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佐渡ヶ島から始まる戦国乱世  作者: たらい舟
第十四章「生命」

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第二百四十二話 ~宇佐美定満~

<天文十七年(1548年)四月 上野国 緑野郡(みどのぐん)


 上野国を()べる山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)を撃破した後。

 彼の主城であった平井城(前世の群馬県藤岡市)へと兵を進める行く先々で、俺は非常に厳しい状況に直面していた。


「殿、この村も……」

「また井戸に毒が投げ込まれております!」


 上野国には、宇都宮軍の苛烈な指導が行き届いていた。

 すなわち『鬼畜本間(きちくほんま)』の悪辣(あくらつ)()()だ。


『本間軍は、行く先々の村の民を()()()するか()()()()()ぞ!』

『騙されるな! 本間軍に従う者は、関東の人間ではない!』

本間照詮(ほんましょうせん)()()じゃ! 通った後には、(しかばね)しか残らない!』


 これじゃまるで、俺は歩く『災厄(さいやく)』だ。


『どうせ死ぬのであれば、虜囚(りょしゅう)(はずかし)めを受けず(いさぎよ)く自決せよ』

 と村々に毒薬が配られている。しかも、

『この毒薬を飲んで死ねば極楽浄土へいける。だが、羽茂本間に殺されたら地獄へ落ちる』

 という脅し付き、だ。



 俺の軍師、宇佐美駿河守定満は手巾で口を覆った。


「何と惨い……」


 折り重なるように倒れた死体の列に、痩せた(からす)が群がっている。

 自決用の毒を飲み、自ら命を絶った村人たちだ。情報がまるで届かない戦乱の世の中、我が本間軍の進軍を遅らせるために死を強要されて散った者達だ。



「焦土作戦、か」

 

 俺は低く唸った。

 攻め込まれて守る軍が、攻め入る敵軍に糧秣などを渡さない為に有用な資源を消し去る戦略だ。『鬼畜本間』と呼ばせ、徹底抗戦を呼びかけ、勝つ為には何でもやる、か。ある意味振り切ってやがるな、今回の相手は。


 この時代、攻め入った軍が苅田狼藉(かりたろうぜき)するのは日常茶飯事だ。前世で、「上杉謙信も関東に攻め入って人狩り・乱取りをした」と、何かの記事に書いてあったのを読んだ気がする。


 だが、俺はこの『人狩り・乱取り』を()()()()()()()。これだけは俺の譲れない矜持(きょうじ)だ。

 佐渡の特産品の開発、佐渡という攻められにくい地の利を生かしての倉庫業、この時代の物流の大動脈と言える三津七湊(さんしんしちそう)を海軍力に物を言わせて利益を独占。俺は金に物を言わせて軍事力を維持強化している。苅田狼藉する必要なぞ()()()()()

 更には『南蛮交易(なんばんこうえき)』。ワインやマント、西洋画など南蛮渡来の珍しい物を豪商に売りつける。皆が夢中になっている砂糖や生糸も佐渡軍が独占だ。黙っているだけで、他国は俺の為に働いているようなものだ。


 鉄砲作成のノウハウは他国へ流したが、それに伴い火薬の材料として欠かせない「硝石(しょうせき)」の値段は跳ね上がっている。少しずつ流通しているそれらは、ほぼ全て新人が治める九龍(クーロン)湊から運ばれてた物。

 だが、山内上杉(やまのうちうえすぎ)は鉄砲を三日間鳴らしっ放しにできる程、異常な量の火薬を持っていたな。かなり硝石の流通量は絞っている筈なのだが……?


 糧秣は十分な数を運んできている。補給線の維持は戦術戦略の最重要課題だ。兵を飢えさせるくらいなら戦なんてしてはいけないのだ。

 ただ、水だけは何ともならん……



 ザワザワッ


「ど、どうかお助けを!! おねげえします!!」

「こ、この子だけでも! まだ生まれて十日なんです!!」


 見れば、ぼろぼろの布切れを纏った夫婦が、小さな産声を上げている子を(かば)うように叫んでいる。

 

「殿、生きている村人がおりました!」

「そうか、よかった」


 俺が声を発すると、若い夫婦はこの世の者とは思えない程に目を大きく見開いた。


「ま、ま、ま、まさか?!」

「『悪鬼(あっき)』のほ、ほ、本間、照詮……?!」

「「ヒイイイイイイイイイイイッ!!」」


 二人は大きく震えた。


「「食わねえで下さい! どうかオラたちを食わねえで!!」」


 ううむ。「人喰い」すると思われているのか。

 俺への悪評は、かなり徹底されているようだ…… 


________________


<天文十七年(1548年)五月 上野国 緑野郡(みどのぐん) 平井城>



 若夫婦に水源の場所を教えてもらった俺達の軍は、何とか上野国南西部にある平井城へと辿り着いていた。一戦あるかと思いきや、城はまるでもぬけの殻。逃げた山内上杉の残党が打ち壊した為、至る所に穴が開き、雨風を防ぐことも難しそうな状況だ。


「殿、水のみには御座らぬ。先は前途多難でござる」

「こん地の者ら、我らを()か何かと思うておいもす」

「敵軍は東にある金山城(前世の群馬県太田市)に集っている様子。堅固な山城にて攻め落とすには手数が必要かと」


 俺は皆の言葉に耳を傾けながら、(ほしいい)をもしゃもしゃと頬張りながら思案していた。


「山内上杉家を斬り伏せた我らに敵はおりませぬ! 一気呵成(いっきかせい)に金山城を攻め落としましょうぞ!」

「いやいや、まずは足掛かりが必要じゃ。石倉城(前世の前橋市付近の支城)と、この平井城を建て直そうぞ」

「やけど、付近の村人の誤解を解かぇいといかんちやね(解かないといけないです)! 我が本間軍は悪辣(あくらつ)な軍じゃーないがっ!」

「不無、如何様(いかよう)にしてか?」

「ぐっ、ほ、ほりゃあ……」


 不無の鋭い一言に、虎柄の陣羽織を着た安芸国虎(あきくにとら)は言葉を詰まらせた。

 越後~沼田城から駒方(前世の前橋市付近)を通り、この平井城への道筋は関東侵攻の大動脈となる。利根川沿いに糧秣を運ぶ重要性はかなり大きい。


「ここから先は武蔵国(むさしのくに)の成田氏、下野国(しもつけのくに)南部の佐野氏、下総国(しもうさのくに)の結城氏など、小さいながらも確かな力を持つ国衆が大勢おります。全てを攻めるとなれば……」

「む…… (おし)城、唐沢山(からさわやま)城は厄介ですな」

「宇都宮軍に従う国衆全てを()()のは、時間がかかる、か」


 佐渡軍の強さの源である『大砲』は、残念ながらこの進軍にはあまり持ち込めていない。三国峠の山道を越えるのは遥かに厳しいからだ。少数でもある程度の効果は期待できるが、本格的な城攻めには力が足りない。宇都宮軍に従う国衆達には、関東進軍前に文で声は掛けてある。返事は色よくは無かったが、彼らも否応なく従っているに過ぎないようではある。


「やきっ! 佐渡の大将は()()()ってことを関東の人に教えて、従ってもらうのが一番にかぁーらんだ!」

「まぁ、そうじゃのう。国虎の言う通り、調略にて本間軍に従ってもらうってのが一番だっちゃ」


 環塵叔父も国虎の言葉に一部同調した。俺もそれに依存は無い。


「でもなあ、『()()』だぞ。俺」


 食べ終わった指を舐めながら、俺は溜息をついた。


「悪評というのは消えにくい。信じるものを消す、(くつがえ)すには、かなりの()()がかかる。城の改築、住民への声かけ、他の国衆の調略等々。いっぺんにそんなにはできないじゃないか?」


 俺の一言に皆が静まり返った。

 糧秣にある程度のゆとりはあるが、継続的に戦を続けるには足り過ぎる。宇都宮軍が下野国から上野国へと攻め込むのを防ぐ為、『上州の黄斑』長野業正を抑えに置いているが、そこにも十二分な支援を送る必要がある。


「ならば、仕方ありませんな」

「お、焙烙頭巾…… って、何だその頭巾? 何か名案でもあるのか?」

「一早く関東を抑える為ですから。敵も必死。なれば多少の()は被らねばなりますまい」

 

 俺の言葉に宇佐美駿河守(するがのかみ)定満はシュコーと息を吐きながら目を意味あり気に細めた。老練な軍師はいつの間にかいつもの焙烙(ほうろく)頭巾を脱ぎ、城内で拾ったであろう『目の部分だけやけに大きく口の辺りが膨らんだ変な形の仮面のような頭巾(何だかどこかで見た形だ)』を身に付けている。


()()()()()()()()()()()?」

「ふふっ。殿には『真の悪鬼(まことのあっき)』に、なっていただきましょうか」

「おいっ?!」


 定満のくぐもった声で、俺はその仮面の意味を思い出した。

上野国の城

前橋城(厩橋城)は、長野氏の拠点であった箕輪城の支城として築かれた石倉城を元にしています。一部を利根川に流されましたが、1560年頃に上杉謙信が関東の足掛かりとしたようです。本物語では、まだしっかりとした城にはなっていない設定です。


平井城は、山内上杉氏の居城となっていた城です。1552年に北条氏康に攻め込まれ、本物語では前話にて散った上杉憲政が越後へ流れました。そして憲政の要請により長尾景虎が三国峠を越えて関東侵攻し、1560年に奪還。けれども北条方が壊した為か、謙信が前橋城を拠点とするためか、その後は廃城となったようです。


(新田)金山城は、新田氏の一族が築いた大部分が石垣に覆われた標高239m山に立つ堅固な山城です。落城したことは一度もなかったとか。

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