第二百四十八話 ~雪~
<天文十七年(1548年)十一月末 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 城主館内>
ジジジジ、ジジッ
蝋燭の炎が揺らめく音だけが延々と続いている。
眩しい。
気づけば朝日が部屋へと差し込んできていた。既に夜明けを迎えたようだ……
まだか。まだか……
ドタドタドタッッ
ドン!
「!!」
ガラガラッ!
「殿!!」
「おおっ!? どうか?!」
「お生まれになられましたっ!!」
「そうかっ!! 無事かッ!?」
「ええ! お二人とも!!」
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「オギャア! ギャア!!!」
「おおっ! 元気な子だ!!」
俺は、ノンノの代わりに妙恵おばさんが抱く自分の初子の様子を見て素直に喜んだ。
「さあ、照詮様。お抱きくださいな」
「お、おう。よ、よし。抱くぞ……」
「ニㇱパ、やさしく、ね」
「ま、任せろ!」
俺は言葉とは裏腹におどおどしながら、白い綿布に包まれた赤子をそっと受け取った。
「…… 熱い」
「ええ、生きてますから」
「そうだな。生きているからな」
ノンノが産んだ俺の子。俺の現世の初子。男の子だった。
皺くちゃで、小さくて、よく泣いて。それでいて、熱い。
「殿、雪が……!」
「おお」
見れば、佐渡にしては早い雪が僅かにはらりはらりと落ちていた。
「『雪』、か。…… 『照雪』と名付けるか」
「まあ、気が早い」
「ニㇱパ。きれいな名前の子は、悪いカムイがもっていっちゃうから。はじめの名前は、だめ」
「お、そうだったな」
アイヌの人々は、魔除けの意味で初めの名は汚い言葉の名前をつけると聞いたことがある。
アイヌ語でノンノは「雪」の意味だし、照詮の「照」と合わせて「照雪」は、いい名だと思うんだが、な。
…… あ、ノンノは「雪」じゃなくて「花」だった、か。
「『シオンタㇰ』という名前でよぶね。ニㇱパ」
「あ、ああ。最初はそれでいいよ。…… なんて意味?」
「それは、ネ……」
赤子を生んで流石に疲れたのか、ノンノはゆっくりと俺に意味を耳打ちした。俺はそんなノンノを愛おしく思いながらも、『シオンタㇰ』の言葉の意味の汚さに笑ってしまった。
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<天文十七年(1548年)十二月 佐渡国 羽茂郡 羽茂城 >
金山城の戦いを終えた俺は、軍の半数を率いて佐渡に戻ってきた。
一気呵成に宇都宮軍を打ち破りたいところだったが、さすがに長い戦いにより疲弊した兵を更に進めるのは酷というものだ。無理強いすれば、大きな損害を被ることになっただろう。
幸いにも、堅城の金山城を手に入れたことで関東における勢力関係は、俺達にぐんと傾いた。宇都宮軍は南へどこへ攻めるにも金山城が邪魔で身動きができない。攻め入ってくるようなことがあれば、今度はこっちが要害化した金山城で優位に戦える。
相手が動けないのであれば、自ずとこちらが有利だ。冬の間に少しずつ銃や大筒を陸路・海路から運び入れ、春になれば今より一手、いや、四手五手以上有利に相手に攻め入ることができる。
加えて宇都宮軍に対しては、北は山本勘助らの奥州勢、西も南も佐渡軍が抑えている。強いて言えば東の常陸国を治める佐竹氏と同盟関係にありそこだけは交流があるが、『袋の鼠』と言ったところだ。既に陸路・海路を塞ぎ、文字通りの『荷止め』を仕掛けている。塩や味噌、油や昆布などの生活必需品が他国から流入しなくなり、下野国、常陸国には自らが生産する僅かな物しか流通しなくなる。生活はどんどん苦しくなる。流石に悪どいやり方だが、『悪鬼』と相手が忌み嫌う俺だ。容赦はしない。
一番は相手方が降参してくれることなんだが…… どうだろうな。
佐渡への帰国により、勝利の報を皆に伝えることができた。
ノンノが孕んだ初子の出産にも向き合うことができた。もうすぐ生まれる綾の子の出産にも向き合うことができる。レンにも安心を届けることができた。冬を佐渡でゆっくりと過ごすことができる。この佐渡への帰国は、俺にとって限りなく嬉しいことだ。
気分軽く諸々の手続きをしている最中、参謀衆の一人明智光秀が俺の元を訪ねてきた。
「殿! 宇都宮方の銃の弾薬が尽きぬ理由が分かりましたぞ!」
「ああ。凡そ、『自分達で作ることができる』ということであろう?」
「あっ! え、ええっ!? な、何故それを!」
捕虜に取った敵軍兵からようやく仕入れてきたであろう情報を先に言われ、不無配下の明智光秀は薄い頭皮を禿げ散らかして大いに驚いた。
逆算すれば分かることだ。
相手には弾薬、というか火薬の原料になる硝石がある。大量にある。外からは入ってきてはいない。それ以前に仕入れたという形跡もない。炭鉱などで手に入れている様子もない。
ならば、信じられないことだが、『自分達で作っている』、ということだ。
前世で朧げに聞いたことのある「ハーバーボッシュ法」という奴か?
それとも別の方法か……?
毒ガスを生成することのできる相手だ。敵の中にいるのは、前世からの転生者に違いあるまい……
「お、おほん。下野国では『糞尿』を甕に入れ、どこかしらに運んでおるとのこと。どうやら『糞尿』が関係しているようで御座います」
「ほほう、なるほど。『糞尿』、か。ははっ、なるほどなるほど……」
先日付けた我が子の幼名と関連を覚え、不覚にも笑いが込み上げてきた。
そんな不気味な笑みをもらした俺を見て、光秀は何かしらの感情を抱いたようだった。だが俺はそれに気づかないふりをした。
「シオンタㇰ」=(糞のかたまり)
流石のノンノです(*´Д`*)




