の腕の中で消え入るような声を出してきた。
「ん?」
「何でも知ってる、照詮?」
「…… ん?」
「この後、どうなる、にゃん?」
!?
急な猫撫で声! 俺の胸は急速に高鳴った!!
ゴクリ
「うち、お子子が、ほしい、にゃん?」
出雲崎は、幕府直轄の地として栄えた町です。「越後出雲崎 天領の里」という道の駅もあるそうです。ぜひ行ってみたいですね。https://tenryonosato.jp/
「天領杯」は、両津港に近い場所に「天領杯酒造」という酒蔵があり、そちらで作られているようです。「尖ることない、シンプルな味わい」だそうです。是非味わいたい! https://tenryohai.co.jp/
母の出自
徳川家康の子、二代将軍秀忠は家康の三男です。長男の松平信康は信長の睨みに屈した家康が妻築山殿と同様に殺害。次男、結城秀康は母親であるお万の方の身分が低かった(正室・築山殿の侍女)こともあり、秀吉の養子になったりしました。結果、三男の秀忠が二代将軍となったようです。




