第二百三十九話 ~左近~
<天文十七年(1548年)三月 越後国 頸城郡 直江津 双葉舎>
「あ、しょうせんさまだ!」
「誠だ! 照詮様~~!!」
屋敷の中から幼子達が高い声をあげた。何人も俺の方に手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる。俺は顔を綻ばせながらその熱い歓声に応えた。
直江津の町の旧越後屋亭。かつて売った金塊の代金として蔵田五郎佐から譲ってもらった屋敷。俺はここを戦乱で親を亡くした子らの孤児院に改築し、双葉舎と名付けた。子らの歳は、幼子で五つ程、年長で十二程。他にも幾つか建てているが、ここを中心として三十人程が入れ替わりながら暮らしている。
戦乱の世で、食うに食えず子を手放してしまう親も多い。日ノ本全土に沢山の戦災孤児が溢れている。孤児は自分達で食うことができず、野垂れ死ぬか、野盗の手先になり悪さを働き縛り首になることが関の山だ。
だが、衣食住が安定することで、戦災児たちは悲しみを堪えながら生き抜くことができている。もちろん、ただの慈善事業ではない。皆が食うか死ぬかの時代だ、ただ養っているだけではない。孤児院を出た後には、世の為となり働いてもらうため。また、ここ双葉舎の子らには佐渡軍の幹部候補生となってもらう為だ。
「しょうせんさま。またおはなしをきかせてください!」
「『大地が丸い』とは真でしょうや?」
「『病は細かい塵のような生き物を介する』と、お聞きしましたが!?」
俺が前回話したことに興味深々だ。ここ双葉舎に集められた子らは孤児の中でもとびきり利発で知的な者達だ。皆、知識に飢えている。数世紀先である前世で学んだ知識を、この子らには十二分に活用してもらうつもりだ。
「ああ、今日も幾つか話をしよう」
「おおっ!」
「やった~!」
顔をくしゃくしゃにしながら子らが笑った。
……世を安寧に導く為には、有能な人材が欠かせない。威風を身にまとい地方をまとめ将となる者。官吏となり地方を見守る者。法や税を司る者……
そして、それにはこれまでの血筋や家柄などの古い柵の無い者が望ましい。新しい知識を吸収し、古い体質を捨てられる者。人材育成は時間はかかるが、自ずと実を結ぶはずだ……
「…… へんっ! これが佐渡の国主様? 大したことないな!」
「こ、これ! 左近!」
俺への歓迎の輪の中に入っていなかった男の子が、俺に悪態をついてきた。年の頃は八つ程か。口に咥えていた草をペッと吐き出すと、俺に向かって指を突き立てた。いつぞやの虎千代様だった謙信を彷彿とさせる利発そうな子だ。
「佐渡の本間照詮は、大した力もないくせに、佐渡の本間高季の子だったからなり上がった! 上杉謙信様や宇佐美定満様! 不無様や長野業正様たちの方がすごいんだ! しょうぐん様たちの力がないとなんにもできない! きいたとおりだった!!」
「なるほど、なるほど」
俺が感心したように声を発すると、左近と呼ばれた子はヘヘンと鼻の下を擦った。
「おれはしってるんだ! 本間照詮はすけべえで、女と見ればさらってじぶんのものにするって! のうみんから米をまきあげて、ぜいざくばっかりしてるって! やまのうち上杉様や、うつのみや様にはむかうおろかものだって!!」
結構誤解などもあるが、中々面白いことを言う子だ。
だが、俺の周囲の者達は青ざめた顔をしている。特に双葉舎の長をしている魚沼郡浦佐城主大関親信は地獄を見たような顔だ。
「も、申し訳ございませぬ!! つい最近ここに来たばかりの子でして! 物覚えが良いので教えておりましたが何せ不敵な者で!!」
「いや、中々に面白い童だ。どれ、ちょっと話をするか」
俺は左近と呼ばれた子に笑顔で近づいた。
「左近とやら」
「なんだい?」
童は謝る気配は全くない。ここは、こうしようか……
「左近、お主の言う通りだ」
「…… えっ?」
「確かに俺には謙信ほどの武勇も、定満ほどの知略も無い。不無のような思慮深さも、業正のような豪胆さも無い。だがな、俺は彼らをまとめている。それは何故か?」
「…… えっ? えっ!?」
「それは、『大志』だ。世を善くしよう、民を安んじよう、日ノ本の政を変えよう。そういう理想が、皆を動かしているのだ。何も全てに最も優れていなければいけない訳ではない。全知全能が世の上に立つ者の条件では無いのだ」
「そ、それは……」
左近と呼ばれた童は目をパチクリとさせている。面喰らっているようだ。
「何をもって贅沢と言うか分からんが、お主が言う『民から米をまきあげている』というのは、税のことか? 佐渡国の税は他国よりもよっぽど低い。お主が言う山内上杉家や、宇都宮家よりも遥かにな」
「……」
「前羽茂郡当主であった、羽茂本間高季は俺の父ではない。便宜上、俺が継いでいるだけだ。俺は己の力で、孤児から国主へとなったのだ」
「そ、そうだったのか……」
「それと、左近。『心』を育てよ。礼節を忘れるな。初対面の者に向かって礼を欠いては己の価値を低める。また、流言を鵜呑みにするな。お主を惑わそうとした偽りの言葉があるやもしれん。お主は俺に思うところがあるから、俺を低める話を受け入れたのだろう?」
「! ……」
図星のようだった。左近という童の家が、直接的か間接的にかは分からないが、佐渡軍によって離散してしまったのだろう。だから、孤児になった原因の大元である俺の悪い噂話を信じ、俺を酷く詰ったのだ。
「さあ、何か言うことはないか?」
「…… ……」
左近は唇を噛みしめ、両の拳を強くプルプルと握り震えている。分かっているが言えないのだろう。簡単な言葉だが、傷ついてきた己の心が邪魔をしてうまく言えないのだ。傷ついた心は小さなことにも痛みやすい。以前の俺のように……
だが、
「ご、ごめんなさぁい!!」
左近は大声で謝った。両の瞳から涙をいっぱいに流して。八つの童は、わあわあと泣き叫んだ。
俺はそんな左近を抱き寄せて、背中を撫でた。
「大丈夫だ。お主は謝れた。俺はそれを許そう」
「えぐっ…… ううぅううっ……」
「賢くなれ。心を育てよ。また会う時には、二倍にも三倍にも大きくなっておれよ」
「は、はあ゛ぃッ!!」
それを見ていた越後国国主長野業正とその嫡子吉業、環塵叔父や謙信、定満や不無らは微笑んだ。
左近と離れた後、双葉舎に入る前に俺は傍に控えていた忍びに声をかけた。白狼の双子の娘の一人である白貉だ。レン付きの忍びだが、レンから要請されて今回の遠征に付き添っている。
「…… 左近に噂を吹聴した者を探れ。裏で宇都宮家と繋がっているはずだ」
「…… はっ」
白い髪の女忍は短く一礼した後、素早く直江津の町へと消えていった。幼子に噂を撒き散らす者、旅商人や商家か何かだろうか? 団子の一つなどをやって手懐け、俺の根も葉もない悪い噂話を植え付け、自分達の駒にでもしようとしているのだろう。
一連のやり取りを見ていた環塵叔父は、無精髭をなぞりながら俺に笑いかけた。
「中々、やるようになったもんじゃな、照詮?」
「茶化さないでくれよ、環塵叔父」
「にしても、宇都宮家。色々やらかしてくれているようだっちゃな」
「…… 助平はないだろ。助平は……」
「がはははっ!!」
『噂は千里を走る』と言う。これが後々、面倒なことになるとはこの時の俺は気づいてはいなかった。
「天室光育師と会った後、三国峠(越後国、信濃国、上野国、三国に跨る峠道。越後と上野国を結ぶ要衝)を越える」
「山を越えたら、いよいよ山内上杉家、その後ろの宇都宮家との戦じゃな」
大きな戦になる。
続く春寒の為か、これから待つ運命への戦慄の為か、俺は両肘を抱き自分の体を小さく震わせた。
お待たせいたしました(*´Д`*)




