第二十五話 ~赤泊 「波題目」~
<佐渡国 羽茂郡 赤泊港 >
陸地が近づいてきた。もうすぐ赤泊港だ。
小木港よりもかなり東だが、羽茂から距離が離れている分、羽茂本間の息はそれほど届いてはいないはずだ。しばらくはここを、直江津港から千手村へ戦力を運ぶ母港とさせてもらおう。
寒空の潮風は今日も塩辛い。ほぼ葉が落ちた広葉樹の茶色と、常緑樹の緑色が目に映る。家屋らしきものは十軒にも満たぬくらいか。船が泊められるように浚渫(増深・拡幅)されてはいないだろう。港と言っても、うまく接岸できるだろうか……
俺の僅かな不安は、杞憂と消えた。
赤泊の港はちょっとした湾になっており、天然の港であることが、陸に近づくにつれて目に見えて分かった。廻船でも易々と停泊できそうだ。
港へ着岸した。村長らしき爺様とその一族らしき者達十名ほどが見える。
爺様は丸腰だが、一族の者達は手に棒やら鍬などを持ってきている。そらそうだ。3隻のやや大きな廻船がここに着くなど想定もしていないはずだ。さらに廻船からは男達が80人以上も下船してきている。海賊か何かと思うのも無理はない。
赤泊村の人々と話せる距離にまで近づいた。
皺の多い爺様は、何かを決意したような表情だ。
だが他の者達は道具に寄り掛かるように、両腕をブルブルと、膝はガクガクと震わせている。
…… 怖い思いをさせてしまった。申し訳ないな。
「お主ら、何者だっちゃ! 赤泊に何の用だっちゃ!? ここは貧乏な漁村。お主らにくれてやるものなんぞ無ぇっちゃ!」
村長らしき爺様が威厳ある声で叫んだ。やはり、俺たちを海賊か何かと勘違いしているのだろう。
「そ、そうじゃそうじゃ! おめーら柏崎水軍か何かか!? ほいとー(乞食)するなら、お、小木や二見へゆけっちゃ!」
かすれる声を振り絞り、村人たちも同調する。必死だ。
…… 誤解を解かねばなるまい。
「心配をお掛けして申し訳ない。俺は北にある『千手村』の村長になった本間照詮じゃ。男手を村へ連れていく途中じゃ。急ぎの用につき、事前に伝えてなかったのは申し訳ない。危害を加えたり、物取りしたりすることはない! 安心してくれ」
『千手村』という知っている単語と「襲わない」という言葉を聞いた村人達は、少し考えた後にホッとして、手にもった得物を下した。まずは大丈夫かな。
「千手村の村長が変わったと噂に聞いとっちゃが。これほどに若かったとはな……」
村長は胸をなでおろした。半月ほど前に色々騒動があったと風の噂で聞いたが、少し離れたこちらには特に影響はなかった。村長とはいえ子どもと聞いていた。「大変じゃのう」と心配しておったが…… この落ち着きようときたらどうだ。心配どころか恐ろしいくらいじゃ。
「この男手の数と荷の数・・・お主ら、何やら訳ありのようだっちゃな?」
「ああ、訳ありだ。これから先もさらに人や物を越後から佐渡へ運ぶ必要がある。赤泊の港をこれからも利用させてもらいたい」
「…… 羽茂本間の殿様には、言ってあるっちゃ?」
港を使ってもらうのは問題ない。荒らさないと約束もしている。だが、殿様に話を通しておらぬかもしれぬ。厄介事は勘弁じゃ。あ奴らは下々の者には極悪じゃからな。
「本間高季に話す必要はない。俺は奴らを領主とは認めていない。そして、一月後には俺が領主になっている。俺が俺に許可を出す必要があるかな?」
!?
こ、この童、さらりと物凄いことを抜かしおったぞ!? 認めてない? 領主になる?
村の者達も唖然としている。それはそうだ。羽茂本間にとって代わる?! 意味が分からない。
「赤泊の港には、俺から十二分に援助させてもらいたい。また、近くに人員の詰め所や物資の備蓄する場所などを作って使わせてもらいたい。悪いようにはせん。頼む」
村長の童はそう言って、頭を下げる。迷いや嘘はまったく感じられない。熟慮してきているようじゃな……
「分かったちゃ。赤泊の港は存分に使ってもらってええっちゃ。詰所などは、真浦の辺りが穏やかでええじゃろ。 …… だが二つ約束をお願いしてえっちゃ」
(この人数差じゃ。武力で脅されたらどうにもならん。こちらが条件を言えた義理はねぇ。じゃが、こちらにも、引くことができぬことがあるっちゃ)
「一つ目。儂らの生活を保障してほしいっちゃ。銭などはいらねーけども、漁や畑仕事の邪魔はせんでほしいっちゃ。二つ目は、もしも、お主らが領主に負けたとしても、赤泊は一切関わりがなかったと言ってほしいっちゃ」
指を一本、二本と示しながら、きっぱりと爺さんは示した。
(最低限の約束じゃ。こやつ等に力は十分にあろう。しかし、領主に勝てるかと言えば分からん。負けた後、領主の手の者が赤泊へ詮議に来れば、儂らは縛り首じゃ。それだけは避けねばならぬ)
「もちろんだ。生活の保障、負けた場合の関与しなかったと言う約定。心得た」
童はまったく悩まずに答えた。想定済みだったと言うことか。
……これはあるやもしれぬな。領主代わりが。
「儂は赤泊の村長、七左衛門だっちゃ。これからも頼むっちゃ。若き領主様」
「ああ、まかしちょくれ」
鼻の下をこする童。儂との話が終わるや否や、男どもに命じて荷下ろしや真浦への詰所の建築、千手村までの行程など、などてきぱきと指示を出しおった。そしてそれを素早く行う者達・・・
(非常に変わりそうだっちゃ)
豊かでは決してないが、平穏な日々。生活は厳しいが、安穏とした日々。
それが、急激に変化するであろう気配を感じた翁だった。
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<佐渡国 羽茂郡 真浦 >
「この辺が良かろう。土地も広いし小高くなっておるから波も届かぬ。詰所とするには最適じゃ」
環塵叔父が俺に言った。赤泊から千手村の途中にある真浦。ここに物資等をひとまず集積し、北西へ一里半(約6km)ほどの千手村へ運び入れていく。羽茂本間の羽茂城は、西へ三里(約12km)ほど。念のために柵などを立てておく必要があるな。
直江津から赤泊まで、空海屋の船を使って人・物資を運び入れていく。中継地点は重要だ。そして、物資集積所は一番襲われやすい。食糧等を取りに来た際、「げぇっ! 関羽!」とならぬよう、念には念を入れよう……
辺りを見回す。集積所候補地の海岸には砂浜が見える。穏やかな波だ。大陸と本州に挟まれて波が比較的小さい日本海、さらに佐渡と越後の間の佐渡海峡に挟まれた海だ。波は高くはならない。
そして、小高くなってはいるが、場所的には海岸で平地だ。攻められたらひとたまりもない。柵などの備えはやはり必須だろう…… 後ろを見渡せば、森や山が見える。千手村はもう少し奥か・・・
「…… おや、石碑があるぞ?」
俺はふと気づいた。ただの石にしてはやけに磨かれており、垂直に立っていた。石碑だ。
近寄ってみる。何やら書いてあるぞ・・・ちと読みにくいな・・・ でもこれは読める・・南無・・・妙法・・・蓮華経?
「これは、『波題目』じゃな。」
そんな俺に気づいた環塵叔父は、石碑を拝んだ後、俺に教えてくれた。
「『佐渡に流刑となった日蓮上人が鎌倉へ帰る際、大風のために柏崎へ行けずにここに泊まった。次の日、朝日に向かって静かに合掌すると、波間に≪南無妙法蓮華経≫の七文字が浮かび上がった』という逸話が刻まれた石碑じゃ。」
「おお!? それじゃ『南無妙法蓮華経』が生まれた場所か?」
「まぁ、そういうことだっちゃ。」
凄いな。現代にも繋がる『南無妙法蓮華経』の発祥の地があるとはな。意外と佐渡には史跡や名所があるんだな。
…… どれ、俺もやってみるか。
俺は静かに海を見つめた後、目を閉じ、心静かに合掌した。
そして目を開けた。
…… 何も浮かび上がらない。
波間には白波が浮かんでは消え、浮かんでは消えするのみだ。
信心の足らぬ俺には、当然か。困ったときの神頼みみたいなもんだ。もっとも、仏教だから仏だろうが。
浮かんでは消え、浮かんでは消え……
…… 人生とは、世とは、そのようなものかな。
何となく俺は納得してしまった。
真浦には詰所を作る8名だけを残し、他の者達と一緒に千手村へ向かうことにした。
約束の七日目は今日だ。新しい戦力を加え、明日の斎藤どもを迎え撃つ手筈を十二分に整えねば。もうひと踏ん張りだ。
戦を期待した方、戦話にならずに申し訳ありません(´;ω;`)ウゥ
兵站は大事。足場固めの話を入れました。次話から! 次話から!!
真浦にある『南無妙法蓮華経』の逸話は、
『日蓮上人北国に流され、四年を送り、文永十一年の春赦免を得て、北浦より船に乗り、鎌倉へ帰る。それよりして、月明らかなる夜に、信心をおこし、海上を見れば、波のあや題目の文字をなすとかや、是を伝へて波題目といふ』
(「かくれた佐渡の史跡」 山本修巳著 新潟日報事業社)から抜粋しました。
佐渡にはいろいろな史跡があるので、物語と関連するものは紹介してみたいです。金山だけではないのですね~。
方言を表現しようと挑戦しましたが、非常に難しい><
そもそも、佐渡の方言は①国仲方言区 ②相川方言区 ③前浜方言区 ④羽茂方言区 ⑤海府方言区 と分かれているので(*´Д`*)
あまり力を入れないようにいたします・・・
ご愛読、評価、ブックマーク等ありがとうございます(*'▽')今後ともよろしくお願いします。




